12. 5つめの呪い②
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◆呪いは解呪すると、周囲の人間に転移する――便宜上、呪い保持者を"感染者"と呼称する。
◆感染者の上肢、あるいは下肢には、黒薔薇の紋様が刻まれる
◆結界による解呪時の転移阻止に関する検討
【魔力結界24】:不可【物理結界15】:転移後の呪い強度が減衰するも、感染者が急増。不可【魔力障壁56】……
◆転移先の条件検討
術師→抵抗性あり。心に陰りある者への転移傾向強し。重症患者等、ある程度は転移先を任意で設定できる可能性が――
◆封印による経過観察
――封印三日目。周囲への精神汚染を観測。また、解呪なしでも徐々に感染者が増加傾向――
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パタリと黄ばんだ冊子を閉じる。
「良かったのかい? 部外者に見せて」
魔塔の研究結果の一部だ。読み終えた冊子を差し出せば、向かいに腰掛けた少女は、ふるふると首を横に振った。
フードを下ろしたディジーは、丸眼鏡の向こう側でキョロキョロと目を泳がせる。ばちんとシティと視線が合うと、青白い肌が逆上せたように赤らんだ。
「感染者が200人以上。ものすごい数なんさ」
ディジーの手からひょいと冊子を奪ったルシニウスは、ページをパラパラ捲りながら唸っている。
「なんとかなるでしょうか……?」
魔塔の術師たちとて、色々と手を尽くしたはずだ。同じく研究記録を眺めたカサブランカは、声に不安を滲ませた。
「……できないことはないさね」
シティの言葉に、ディジーとカサブランカは目を丸くする。
「酸に食わせればいい」
シティに促され、黒鳥がぴょこんと机の上へ飛び乗った。ガバリと開いた嘴の中に、ずらりと牙が並んでいる。
「まあ、齧られた相手は少し削れるが」
「ひっ」
「師匠……それはちょっと――」
ガチガチとクチバシを鳴らす黒鳥に、ディジーは怯えたように一歩下がる。そんな彼女を庇うように、カサブランカがそっと両手で酸のクチバシを閉じた。
「齧らせるのは最終手段にしたいところだねぇ……」
少なくとも記憶の一部、下手したら精神をかなり損なうだろう。シティだってこのやり方は避けたいのだ。
「感染者全員を確保。転移先を絞れれば……」
理論上は不可能ではない。しかし実現可能かといえば――労力、そして避けられない犠牲。コツコツと指で机を叩いていると、ルシニウスが手を挙げた。
「心が弱った人が減れば、なんとかなりそう?」
勝手に行動しない。そう約束して今回も同行したルシニウス。彼は片手を口元に添え、なにやら思案している様子だ。
「そうさね……。あとは呪いを封じる入れ物があれば――」
するとそれまで縮こまっていたディジーが、その場にすくっと立ち上がった。シティをまっすぐに見つめ、口を開く。
「あ、わ、わたし……」
言葉が続かない。はくはくと空気が漏れて、みるみる眼鏡の奥の瞳が潤んでいく。
「大丈夫ですわ。ゆっくり。ゆっくりで大丈夫」
見かねたカサブランカが、そっとディジーに近づいて、肩に優しく手をかけた。
「え? はい。まあ! そうですの?」
両手で顔を覆ったディジーは、そんなカサブランカに頭を寄せた。
「なになに? うん。それなら――」
そこにささっとルシニウスが参加して、ディジーの囁きに二人が頷きを返している。
(まったく、普通に話せないのかしら)
呆れつつその光景を眺めていると、青年と弟子がくるりとこちらを振り返った。
「師匠! ここは私たちに!」
「任せてほしいんさ!」
* * *
清掃員の服を借りて、病棟を駆け回るルシニウス。
「ナナせんぱいに教わった、おそーじ術なのです!」
その後ろに、別件で手が離せないお掃除得意な使い魔・七の代わりにと、小さな箒を持ったキュウちゃんが駆けていく。
カサブランカが歩んだ場所は、暖かな色の花々が咲いた。
キャッキャと華やかな声に、シティは手近な病室を覗いた。
ベッドの上で上体を起こした女性が、鏡で施された化粧を見つめている。数人の看護師が、一枚の写真を囲んで笑っていた。
「あら師匠。ここにいたんですの」
「掃除も、あらかた終わったんさ!」
西日が差し込む廊下の向こうから、カサブランカとルシニウスがシティを見つけて駆けてきた。
二人とも顔に疲れが見える。半日病院を駆け回ったのだ。
「まったく。何をやってるんだか」
つい癖で独りごちたものの、悪い気はしない。一度部屋に満ちる安らかな香りを吸いこみ、背後の窓を振り返った。
「あんたも良くやったじゃないか」
もこもこカーテンが動き、灰色フードが頭を覗かせる。縮こまってる彼女が、今回の立役者だろう。
「感染者をすべて把握、病院に留めておいた。おかげで、すぐに糸を結べたよ」
ディジーを中心に立てた作戦。それは、最強ババアの力を持って、膨大な感染者を一斉解呪。皆で病院の空気を和らげて、呪いが好む弱った心をなるべく減らし――
「それじゃ、一気に追い込むよ」
用意した入れ物へ、呪いを一気に押し込むのだ。
***
無機質な電子音が、等間隔に刻まれる。ひどく絡んだ咳き込みに、痛みにすすり泣く者も。
白く照らされた空間は、どことなく寒々しい。
「じ、じゅ、重症者病棟です」
先導したディジーが、そっと皆を振り返る。
カサブランカ、ルシニウスに続き、シティが最後に入室した。扉は閉めない。シティの片手には、見えない糸束が握られていた。
「キュウは?」
ふと、ルシニウスの側に使い魔がいないことに気づく。ルシニウスはふるふると被りを振った。
「小児病棟で、引っ張りだこ」
敢えて置いてきたと言われれば、特に異論はなかった。こと、今から行う解呪には、子供たちのそばにいてもらった方が良いだろう。
「今から一斉に解除する」
カサブランカ、ルシニウス、そして相変わらず不安そうだがディジーの視線が、最強ババアに集まった。
「魔塔の奴らの資料から、どんなに強固な結界を張っても、解呪で呪いは転移する」
「だから、敢えて綻びを作った。ですわね?」
カサブランカが師の言葉を継いだ。
皆がシティの上げられた左手に注目する。
「ディジーさんが、次の感染リスクが高い人を、ここに全員集めてくれたんさ」
名前を呼ばれ、ピクリと肩を跳ねさせたディジーだが、おずおずと自らの袖を捲ってみせる。そこには、呪われた人特有の薔薇の紋様が刻まれていた。
「白い薔薇?」
カサブランカが首を傾げる。ディジーの腕に刻まれたのは、感染者と対照的な白薔薇だ。
「解呪をした途端、呪いはこの部屋目掛けて飛び込んでくる。あんた、封印先は任せてと言っていたが――」
コクコクと頷くと、ディジーは最寄りのベッドに近づいた。点滴が繋がれた老人の細腕に、白い薔薇が浮かんでいる。
「こ、ここ……つ、繋がってます。わ、わわ、私に……」
よく見れば、同じ室内の患者すべてに、白薔薇が刻まれていた。
「ぜ、全部……ひき、引き受けます」
仕草は限りなくおどおどしているというのに、ディジーはそう言い切った。眼鏡の奥の瞳が、まっすぐシティを捉えている。
「引き受けるって、そんな……」
狼狽えた様子のカサブランカを、シティは空いた片手で制すると、ディジーにまっすぐ向き合った。
「わかった。なに、気楽にやりな」
今日出会ったばかりの魔塔の術師。ただの下っ端術師なディジーのことを、まだ何も知らないが――
(最悪、酸に齧らせるしね)
丸めた背中で、それでも必死でこちらをみる姿に、シティは任せてみようと思った。
「い、いい、いきます……!」
ディジーはぶるりと体を震わせる。今一度シティと視線を合わせると、彼女はがくりと項垂れた。
「さ、最悪。ぜ、ぜんぶ……むむ、むかつく……」
だらりと両腕を前に垂らし、彼女はぶつぶつと呟きはじめた。
「ディ、ディジーさん?」
「大丈夫なんさ……?」
「うう、うまくいったら上のおかげ。失敗したら、わわ、私のせい――」
次第に低く、そして滑らかに、誰にともなく呟くディジーに、カサブランカとルシニウスは引き気味だ。
「研究は自分の仕事。か、解決は管轄外。手に負えないからあとは専門の君に任せる? ふざけんな!」
突如大声を上げたディジーの周りの空気が歪む。冷たい空気が肌を撫で、窓は霜に覆われた。
「情けない情けない何が術師の最高峰だ、でも何も言えない自分も嫌だ。ああ休みたい仕事やめたいでもやめられない、無理無理弱い駄目すぎるぅ…………うう、はい。お願いします」
ぐるぐると冷気が渦巻く中心で、呪文のように怨嗟を唱えていたディジーが、ぷつんと言葉を途切らせた。
即座にシティは左手を握り込み体の前へ、右手を縦に振り下ろす。
「切断」
青い魔力が、不可視の糸束を切り裂いた。途端、開かれた病室の扉の外から、悍ましい気配が流れ込み、患者たちを包み込もうと――
ハシュッ……
白い光が、黒い気配と混ざり合い、小さく爆ぜる音がした。灰色の煙が部屋の中心、ディジーの元へと収束する。
「おっと」
「ディジーさん!」
ふらりとその場で揺らいだ彼女を、カサブランカとルシニウスが支えたのを横目に、シティはすぐさま気配を探る。
(陰性。一階、二階……全棟、よし!)
ちらりと右肩の黒鳥に目をやるも、静かに目を閉じている。
「呪いの気配はもうないね。よくやった」
労いの言葉をかければ、ディジーはゆるゆると両手で口元を覆った。ほほがみるみる上気する。
「けどどうするつもりだい? あんた一人にその呪い」
魔力を通して見れば分かる。目の前の少女は、力付くで呪いを自身に押し込んでいる。外に漏れることはなくとも、徐々に彼女を蝕むだろう。
「ここ、これでも……呪いは専門、なので」
先ほど饒舌に怨嗟を唱えた姿はどこへやら。覆った両手指の隙間から、それでも頼もしい回答が紡がれる。
「そうかい」
ふとシティの脳裏に、王の執務室でのやり取りが浮かぶ。
『魔塔主から、呪いに関しては別の方を紹介されまして。その方が、急ぎ貴方を頼るようにと』
最強ババアを毛嫌いする魔塔の術師が、自分を「頼れ」と言うだなんて。一体どんな奴なのかと思っていたが――
「弱いだなんて、とんだ勘違いさね」
気づけば言葉が出ていた。きょとんと目を見開くディジー。出会ったときより一層煤けたローブ姿を前に、自然と口元が緩む。
「ま、困ったら、いつでも言いな」
くるりと部屋を後にする。
信頼には信頼を。
碌でもないお思っていた魔塔だが――
(案外、すてきな子もいるものね)
魔力消耗による倦怠感も、今だけは気にならなかった。
* * *
大理石のアーチをくぐれば、日はほとんど山向こうへと沈んでいた。
病院を背に、三人は黙々と歩く。
「疲れたんさぁ」
ふわあと両腕を伸ばすルシニウスに、声にこそ出さないものの、シティも内心で同意する。今すぐ帰ってドレスを脱ぎたい。そんなことを考えていると――
「どうして……苦しんでる人のところにばかり……」
足を止めたカサブランカが、背後を振り返りつつ呟いた。いつも元気な顔を曇らせて、言葉に詰まる弟子に、シティも小さく息を吐く。
「全く……呪いをかけるやつは、性格が捻くれてるね」
小さな村の診療所。町中の中規模病院に。ここ連日、解呪に向かった場所はいずれも、病を患う人々が集まる場所で――
「まあまあ。今日の仕事はもう終わり! 皆、お疲れ様なんさ」
陽気な青年の声が、沈みかけた二人の思考に割り入った。
「帰ったらすぐにフレンチトーストを焼く」と話すルシニウスに、カサブランカはハーブティーをリクエスト。シティも「ジュワッとしみしみ」という言葉に、気持ちがふんわり軽くなる。
(もう、いいわね)
ささっと飛んで帰ろうと、編み込んだ魔力を解いていく。不測の事態に備え、周辺一帯の人々に、保護結界を付与していたのだ。
ピタリと足が止まる。
いきなり歩みを止めたシティに、両脇の二人がまばたいた。
「シティさん?」
「シティ?」
シティは答えない。
代わりに慌ただしい靴音が、いくつも重なり近づいてくる。
「逃げろ!」
「蛇だ! 民間人はすぐに建物の中へ!」
揃いの帽子と制服に身を包むのは、この街の守衛隊。彼らは槍を構え、通りを行く人々に呼びかける。
角を曲がった大通り。美しい舗装の石畳が、音を立てて飛び散った。
地面に空いた穴から、鎌首をもたげる黒い蛇。
見渡せば街中いたるところに、大蛇が顔を出していた――




