ex.6 ハチ、雑巾になる
「ハチ。掃除するわよ」
よい子の皆ァ、こんニちはだぜぃ♪
オイラはハチ。
強くて怖ぁい千年の魔女、最強ババアの使い魔だヨ。
ウレシイお知らせ♪ オイラの主人のシティちゃんが、すっかり元気になったんだ。
ネグリジェをお着替えして。
真っ黒なドレス。ブローチとヘッドドレスをパチン!
ほら、いつもの最強ババアが完成だァ。
「ほら、雑巾」
しわくちゃの、節くれだった手がオイラに差し伸べられる。
――「ほんとは綺麗な19歳の女の子」ってのは内緒だぜぃ?
「アイヨ、ご主人サマ♪」
オイラはノリノリで、新しい雑巾を差し出した。
そしたら「パシっ」て叩かれた。雑巾、下に落ちちゃったヨ。
「ヒドいヨ、しーちゃん」
オイラ、悲しくナっちゃった。
「へぇ。身に覚えはない、とでも?」
婆ちゃん顔でも変わらない、綺麗な青の目がジーッてこっちを見てる。
お。雲行きがアヤしいゾ。
「なーんのこと――」
「ルンを入れたね」
オイラ人形だから冷や汗なんてかかないけど、なんか背中がヒヤッとするヨ。
「しかもなんだい? あのふざけた思念の拒否は」
ああ、アレね。
『おかけになったハチは、念波が届かない場所にいるか魔力が切れてるぜぃ』
緊急用にツクったやつ。酸の言う通り、もちっとマジメにツクっとくんだったぜぃ。
「まあまあ、しーちゃん。怒るとお肌に良くないヨ☆」
最大限の笑顔。オイラ顔はナイからネ。
両手で顔をハサんで、愛嬌たっぷりハチさんポーズ☆
最強ババアが《ほほえんだ》。
(あ、ヤバーーい)
オイラは、腹を括ったヨ。
***
「キュウちゃん、キュウちゃん!」
オイラいま、過去イチ速く逃げてるぜぃ?
狭い魔女の小屋。
奥の寝室から居間へ。
手近に見えた黒人形に、オイラ急ぎでSOS。
「先輩からの緊急ミッション。しーちゃん宥めて」
くるんと振り返ったキュウちゃんは、一番若い黒人形。
最強ババアは自分の黒人形を作って初めて一人前。歴代八人の最強ババアたちと同じように、しーちゃんが作った自信作がキュウちゃんだ。
「マジやばい! オイラ雑巾にされちゃうヨ」
いつもイロイロ教えてあげてる良いコの後輩だ。きっと先輩の窮地に――
「主の仇! 例えハチ先輩でも容赦しません」
「しまったぜぃ。キュウちゃんはしーちゃん絶対マンだった!」
オイラ、急速に方向転換だ。
すぐそばで、戸棚にハタキをかける黒人形に、オイラは駆け寄った。
「七ちゃん、七ちゃん。匿ってくれぃ」
七ちゃんは、名前の通り7代目・最強ババアの黒人形。オイラは8代目ゾゾアの黒人形だからネ。七ちゃんとは仲良しなんだァ♪
「ふるふる(潔く雑巾になりなさい)」
おっと、七ちゃんは真面目だからネ。でもきちんと危機を説明スレばだいじょーぶ。
「しーちゃんはマジだ。オイラ、いちばん汚い暖炉そうじに使われちゃうヨ?」
お。掃除の手が止まったゾ。
七ちゃん、真剣に考えてくれてるぜぃ♪
「ふんふん(任せなさい。汚れた雑巾の洗濯もお手の物)」
さすが掃除・整頓だいすき黒人形。
親身に解決策を考えてくれたヨ。
「――相談する相手を間違えたぜぃ」
雑巾化、免れなかったら頼りにしよう。
オイラはそそくさその場を後にしたヨ☆
***
勝手口。
ドアは開いていて、夏の草が揺れる外が見える。
「どいてどいてー」
外を目指すオイラの軌道に、ばかデカい黒人形。
「四、そこどいてェっ」
ダメだ。デカ人形は機動力が低いんだ。オイラ、そのまま突っ込んだ。
ずこ――ふかっ
ま、布だからね。そのまんま、巨大な黒人形の腹にめり込んだヨ。
「ふがっ……四、ごめんヨ。オイラ急ぐから――」
「フン」
え? なに?
助けてくれるって!?
「フンス」
天井近くにある人形頭が、激しく上下に頷いた。
さすが仁義と人情の4代目・最強ババアの黒人形だネ!
オイラついに救世主を――
「フンスフンス」
一緒に土下座して謝ろう。真摯に向き合えば主も分かってくれる――おい!
さすが脳筋・4代目の使い魔だ。解決法も筋肉だぜ。
「ちょ、熱い熱いヨ!?」
気づけば近くに燃え盛る黒人形。2代目・最強ババアの使い魔も、応援に馳せ参じてくれたみたい……
「謝ってスパっと罰受けたらオシマイ? え、ちょ――」
「……弐、四。そのまま抑えてな」
ヤバい! 真顔のしーちゃんが、つかつかヒールで迫ってる。ゆっくり歩いてるだけなのに、すんごいプレッシャー!
「放シテくれぃ!」
シュルリと腕を変形させてオイラ、2体の黒人形の拘束から脱出☆――ちょ、オイラの右腕、ちょっと焦げてるんだけど!?
まだ布質の惜しいオイラは、必死で開けた外へ救いを求めた。
***
小屋の裏手から飛び出した。
外は一面、山、木、森、森。
魔女の小屋とその庭の上だけに、ぽっかり青い空が広がってる。
揺れる青草の間で、綺麗に整えられた花壇。
等間隔に並んだ支え棒に、赤瓜、青瓜、夏の野菜が、ぐるぐる巻き付き実を育ててる。
「伍ちゃん」
麦わら帽を被った黒人形が、プチプチ脇芽を摘んでいた。ゆっくりこっちを振り返ると、不思議そうに首がこてんと傾いでる。
「オイラを畑に匿って!」
反対側に首がこてん。
しばらく固まった伍ちゃんは、そのまま長瓜をいくつかもぎとった。
ジジジ――シイシイシィー――――
「ハーチー」
やばいやばい。しーちゃんが外に出てきたゾ。
でもオイラは焦らない。
魔女の庭は、5代目・最強ババアが整えた。そんな彼女が作った伍ちゃんは、毎日庭木をお世話して、植物の声に耳を傾ける。静かだけど誰よりも優しい。
(お母ちゃんって、コンナ感じかナ)
人形のオイラがそんなこと考えるんだ。
ぽいぽいと背負い籠に瓜を放り込み、ようやく伍ちゃんがこっちに向き直る。ちょいちょいと手招きすると、花壇の間を指さした。
「コッチ……?」
耕したばかりの真新しい畝。その間にしゃがめって。オイラは素直に従った。
「〜♪ 〜〜♫」
鼻歌みたいに掠れた曲が、伍ちゃんの表面から流れ出す。いつの間にやら両手に持っていたジョウロの先から、チョロチョロ水が撒かれていって――
ニョキッ
「おお!」
凄いナ伍ちゃん。
さすが最強庭師。
あっという間に芽が生えて、双葉がぴょこり。
そのまま一気に植物が、オイラを隠す壁になり――
ニョキ ニョキ ニョ……
膝丈くらいに育ったヨ。
今も凄い成長速度で、蔓が伸びて、
「ウン、あと半日くらい? 腰まで伸びるのに」
間に合わないヨ!
***
慌てて開いてた窓から部屋の中に舞い戻る。急いで用具箱の影にうずくまった。
――いやもう、オイラ詰んでない?
残るは6代目の睦と3代目の酸くらい。
……むっつーは論外だ。マッドサイエンティストな製作者にそっくりで、きっとオイラを嬉々として解体しちゃう。下手したら糸にされちゃうカモ……
酸は――さっき台所にいたのがちょっと見えた。嬢ちゃん(カサブランカ)に弄られるのが嫌で、の一床面に、ドロドロ溶け出してたナ。
ああもう、ダメかもしれない。
一応オイラ、黒人形の統括役なのに。オカシイな……
布が詰まった頭の中で、"さよなら・ハチさん"ソングを奏でてたオイラ。ふと、首だけ出して、居間の奥を覗いてみた。
火のない暖炉。その隣。この家で一番くらい影の中。はじまりの黒人形。オイラたちの原点だ。
ソロリ。
思い切って近づいた。
「イチ――」
初代・最強ババアの黒人形・イチが、石をヤスリで研いている。「シャッ、シャッ、ジャッ、シャッ」乱れることのない一定のリズムで、ひたすら仕事を進めている。
「イチ……さん?」
オイラ、未だにコイツのことワカラナイ。イチの体を分けて作られたのにネ。機械みたいに動いてる。主の指示に忠実――でもそこに、意思は感じない。
(呼び方、チガウのかな?)
イチの布から分かれてできた。つまりオイラはコイツの――
「お母チャン?」
あ、砥石が止まった。おお……スゴイ圧。
オイラを象る黒布が、全部粟立つみたいにボコボコしてるヨ!
「ごめんヨ。お父チャンだネ……?」
そこ間違えたらダメだよネ? え? ちがう?
本格的にヤバくなった。オイラなんだか形が解けてない? 裾からイチに吸い取られて――
「――お。ハチなんさ!」
ひょいと脇から持ち上げられた。
「ルン兄!」
オイラ悟ったんだ。所詮、黒人形は人形だ。
最後に助けてくれるのは人間。持つべきものは人間の友!
「助けて! ルン兄部屋に入れたのバレちゃった!」
オイラの必死の訴えに、ルン兄は深刻な顔で頷いた。
……よーし。そもそもルン兄の願いだからネ。オイラを助けたまえヨ。
伸ばした黒い人形の手に、青年の手が重なりかけて――
「ルン」
固まった。
あ、これ。禁断の時空魔法? しーちゃん、いつの間に成長を。オイラ、涙が出そうだぜぃ……
ギギギと首だけ振り返る。
長い白髪をゆるりと下ろし、皺だらけの顔に慈愛を浮かべ。最強の老魔女は、それは綺麗に微笑んだ。
「ソイツを寄越してくれるかい?」
「どーぞ、なんさ!」
――おいぃ!?
とろける笑顔でこの男、オイラを引っ掴んで渡しやがったヨ?
首根っこ掴まれ、引き摺られる可哀想な黒人形……
(忘れてたぜぃ)
時に人は裏切るのだ。
オイラ、黒人形で良かったヨ。
お読みいただきありがとうございました。
無念。雑巾にされてしまったハチ――だけど真の危険は回避しました。危うくイチに吸収されるところでしたから。きちんとルシニウスに助けてもらったわけですね。
黒人形とはなんなのか。
その起源を描いた物語は、スピンオフ短編集「最強ババアのオフタイム」
#5 翼のないドラゴンは、黒蛇になる夢を見る【リオラン&イチ】
#6 始まりの黒人形
ご興味のある方はぜひ、こちらもご覧くださいね。
それではまた来週(^^)/~~~




