16. 王宮での戦闘②
「呼ばれて飛び出てハチさん、参上っ」
現れたのは、全身真っ黒な布人形。
最強ババアの使い魔だ。
「なんだ、こいつは」
「なぜ動ける!?」
ぽろぽろと鉛玉が、ハチの体からこぼれ落ちる。柔らかそうな黒い布地に、鉄砲玉は傷一つつけていない。
「ま、こいつらは、半分生き物だからね。まともじゃないのさ」
不敵に笑う最強ババア。その仮面の下で、ちくりとかすかに胸が痛んだ。
胸元のブローチを、そっと一度だけ撫でる。ひび割れたそれ。師から弟子に贈られる、一代限りの召喚石を使い切ってしまったから。
(でも、もう大丈夫)
形あるものは失われても、この胸に。受け継いだものが宿っている。
だから――
「こちらも、出し惜しみはなしだ」
「アイヨ! ご主人」
役者がかった大仰な仕草で、ハチが一度お辞儀する。ぶわりと人形の裾が広がると、影のようにするすると、人型が次々に立ち上がった。
「使い魔? いや、魔法生物か?」
立ち上がった黒人形は、ハチを含めて全部で四体。居並ぶ顔のない不気味な人形たちに、敵はやや及び腰のようだ。
「怯むな、どうせ魔術は使えない!」
リーダーの男の声に、敵勢は気を取り直したのか武器を握り直す。そのまま最強ババアを守る人形たちへと切りかかった。
「うわ、おっと! ちょ、四チャン!」
長柄の刃物が振り下ろされ、躱したところに今度は槍が。情けない声を出したハチの脇腹へ、突き出された槍が掠め、
「く、放せっ」
横から伸びた太い腕が、むんずと槍の柄を握りしめた。
めり、ばきんっ――――
黒い腕は急速に膨らみ、掴んだ槍は真っ二つ。敵はすぐに折れた槍を手放して飛び退り、すかさず背中の鞘から曲刀を抜いた。
「な……化け物!」
刀を構える敵の前で、黒人形の一つがムクムクと膨らんでいく。あっという間に背丈は大人の2倍ほど。巨大化した黒人形の足踏みで、ドスリと地響きが轟いた。
「四。蹴散らしな」
巨大な黒人形は、主の命に「ふん」と両手を打ち合わせると、丸太のように太い腕を振り抜いた。
ばきん、どがっ――――
「馬鹿がっ! 動きは速くない。まともに相手をするな!」
敵のリーダー格の忠告も虚しく、黒装束の一人が吹き飛んだ。四の剛腕を、構えた大剣で真正面から受けたのだ。うまく衝撃を後ろに逃がしたようだが、鋼鉄の刀身にヒビが入っている。
「火炎だ。放射器、放てっ」
金属でできた巨大な箱を背負った一人が、箱から伸びたホースの先をこちらに向けた。途端、噴き出す真っ黒な噴煙。赤い炎が燃え上がる。
(魔力が使えない状況で、遠距離の範囲攻撃。本当、用意がいいわね)
しっかり対策してきた敵に、しかし負けてやる義理はない。こちらも相応の返礼をしてやろうじゃないか。
「弐」
濛々と立ち込める煙と炎。迫る熱を前に、シティが取り出したのは丸みを帯びた金属のロッド。対になった平たいブレードを押し当てれば、ちろりと火花が飛び出して、それをすぐそばにいた黒人形が、パクリと飲み込んだ。
豪、と空気が音を立て、崩れた謁見の間全体を熱波が襲う。気づけば敵が放った赤い炎は、青い炎に焼き尽くされていた。「ぱしゅ、ぷす――」と燻る黒人形は、両手に再び青の炎を灯し出す。
「なぜだ!? 魔力封じが破られたか?」
「方陣は稼働している! こちらの魔術も使えんぞ!?」
「なんだい。あんたら、自分たちの魔力まで封じたのかい? 意外と律儀なんだねぇ」
(そこは普通、相手の魔術だけを封じるべきでしょ)
慌てる敵勢に、笑えてしまう。ここは存分に煽ってやろう。
別にこちらとて無傷ではない。
たとえば《初見転ばしのコサージュ》。"初見殺し"の攻撃を防いでくれる、素敵な花飾り。今さっき、死角からボウガン撃ってきた奴が、勝手に転んで自滅したんだけど――同時に胸元の花も砕け散った。素材が素材だけに、ケケ爺が知ったら卒倒ものだ。
《氷溶岩の留め金》に、《雷蝶ハトメの鼈甲ボタン》。
要の魔力を封じられ、希少な魔道具を使い潰している。
それでも――――微塵も不安はない。
(最強ババアが、どれだけ準備してきたと思ってるの)
黒人形たちは、半ば呪いで動いている。魔術を封じたらただの老婆? こちとら千年前から戦い続けているんだ。自分の弱点だって、よーく知っている。
むしろ、忘れたのは敵の方だ。
「かまわん、撃て! 休ませるな!」
敵の猛攻撃は続く。
雨あられと襲いかかる銃弾や火炎を、前に躍り出た黒人形の青い炎が焼き払った。
槍や剣を携えた者たちを、巨大な黒人形の拳が牽制する。
「人形は無視だ! 術者を狙え」
「奴は今、ただのババアだ!」
激しい攻防の隙間を縫って、吹き矢とナイフが最強ババアを掠めるが、
「よっと」
全体を見渡すハチが、それを許さない。
器用に摘んだナイフと吹き矢を、敵へヒョイと投げ返す。
「しーちゃん、そろそろ――」
ハチの目配せに、シティも頷きを返したその瞬間。
「かはっ――」
喉の痛みに、思わず口元をおさえる。手のひらに広がる真っ赤な血――
「ようやく効いてきたか」
口元を拭い、顔を上げる。見れば黒ずくめの敵たちの中にも、ふらつく者がいるではないか。
「毒かい――」
軽く咳き込んでしまう。
「いかに化け物とはいえ、どうやら毒は効くようだな」
敵陣に、安堵が広がるのを感じた。
「解毒剤は存在しない。我々は予め予防薬を飲んでいる。これでお前は――」
「陸」
敵が何やら話しているが、とりあえず片手を伸ばす。陸と呼ばれた黒人形が、さっと試験管を取り出した。
「わざわざ解説してくれるなんて、親切だね」
手渡された試験管。泡立つ青緑の液体を、一気に仰ぎ飲み干した。
「かっ。まずいねぇ、相変わらず」
何度か咳払いをしてみる。うん。喉の調子は万全だ。あからさまに顔色の悪い敵に、ニヤリと笑いかけてやる。
「お礼に教えてやるよ。この子は研究が大好きだ。とっくに毒に気づいて、解毒剤を用意してくれたのさ」
「バカな。建国王の秘毒は、解毒が不可能――」
(あら、まさか毒の由来まで教えてくれるなんて)
身元を隠したいのではなかったのか。せっかくの黒装束が台無しである。
敵の所属。この度の狙い。
そんなことに思考を巡らせるくらいには、余裕を取り戻していた。
なぜなら――
「なっ!?」
透き通る青い魔力が、シティの全身から溢れ出したから。
「お手柄だね、伍」
ここに居ない、遥かに離れた場所にいる使い魔に、労いの言葉を紡ぐ。
黒人形・伍が、魔力の無効化術の礎を破壊したのだ。
「馬鹿な……魔封じの要石はここから遥か遠く。こんなに早く」
「あんまり丁寧な呪いの花束をいただいたものでね。こちらも気合を入れて調べさせてもらったよ」
完全に魔力を取り戻したシティ。顔を覆面で隠しても、敵は動揺を隠せていない。
(さあ、どう料理してくれようかしら)
漲る魔力を両手に集め、拳を握ったその時だった。
「最強ババア! これでもあんたは戦うかしら!?」
甲高い女の声。覆面が破れた一人の黒装束は、丸い大きな鏡を掲げていた。勝ち誇ったその表情。悪い予感に抗えず、シティは鏡に映ったものを見る。
「――!」
散らばった黒い布地に混じり、弾ける赤は、人の血か。倒れる青年――――足から出血したルシニウス。
(なんで!? キュウちゃんは――)
頭を殴られたような衝撃に、わずかな緩みが生じてしまう。敵がすかさずその隙間へと、致命の一撃を放ち――
「美しくないな。戦い方も、心のあり方も――」
的確に、最強ババアの心臓を狙った光線を、誰かの手が遮った。
ジュッと音を立てて、白手袋がわずかに焼ける。
「私はヤータン」
漆黒の燕尾服。焼けた手袋を脱ぎ捨てて、男は最強ババアに一礼する。
「世界で最も美しい術師、最強ババア。貴方の忠実な信奉者です」




