14. 過労①
うーん……
なんだろう。どうなったんだっけ。
えっと。おじさんと一緒にご飯を食べるって。
それから今日は特別に、夜更かしして星を見て――
ずきり
頭が痛い。
大皿に、きれいに盛り付けられた料理。大人たちはワインで乾杯。私もグラスに注いでもらったぶどうジュースに口をつけ――屋根が落ちてきた。
轟音、砂煙。足元にはグラスの破片。
瑞々しい葡萄色の水たまりを踏みしめて、向かいでゾゾアが立ち上がる。
見たことない厳しい顔で――
ずきん
痛い。頭が痛い。
頭だけじゃなくて、腕が、背中が、喉も。焼けるように痛い。
ふと、額に冷たさを感じ、呼吸が少し楽になった。
「ゾゾア?」
ポンポンと頭が撫でられる。
掛布が綺麗に被せられ、ふわりと体の力が抜けた。
そのまま、今度こそ深い眠りへ――
パチリと目を見開いた。
「ぐ、う……」
体を起こそうとして、強烈な怠さに思わず呻いてしまう。
頭を起こすのは諦めて、ゆっくり体を横向きに。サイドテーブルには空のコップと水差しが。ゆっくり水を注ぐが、ポタポタと水が溢れてしまう。
「ああ、もう……!」
濡れた床に、舌打ちが零れそうになる。同時に、自分の口から出た酷い声に、口端が引き攣った。
魔力を練るのすら億劫で、そのままぼふんと枕に沈む。
きぃぃ……
扉が軋む音。
(ハチかしら)
濡れた床を拭かせて、それから氷を入れたジュースを持ってこさせよう。ついでに結界用の魔力石を――今何日かしら? とにかくカサブランカに運ばせて、それからそれから……
風邪独特の倦怠感から、空回りする頭をなんとか振り絞ろうとする。しかし次に聞こえた声に、シティは石のように固まった。
「シティ……まだ寝てる?」
咄嗟に頭までシーツを被る。
シティが過ごす寝室は、魔女の小屋の奥の部屋。ここは本当に最強ババアとその使い魔のみしか入れない。入れさせないはずなのに――
「主さま? 主さまは?」
ドア向こうに、ぴょんぴょこ跳ねる黒い影。まだまだ幼い使い魔が、ずいぶん心配しているようだ。
「ちょ、しーっ! キュウちゃん」
慌てたルシニウスの声に、しょんぼりうなだれるキュウちゃんが、閉まる扉の向こうに消えた。
部屋に残されたのはハチ。
ハチが2体。
いや、正確にはハチと、ハチもどきが1体だ。
(何してるのよ)
あまりのツッコミどころの多さに、シーツの裏でシティは声にならない悲鳴をあげた。
ベッド脇の衝立の隙間から、黒布を全身に巻き付けた人影が見える。
(ハチ。あんた何してるのよ!)
青年のあまりに酷い変装技術は置いておくとして、隣でルシニウスと共に、なにやら作業するハチに。
鋭く思念を叩きつけるが、ぷつりと接続が途切れた。
『おかけになったハチは、念波が届かない場所にいるか魔力が切れてるぜぃ』
ふざけたボイスが返される。
(……絶対、あとで布切れにもどしてやる)
そして雑巾代わりに使ってやるんだ。
昏い恨み言を噛み締めながらも、今問題は、この部屋にいるはずのない人物で。
(待って、私今――)
ばっと反対側の壁を見る。ハンガーに掛かったゴシックドレスに、シティの頭は急速に冷えた。
つまり今は本来の……19歳の少女姿で。
(問題ないんじゃない?)
自分の頭の中で、知らないもう一人の自分が囁いた。
(良いわけないじゃない!)
慌ててその思考を振り払う。
しっかりと被ったはずの掛布が、ずいぶん薄く感じられた。
カチャカチャ音を立てながら、二人は何やらやっている。
「――お湯はたらいに」「オイラが干すよ」
「あ、もう少し温めなんさ――」
コソコソ二人の話し声。
(潜め声って、意外と聞こえるものなのね)
衝立の向こうで動く気配に、シティは気が気でない。
しん、と物音が消えた。話し声も聞こえない。
被ったシーツを僅かに持ち上げようとして、視線を感じて慌てて下ろす。
「じゃあハチ、起きたら飲ませてあげて。できたら着替えも……無理なら汗を拭いてあげてほしいんさ」
そっと扉が閉じる音。
ルシニウスが部屋から去り、再び沈黙が降りた。
ハチが衝立のこちら側にやってきて、「しーちゃん、起きれる?」と呑気に話すものだから、シティはハチを睨みつける。
「マアマア、先にこれ、飲んで」とハチはお盆に乗せたマグカップを、シティの前に持ってきた。
体を起こすのを手伝ってもらい、マグカップに口をつける。熱すぎない。でもやさしい温かさが、張り付いた喉を潤していく。思ってたよりずっと渇いていたようだ。
途中、何度かゴホゴホむせてしまう。ハチに背中を擦ってもらい、ゆっくりと飲み干した。
(すっきりした)
喉の痛みが和らいで、体がポカポカする気がする。
「しーちゃん、着替えたらも少し寝ようぜぃ♪」
ひんやり絞った布巾に震えるが、ベタつきがさっぱりして気持ち良い。
「お腹すいたら、お粥もあるヨ」
ゆるゆる首を横に振るう。まだお腹は空いていなかった。
空になったマグカップをお盆に乗せて、ハチが部屋を出ていった。
(何入ってたんだろ)
赤みがかった液からは、華やかな花と燻したような煙の匂い。恐る恐る飲んでみたが、意外にさっぱり甘酸っぱい。薬茶は結構詳しいのに、よく分からない味だった。
(とりあえず、姿は見られてないわ)
さすがにハチも最強ババアの使い魔だ。忠実な黒人形が、主に黙ってそんなこと――
(しないわよね?)
一抹の不安に、あとで必ずお調子者の黒人形は絞めるとして。
(一刻も早く直さなきゃ)
最強ババアの御用達、チェルニーの薬を取りに行かせよう。細々とした準備は全部、カサブランカに投げるとして――
針と糸。そのくらいはベッドのうえでもできるはず。幸い休んだことで、頭の巡りもマシになった。
――そんなことを考えながら。
(また、作ってもらえるかしら)
先ほどの飲み物が気になって、つい扉の向こうを見つめてしまう。自分だけの寝室のはずなのに、なぜかその静けさが身に沁みた。
毎日まだまだ暑いですね。
そう書きながら冷や汗をかく作者です。
実は前回のあとがき、間違えてました!
酸梅湯!
"真っ赤な甘酸っぱい、梅ベースのドリンクです。
汗のかきすぎを防いだり、胃腸を整え、体の余分な熱を取ったり、夏にぴったりな効果だそうな……"
これ、今回のあとがきなのに…間違えて前話に付けておりました。修整させていただきました、ごめんなさい。
ちなみに前話でシティが飲んでたのは、ミントティーです!
それではまた来週土曜に。
いつもお読みいただきありがとうございます!




