春の訪れ17
死んだ方がマシ。
その言葉に嘘などなかった。
天界において、評判というのは非常に重要なのだ。
その差こそが他者との区別になり得るほどに。
だからツインテエルには誰かを、ましてや自分を騙そうなどというつもりはなく、ただ本気で口から出した言葉だった。
「―――はぁ、はぁ・・・っ、はぁ‼‼ ッ⁉⁉」
しかし、だ。
恐怖というものを知り尽くしていたわけではない。
それどころか先の子熊と同様に、ツインテエルは未だ死を経験したことのない若輩であった。
故に、眼前に迫る脅威に対して。身構えることすらできず、強張った体で息を吐くのが精一杯。唾をのむことさえ困難と化す。
(たたかッ――――‼‼‼)
戦わなければ・・・頭ではそう考える。
けれど山の如き敵に対し、岩のように不動。
手は震え、膝が笑い、視界が揺れる。
光りを遮り飲み込む巨影が、絶望の権化として立ち塞がる。
(にげっ⁉⁉)
その大きすぎる影がゆっくりと動いただけで、ツインテエルにあった闘争心はかき消されてしまい、直ぐに。逃げなければという思考へと切り替わる。
だが、依然として命令は無視される。
子を殺された怒り、復讐の炎に焼かれた黒いまなざしが、それを許さない。
よぉく狙いをつけるように、わざわざ顔を近付けて覗き込む大熊。
野獣の吐息はさぞ臭かろうに、そんなことさえ気にならないほど、ツインテエルは怯えており。既に涙を溢れさせ、今にも倒れそうになっていた。
ここまで引けた腰では前に進むことも、後ろへ振り向くことも出来やしない。蛇に睨まれた蛙というのは、こういうことを言うのだろう。
(なんでッ!)
この期に及んで浮かび上がったのは、なぜ自分ばかりが狙われなければならないのかという感情。
理不尽だ――、と。
それは怒りにも似ていたが、可視化すれば色も形も違っていたことだろう。
これは行動の結果だ。
理不尽だというならば、逃げた先で氷漬けにされた熊だって、そう思うに違いない。
にもかかわらず、熊は不満の1つも表したりしない。
なぜなら、死に絶えているからだ。
そして。そうしたのは?
大熊はそれを見ていたのかもしれない。子供の活躍を期待して、遠くから眺めていたか。
それとも気付いたのかもしれない。立ち塞がった男から魔法の気配がしなかったことに。
どちらにせよ・・・標的は正しく、やることに変わりはない。
ニヤリと崩れた表情は笑っていた。熊の表情など見抜けるはずもないのに。
それでも分かったのだ。
「グ、ゥオ⁉⁉」
「このまま見てても良かったんだけどなぁ。けど、悪いな。居なくなられると監督官としちゃ迷惑なんだよ。点呼の時に数が合わねぇと探そうとしちまうだろ? そんな感じだ・・・・・つっても、熊にゃぁわかんねぇか」
それが驚いた表情だということは。




