16. 王宮での戦闘①
最初に見えたのは、鮮やかなオレンジ色の花びら。
甘酸っぱい花の香りに、意識がふわりと浮き上がる。
視線を上げた瞬間に、目の前に迫っていた黒装束が、ばばっと後ろへ飛び退った。
「馬鹿な……!」
「術は完璧だったはず」
すぐに周りを見渡そうとして、体がうまく動かない。見れば腕に黒い蔦。棘のある蔓薔薇が、全身に絡みついていた。
(一、二、……全部で十三人。それも精鋭ね)
即座に走らせた索敵が、包囲された窮地を知らせてくる。
「師匠!」
翼が空を切る音と共に、黒大鷲の背からカサブランカが、こちらに向かって叫んでいる。
花吹雪が黒装束を狙うものの、光矢の反撃に酸はくるりと身を翻した。
(あなたが呼びかけてくれていたのね)
懸命に戦う弟子の姿に、ひらりと舞い落ちる花びらを一枚掴む。囚われた闇の中まで届いた香り。どうやら弟子は、師の予想以上に成長していたようだ。
どが――ん
鈍い爆発音に続き、地揺れが王宮を襲った。
窓の外、庭園の向こうの大きな建屋から、モクモクと煙が上がっている。
「お前は王を連れて離れな!」
「でもっ――」
自分だけ逃げるだなんて。
カサブランカの目はそう語っている。
(ずいぶん頼もしくなったわね)
そんな弟子に、場違いにも口元が綻んだ。
「王と、集まった貴族ども。しっかり守ってやりな!」
運悪く、城にはパーティーで多くの貴族たちが集まっている。いまだ小爆発が続き、悲鳴があちこちから上がっていた。
「――! 師匠も、ご武運をっ」
こちらの意図が伝わったのだろう。力強い目線を返し、カサブランカは酸ごと身を翻した。
飛び去る黒鳥の背に向けて、いくつも光矢が降り注ぐ。しかし獲物に届くものはない。
「あんたらの相手はあたしだよ」
地を蹴った最強ババアが広げたハンカチに、矢はすべて吸い込まれてしまったから。
黒装束の一人がさっと手を挙げる。攻撃がピタリと止んだ。そのまま前へ進み出ると、徐に口布を取り去った。
「準備は万端だったはずなのですが……そう簡単にはいきませんか」
声からして男だろう。相変わらず目元は隠したままに、自由になった口元で、男が話しかけてきた。
「ようやく話したと思ったら。挨拶も名乗りもしやしない。礼儀は教わらなかったのかい?」
ストンと地面に降り立つ。瓦礫の破片がコロコロ崩れて転がった。
「あいにく化け物に弁える礼儀は持ち合わせませんので」
丁寧な言葉とは裏腹に、ずいぶんな物言いだ。話す男の背後で、他の黒装束達が何やら動き始めている。
「時間を稼ぎたいなら、もう少し真面目に話したらどうだい?」
ちらりと視線を下へと落とす。がっちり蔓に固定された己の足。目の前の男の向こう側では、地面に何かの紋様が描かれていく。
「……古臭い呪いに、蛇までけしかけて。ちまちま、ちまちまと、よっぽど自信がないのかねぇ」
「千年生きる大魔女ですからね。当然慎重にいきますよ。しかしさすがの貴方も、万全の呪いを受けたあとなら、消耗しているでしょう? ここらで引いてもらえませんか?」
黒装束たちの足元で、赤黒い幾何学模様が少しずつ光を帯びる。儀式用の陣だろうか。なんにしろ、碌なものではなさそうだ。
「あんたらのせいで、あたしゃイライラしてたんだ。むしろ派手に暴れたいと思ってたところだよ」
国中巡って呪いを探し、一つずつ時間をかけて解いてきた。
派手にぶっ放す方が好きなのに、慎重さを積み重ね。そろそろ我慢の限界だ。
「……残念です。それでは今日をもって、最強の称号は返上していただきましょう」
もう時間稼ぎも終わりということか。男は口を噤み、詠唱の声だけが謁見の間に重なっていく。方陣の光が増してきた。
(……いい加減、窮屈ね)
「コン」とどこかで小石が落ちた。
――――さあ、思い切り暴れてやろう。
魔力を一気に燃え上がらせる。自身を中心に、青い炎が立ち上がった。熱が一気に蔓薔薇を焼き尽くし、周囲を囲む敵へと迫る。
「逃すな!」
嵐のように光矢が降り注ぐ。が、気にしない。纏った炎が矢を焼き尽くす。そのまま周囲を飲み込むと思いきや、炎が広がりを止めた。
「閉じ込めろ」「手が空いた者は結界へ――」
どうやら敵の結界が、ドーム状に青炎を押し込めている。
(へぇ)
素早い連携だ。自慢の焔を一瞬にして抑えたことに感心だ。
(けれど――)
パリ――
ならば一箇所に。範囲を狭めて一点突破。敵のリーダー格のいる方へ、右手を伸ばし出力を絞る。
「な――」
「集まれ、狙いは詠唱者だ!」
勘が良いことで。こちらの包囲を諦め、守りを集中させたのはよい判断だろう。
ごうと青色魔力と白色光がせめぎ合う。弾けた瞬間、ホール一杯に白い閃光が迸った。
「どこだ!?」
誰かが叫び、釣られて周囲も周りを探る。光が消えた構内に、最強ババアの姿はない。
「上だ!」
ぽっかりくり抜かれた屋根の穴。覗く青空に、太陽の光を背負うように、真っ黒なゴシックドレス。
その圧に、誰もが動けない。
強大な青い光が、まるでもう一つの太陽のように、目下のものを焼き尽くさんと――
フッ――――
(なに……?)
振りかざした力が急速に衰える。青い光が窄み、燃え尽きた火のごとく掻き消えた。
「できたか!?」
「効いてるぞ!」
黒装束たちの、口々に喜ぶ声。
がくんと高度が落ちて、シティは慌てて体勢を整えた。
「なんとか、間に合ったようですね」
飛行術が消失し、半ば墜落するように中庭の茂みに降り立ったシティの元へ。最初に話した黒装束の男が近づいた。
(なにこれ――?)
すぐに手のひらに力を集めるが、糊のように固まって、ちっとも魔力が動かない。
「気づきましたか? いま、このあたりは魔力が使えない」
「……あんたらも困るんじゃないかい?」
枝葉を払い立ち上がる。真っすぐ敵を見据えてやった。
「魔術で魔女を殺す時代は終わりです」
そう言って、男が取り出したのは――黒光りする筒型兵器。
ガチャガチャと、男の背後で音がする。槍やナイフ、飛び道具らしきものを構える者。目の前の男が持つのに似た、より大きな兵器で狙いを定める者……
「はあ。最強ババアもなめられたもんだねぇ」
照準を合わせ、近づく敵に、相変わらず魔力は動かない。しかしそれでもシティに焦りはない。
「――ハチ。出番だよ」
胸元のブローチに、呼びかける。
「何もさせるな――!」
「撃てっ!」
銃口が火を吹いた。
硝煙が立ち込める中、刃物を持った黒装束が迫ろうと――
「呼ばれて飛び出てハチさん、参上っ」
煙が晴れた先に立つのは、全身真っ黒な布人形。
綺麗にポーズを決めて、最強ババアを背後に守るように立っていた。




