表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
42/44

14. 過労②

【明日、日曜におまけ話を公開予定です】

【ルシニウス視点】


「先輩!? どうされましたの?」


 魔女の小屋。最奥の主の部屋から出てきた俺は、手近な柱に頭をぶつけた。


「今なにか、物凄い音が!」

「なんでもない……いや、カサブランカこそどうしたんさ」

 駆けつけてきた令嬢は、顔も体も煤だらけ。華やかな橙の髪もすっかり汚れ、身につけた灰色のワンピースに馴染んでしまっている。


「あら。いつの間に」

 汚れた自分の両手をしげしげと眺め、カサブランカは苦笑した。


「課題ですの。黒人形さんを調べなきゃなのですが――」

 しょんぼりと項垂れたカサブランカは、首だけちらりと後ろを振り返った。居間の一角が、墨汁をぶち撒けたように、大惨事だ。


「だ、大丈夫ですわ。きちんと片付けますから」

 爆心地の中央で、黒人形の七ちゃんが、何やら引っ張り出してるみたいだ。カサブランカが手を貸して、ようやくドロドロの人型が引きずり出された。



「そんなことより、シティさんは?」

 さらに汚れを増やした顔で、カサブランカは奥の扉に視線を向けた。


「まだ寝てる。かぜだとは思うんだけど――」

 釣られて自分も後ろを振り返る。部屋にこもってもう三日目。ハチが運んだ食事も、ほとんど手つかずで返ってきた。


(なんとか様子だけ見に入れたけど――)

 本当は誰も入れちゃだめらしい。だけど心配の限界で、ハチに頼みに頼んで入れてもらった。


 ガチャリ、と扉が開く。銀のワゴンが押されて出てきた。空になったマグカップ。


「良かった、少しは飲めたんさ?」

「ウン。でも食事はまだだっテ」


 仕方ないか。少しでも何か口にできて良かった。

 ちょっとだけ安心する俺の前で、ハチはワゴンを脇に寄せると、何やら戸棚を漁り始めた。


「ちょ、ハチ。ちょっとタンマ。何持っていくんさ?」

 箱を抱えたハチが、再び奥の部屋に戻ろうとするものだから。俺は慌ててその襟首を掴んで止めた。


「裁縫箱。しーちゃんのご要望だヨ」

 呑気に話すハチに、俺は思わず額を押さえた。病人だぞ。三日間、ろくに飲み食いできてないってのに。


「ハチ。それは没収なんさ」

 さっと留め具のついた箱を奪う。金属の箱は表面が綺麗な細工がされていて、見た目よりもずっしり重たい。


「ルン兄、それじゃオイラが怒られるんだぜぃ」

「だーめ。とにかく、今は安静なの」

 ハチが取り返そうと手を伸ばすもんだから、俺は裁縫箱を頭上高くに掲げて考えた。


「うーん……じゃあ、お粥(ポリッジ)を少し食べれたら。そしたらこれ、渡すから」

 ピタリとハチの動きが止まる。


「でもオイラ――」

「食べて元気になってから。それでも遅くないだろ?」


 俯いたハチ。「裁縫箱、今すぐって言われてナイ……」なにやら俺の言葉を咀嚼するようにブツブツと呟いている。


 ちらりと居間を見る。両腕を黒に染め上げながら、カサブランカが黒人形の酸を拭いていた。その周りで同じ黒人形の七ちゃんが、汚れた戸棚にハタキをかけている。


「第0原則。健康第一……おーけぃ、ルン兄。裁縫箱はあとにするヨ」

 頭を上げたハチは、パタリと両腕を下に降ろした。よし、成功だ。

 黒人形は主人のシティの命令が絶対だ。今そこでカサブランカが格闘している(さん)も、ほかの黒人形も、絶対ほかの奴の言うことなんて聞いてくれない。


「よし、じゃあちょっと手伝ってくれる?」

 台所に向かう俺の後を、ハチがぺたぺた着いてくる。

 最近気づいたんだ。ハチは例外だって。 "シティの健康のこと" に限るけど。うまく頼めば、こうして言うことを聞いてくれる。


 仲良く並んで手を洗う。小鍋に水を入れて火にかけて。麦を量って何度か濯いだ。


「オイラは?」

「んー、それじゃ芋を頼むんさ」


 ハチはすぐに保管庫から芋を抱えてきた。ごろごろと流しに放り込むと、手早くその手で剥き始める。そう、素手で。


「よく……切れるね」

「切れ味抜群だぜぃ♪」


 立派な凶器だ。シュッ、シュッと振るわれるハチの手先は、布の腕が何やら光沢を帯びている。いつもこうして家事ばかりで忘れがちだが、外ではこうして敵を捌くんだろうか。


ことこと、こと


 音を立て始めた鍋へ、小さく角切りにした芋を放り込む。一緒に香草をひとつかみ。そのままじゃ芋臭さが出るからね。少し火を弱めて、しばらく待ちだ。


「オイラ、しーちゃんの水替えてくるヨ」

 作業が一段落し、ハチは主人の元に戻るみたいだ。一人になった台所。鍋の熱気を逃がそうと、小窓を少し開けてみた。


 ほんのり涼しい夏の風。それと一緒に、虫の鳴き声が流れてきた。

 くつくつ泡立つ鍋を気にしながらも、そっと壁に背を預ける。





――――衝立の向こう側。


 "俺は今黒人形。そっと様子を確かめるだけ"


 悪いことだと分かってて、でも心配で仕方がなくて。被った黒布の下の心臓が、煩すぎて気づかれないだろうか、なんて。

 すぐに忘れた。

 その音が聞こえたから。


「シティ……!」

 声は極力抑えたけど、慌てて衝立の向こう側に回って――頭が、真っ白になったんだ。


 シーツに広がる乱れた白髪。

 掛布からはみ出た細い腕。

 皺一つない綺麗な手指。


「うう……ん…」

 苦しそうに寝返りをうち、こちら側を向いたのは――慌てて俺は視線を外す。

 バクバクと耳の奥が脈打っていた。


(早く出ないと――)

 理性は急いでこの場を離れようと決意するのに、彼女の声が俺をその場に縫い止めた。


「やだ…………ゾゾア」


 知らない名前。シティから聞いたこともない。だけどわかるだろ。そんな風に、そんな声で呼ぶ相手なんて――


 胸の奥がひりついた。熱くて、なんだかムカムカする。


「ふぅ――」

 一度全部大きく吐き出して、俺は手拭いを洗面器に突っ込んだ。しっかり絞って、そっと額の汗を拭う。手早く、だけど丁寧に。乱れた髪も整える。


「ん……」

 まだ少し苦しそうだ。躊躇った手を頭に載せれば、表情が少し和らいだ。しばらくぽんぽんと、撫でてみる。

 呼吸が落ち着いたのを見計らって、静かに蒲団を掛け直し、俺はようやく部屋を出た――――


 


 ごん


 控えめに、頭が背後の壁を打つ。

 さっきは衝動のままに柱にぶつけてしまったからな。カサブランカを驚かせちまった。

 緩く、だけどごんごんと、数回頭で壁に当たる。


(ああ、俺――腹が立ったんだ)


 ようやく冷静になれたところで、胸奥の熱の原因に思い至る。


 ずっと、感じていた。

 だからそんなに、驚かなかった。

 それよりも、怒りが先に沸いてきた。


「あんな小さな子に、全部――」


 親を求めて、泣いていた。世界の誰からも隠れて、小さな山小屋の奥の部屋だけで。


「ムカつくんさ」

 呑気な自分も。君に全部背負わせた国も何もかも全部――


 









お読みいただき、ありがとうございました。


"それは、彼だけが見れる"特別な1枚"。

幸せそうに蒸しパンを齧るババアの写真。

その姿の向こうに青年は――少女の姿を幻視する。"


これは物語の最初期、短編版"最強ババアのティータイム"のラスト3行です。

ようやく、ルシニウスが少女姿のシティに会えました。(シティはそのことに気づいてません)

ここまで長かった……


さて、「新たな弟子編」も残すは1/3ほどです。シティとルシニウス、二人の関係はどこへ向かうのやら。

もうしばらくお付き合いくださいませ。


***

先日、「ルシニウスのカメラはどんなもの?」と質問をいただきました。作品設定に興味をもっていただき小躍りする作者です。ありがとうございます。

感想返信にも書かせていただきましたが、改めて活動報告などにも載せられたら、と思っています。


感想、ブックマーク、☆評価等いただけますと、大変励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ