15. 最後の呪い①
「しーちゃん」
豪華な装飾が施された回廊を、大勢の若者が行き交ってる。「カンカンカン」と鐘が打ち鳴らされる音に、大階段を流れるように若者たちが駆け上がる。壮年の男性が、ガウンをはためかせ大股にアーチの廊下を抜けていく。
「ネェ、しーちゃん!」
しつこく呼びかける使い魔に、周囲の観察に忙しいシティは、渋々耳を傾けた。
「なによ?」
「オイラたち、ココ来る必要あった?」
ロの字型に繋がったアーチ群。中央の広場を挟んで向かい側。そこに見慣れた黒髪と、華やかな橙色。
「順調、みたいだぜぃ?」
女性五人組とルシニウスが接触し、何かを話し込んでいる。さり気なくカサブランカが集団の背後に回り、一人一人を観察しているようだ。
「まだ分からないわよ」
声が遠い。魔力を耳に集中し、遠見の術も発現する。
きりりと唇を結ぶカサブランカ、にこにこ話す教諭らしき女性に、やや陰りのある女学生。
それらが視界に収まると共に、声のピントも合わさった。会話が一気に流れ込んでくる。
「――内定を蹴ったときはどうなることやらと」
「きゃっ♪ それじゃ先輩、今は自分の会社持ってるってことですかぁ?」
女教諭の声に被さるように、楽しげな若い女の声。
「もし就職うまくいかなかったら……先輩のとこで働かせてもらおっかな♪」
鼻にかかった甘ったるい声。へらへら笑うルシニウス。見て、聞いていて、面白いものではない。
眉間に皺が寄るのを感じつつ、すぐにカサブランカへと意識を切り替える。
カサブランカは一人の学生の後ろで足を止めていた。長い黒髪を2つおさげで左右に垂らし、眼鏡をかけた女学生。
終始俯き黙る彼女に、カサブランカは真剣な面持ちで近づき、ちょんと片方のおさげを指でつついた。
「……!?」
「あ、いえ、埃がついてましたの」
驚いた女学生に、カサブランカは慌てて笑顔で取り繕う。ペコリと頭を下げた彼女。二人の間に、魔力の糸が結ばれる――
「先輩! 良かったら部室に来ませんか? 今からお茶を淹れるんです♪」
「ん? あー、ありがと。でも俺、自分で淹れたい派なんさ」
ぼちぼち会話もお開きのようだ。
「また来なさい。卒業生はいつでも歓迎だ」
女教諭の言葉に、場は一斉に解散した。
じっと女学生の背中を見つめるカサブランカの肩へ、黒鳥が舞い降りた。
『自分だけうまく行かない。置いてけぼり――』
発動した遠見の術をそのままに、シティはぐるりとキャンパスに視線を巡らした。
『なんであいつに推薦が。』
『コネがない。成績も実力も上位だってのに』
『親友だと思ってたのに。先に結婚するなんて』
聞こえる聞こえる。
他者の成功を妬む声。小さな不満が、燻り、転じて、薄昏い感情へ。それらを閉じ込め煮凝らせる、黒い檻のような魔力の気配。
そんなものがキャンパス中に燻って、泥水に潜ったようにシティの目には映って見えた。
(けど――)
「行きましょ」
くるりと踵を返す。
「オ、いいの? しーちゃん」
ちらりと振り返る。濁った池の水の一点、色鮮やかな魚のように、橙が鮮やかに。カサブランカの周囲だけが、清く澄んで見えたから。
「大丈夫よ」
キャンパスを後にする。
『早く帰って、大事な人に淹れてあげたいんさ』
先ほどの会話が蘇る。
「先輩のお茶が飲みたいな♪」と話す女学生に、ルシニウスは笑顔で断った。それはシティが知ってる青年のいつもの笑顔。魔女の小屋で見せる笑顔だ。
自然と口元が綻んだ。
***
「師匠。ようやくですわね!」
間もなく城門前。
灰色の見習いワンピースでくるりと向き直り、カサブランカが嬉しそうに微笑んだ。
「これで王様の呪いも――師匠?」
無事12個の呪いを解呪した。
仕掛けられたものは単純で、しかし厄介な古の呪い。
どこにでもある人の負の感情を増幅し、絡め、雪玉のように転がり大きくなって――やがて雪崩れていく。
そんな絡まりを全て丁寧に解いてやったのだ。
(あとは王城に残る花束だけ)
しかし――まだ、終わりじゃない。
「いや……最後まで気を抜くんじゃないよ」
鳥がちぎれ雲の空を飛ぶ。夏の終わりを告げる虫が、力いっぱい鳴いている。
索敵には何も掛からない。だが、直感が告げている。
"敵が、仕掛けるなら今だ"
***
謁見の間。
長いビロードの絨毯を歩き、階段を上がったシティ。
頭は下げない。
宰相が咎めようとするが、玉座に座る王が手を挙げ、黙って頷いた。
玉座の隣にある花瓶に手をかざす。
13本の黒バラは、たちまち枯れて砕け散った。
あとに残ったのは黒いガラスのような破片だけ。
「ずいぶん人が集まってるね」
「収穫祭だ。良ければあなたも参加していくといい」
隣接するホールでは、貴族たちが集まっていた。
「呑気なもんだね。何もなかったから良いものを」
「師匠。せっかくですから少し顔を出されてみては?」
灰色の見習い服でも、カサブランカはお年頃の令嬢なのだ。少しは遊ばせてやっても良いのかもしれない。
「仕方ないね。少しだけ――」
玉座に背を向けた瞬間だった。
破砕音。いくつも並ぶ窓から光が――
ガシャーーン
玉座を中心に、張られた結界が砕ける音。パラパラと崩れる障壁が、青い魔力の粒子へと戻っていく。
いくつも並んだ窓から、黒い影が飛び込んできた。
「侵入者だ!」「陛下っ」
ほぼ同時に、正面扉から近衛隊が突入する。が、敵の方が僅かに速い。
「カサブランカ!」
念のため、アップスタイルにさせておいて良かった。弟子の髪型は防御の型だ。
呆けた宰相を玉座の方へ押しやると、シティはひらりと段差を飛び降りた。
キキンッ
玉座を狙った砲撃を、即座に魔力で相殺した。
いくつか光矢が後ろへ抜けたが、花がドームのように玉座を覆い守っている。
「なんだい、あんたたち」
顔まで覆った黒い衣装。黒尽くめの狼藉者が、次々と数を増やしていく。
『Ρα……Τια……Ρατια……Σερο……』
「挨拶もなしかい。入り口から出直してきな」
口布の裏で、長い詠唱を謳う者。それを守る数人諸共、一気に城外へ押し出してやる。
どおっ――
青い魔力の奔流が壁を突き破り、黒装束が吹き飛んだ。
入り口で近衛たちが、別の黒装束たちと切り結ぶ。ずいぶん数が多いようだ。
「し、師匠っ」
次々と飛びかかってくる黒装束を捌きながらも、弟子の声に振り返る。
色鮮やかな花のドーム。それがみるみる黒薔薇に侵食されていた。
「ちっ――」
一際濃い魔力を練ると、青い旋風が敵を一気に弾き飛ばす。
同時に自分もゴシックドレスをたなびかせ、玉座の方へ飛び上がった。
「酸を使いな! 王を連れて先に――」
『Ρα…Τια……Λατια……』
すぐ足元だ。玉座のすぐ裏側から、先ほどと同じ詠唱が、
(どこだ!?)
「酸!」
肩から外し放ったケープが、巨大な黒鷲を形取る。巨鳥は花のドームへ飛び込むと、カサブランカ達を掴んで上空へ。
『Ρα……Λια……Ραλια……』
(術者は――)
逃がすまいと刺々しい黒薔薇の蔓が、カサブランカたちを乗せた黒鳥へと追い縋る。大きく跳んで、蔦を断ち切り――
捻った体の先に見えた。柱の陰、溶け込むような黒装束。覆面の向こう。見えぬはずの顔が嗤う。
途端、床一面に散らばったガラス片。解いたはずの呪いの残骸が、昏い光を灯す。
『Σερον』
――闇が、すべてを呑み込んだ。
***
ぱちり。
目を開けてみる。
暗い。
と言うか、何もない。
(ま、予想はしてたけど)
敵が自分を狙ってくる。十分想定内だ。
最強ババアさえいなくなれば、この国は脆いのだから。
だから落ち着き魔力を整え、周囲の闇を払おうと――
「ゾゾア?」
想定外が現れた。




