天使の世界9
(あれ? いつから・・・?)
認識の欠陥を問い質すように視界が暗転したところから思い出してみる。
ツインテエル、メダウナ、ママエル、そしてヤンキエル。
落下を受け止めてもらった瞬間のことは鮮明に焼き付いている。
黒の中に燦然と咲き誇る白。
羽が生えてると驚いた覚えもある。
けれど光輪はどうだっただろう?
(あった――・・・よな?)
おぼろげな輪郭をどうにかなぞってみるが、不明瞭かつ不鮮明。
そこへさらに輪をかけて、己の記憶力に嘆かせるのがママエルの存在だ。
白い地面や後方に見切れていた学園こそ焼き付いているが、その手前に映る美しい女性の姿形を思い出せない?
楽しそうに食事処を紹介してくれる笑顔の周りは、確かに輝かんばかりの光満ちた光景であっただろうが、光輪――ましてや翼や羽はあっただろうか。
人付き合いにおいて、見た目はさほど重要ではないのかもしれない。
だが、初対面においてはどうだ?
それさえ定かにできない人間は好かれるだろうか? 思いやられるだろうか? 許されるだろうか?
いくら周りが気になろうとも、まずは目の前にいるその人を知るべきではなかろうか。
トドメとなるのはヤンキエルに違いない。
焼けた肌に眩しい金髪は流れるように美しく、水のようにきらめく四肢は女日照りの自分には毒が過ぎるほど釘付けになっていた。
だというのに、光輪にも翼にも気付けず。
無いという違いを感じられすらしなかった不覚。
あまつさえ、それを指摘されて尚。記憶にピントが合わないという不始末。
不甲斐ないという、ただそれだけの脱力が逸人を襲う。
「おい! 大丈夫かよ⁉ やっぱり胸か⁉ 胸が無くなったから⁉⁉」
ガクッと肩を落とし、項垂れる逸人の姿に。ヤンキエルがまた急いで体型を変えようとする。
「ち、違うから‼ そのままで大丈夫だからさ‼‼」
しかし逸人が跳ねるように、それを否定して止める。
それは決して胸の大小の好みの話などではなく、直前に聞いていた”目指すところではない”という言葉を鑑みてのこと。
逸人は小市民である。
自分の言葉で、誰かの大事なものを変えて欲しくない。
翻ってはそんな責任を負いたくないという思いがある。
「落ち着きましたか? まあ人間とは随分と違う存在ですから、見た目に騙されてはいけませんよ? 胸の大きさなどに価値はありません」
「そうじゃなくて! ただ・・・薄情だなって」
「私が、ですか?」
「いや、俺がね! ここに来るまでに何人? かに会って、助けてもらってたんだけど、その人――天使達の姿もよく見てなかったんだなって・・・、言われて気付いたんだよね」
逸人からすれば、気恥ずかしいほどの本音。
自身の弱さや小ささを告白する懺悔のような会話に近い。
けれど、返って来た言葉は意外だった。
「なにがおかしいのでしょう?」
「えっ⁉ いやだって、優しくしてくれたのに。どんな格好だったかも思い出せないんだよ?」
「普通のことだと思いますよ? それほど困っていたのでしょう? 転生者であることを考慮すれば、当たり前かと。今まで向き合ってきた世界やその常識が一変するのですから、詳細な部分にまで目が向く方がおかしいと言えるでしょう。その場合こそ、なにをなぜそんなところまで見ていたのかと、不審に思うはずです」
本当に何気ない、気にも留めないような語り口から実感が伝わる。
それだけで逸人は許されたような気持になり、救われていた。
「ですが、そのようなことを考えてしまうほど誠実なのは好感が持てます」
「アタシの男だぞ‼」
「それはまだ認められていないのでは? それに順番など無意味でしょう。彼は男なのですから。あと、私が彼を求めているというのは誤解です」
「順番とかじゃなくて! あるだろ‼ 一緒の時間を独り占めにしたいとか、そういう感情が‼ 誤解ってのも、嘘だったら怒るぞ‼」
「嘘じゃありませんよ。少なくとも今は――・・・ですが」
「なんだよ、その感じ‼ ダメだからな‼ 本っ当にダメだからな‼‼」




