12. 5つめの呪い①
王都。
高台の王城が見下ろす街には、この国のあらゆる品を扱う商店が軒を連ねていた。
大勢の人々が行き交う大通り。しかし、一つ奥まった街道は、喧騒からは切り離されたような静けさに包まれていた。
琥珀色の石畳が敷き詰められた通りの突き当たり。そこに佇むのは、王立病院だ。
三階建ての石造りの建物は、石柱と丸いアーチに囲まれている。上層階に並ぶ小窓の向こうで、人影が忙しなく動いていた。
「ちょちょちょちょっとぉ……!」
突然、慌てた女性の声が、静かな通りに響き渡る。
一際大きなアーチの下。正門扉が大きく開き、白いローブ姿の集団が現れた。
「どどど、どうするんですかぁ?」
「どうするも何も、調査は終わった。残りは専門の君に任せたよ」
白いローブの集団。その中心で銀の錫杖を持つ男に、灰色ローブの女性が追いすがる。
「まま、任せたって……」
「次期魔塔主さまが直々に解析してくださったのだ。お膳立ては十分だろう?」
「でで、でも呪いはまだ――」
取り巻きの白ローブ達に阻まれる。それでも彼女は必死に訴え手を伸ばす。
拍子に、はらりと男のフードが外れ、長い髪がこぼれ出た。どこまでも白に近い金髪をかきあげて、次期魔塔主と呼ばれた男は、鬱陶しそうに女性を押しのけた。
「そもそも、これは我々の仕事ではない」
淡々とあしらい、その場を後にしようとして、ふと、何かに気づいたのだろうか。男は通りを振り返る。
「……最強ババア」
小さく、しかし忌々しさは隠せない。
遠くに見えた漆黒のシルエットに、男は眉を潜めて呟いた。フードを深くかぶり直す。ひときわ眩いローブの白が、男の表情を覆い隠した。
「良かったではないか」
くるりと男は踵を返す。
「お前の大好きな最強ババアだ。仲良く後始末をすればいい」
こつん。
錫杖が石畳を叩く。
早足で去る主に、取り巻きたちも慌てて追従した。
ぽつんと灰色ローブの女性が取り残された。
去っていく魔塔の術師たちを、ただ黙って見送った。染み一つない真っ白なローブが遠ざかる。
(目の前で、人が苦しんでいるのに)
「仕事じゃない」「管轄外だ」
この頃、何度聞いただろう。
己の煤けたローブの裾を、ぎゅっと握りしめる。
俯いていても仕方がない。
彼女は顔を上げる。そして――
こちらに近づいてくる、ゴシックドレスの老婆をまっすぐ見つめた。
***
「へぇ。つまり、呪いの理屈を好き放題調べまくって、あとは放置、と」
「先輩、お言葉がとげとげですわ――でも、酷いですわね」
苛立ちを吐き出すルシニウスを宥めるカサブランカも、思わず自分の口から溢れた不満にはっと口を押さえている。
混雑したロビーは、患者と病院の職員で溢れかえっている。点滴を引いて歩く患者に、シティは一歩その場を下がった。テープで針が止められた細い手首に、タトゥーのような黒い薔薇。
「全く、増やすだけ増やして、後は任せた? お手上げの間違いだろう?」
待合を見渡せば、幾人かの患者の手首に、同じような黒薔薇が刻まれている。
「すす、すみませぇん……」
蚊が鳴くような細い声が、柱の向こうから聞こえてくる。
いくつか確認を取ろうとして、振り返ったシティは思わずため息が溢れた。
「ディジー。いい加減慣れたらどうだい?」
「はうっ……!」
ディジーと呼ばれた灰色ローブの女性は、訳の分からぬ悲鳴をあげて、さらに柱の向こうへ引っ込んだ。
「大丈夫ですよ。シ――じゃなくて、師匠はとーっても優しいんですから」
影に隠れる灰色ローブをちょんちょんと突き、カサブランカが微笑みかける。両手で顔を覆ったディジーは、なぜか耳が真っ赤になっていた。
(その説明はどうなのかしら)
"人々が最強だと信じることが、最強ババアの力となる"
よもやその掟を忘れたわけではあるまい。
最強ババアのネームバリューを安売りする弟子は、帰ったら厳しく仕置きするとして。とにかくこうも怯えられたら、話が進まない。
「あら、師匠。違いますわよ」
そんなシティの思考に、カサブランカが割り込んだ。
「怖がってるんじゃありませんわ。ね、ディジーさん?」
「あ!? わ、うぅ……」
謎に話を振られて目を白黒させるディジー。そしてそんな彼女を前にニコニコ笑顔のカサブランカ。
「気持ち、わかるんさぁ」
なぜかルシニウスまでうんうん頷くものだから。
(一体何なのよ……?)
さっぱり分からないものの、会話は弟子に任せることにして、シティは周囲を見回した。
ざわざわと、黒鳥姿の酸の羽毛が蠢いている。
まずは状況把握。
この、べたつく気配に満ちた病棟の、全貌を掴むのだ。
***
「お前らのせいだ! 死んだら呪ってやるからな!」
「痛い痛い痛い」
「医者を呼べ医者を! 女じゃ話にならん」
「うっせいなクソジジイ。こっちも忙しいんだわ!」
ガシャーンと何かがひっくり返り、ガラスが割れる音がする。
そこかしこで怒声が飛び交い、病室を出入りする職員たちの顔色は暗かった。
元より苦しみを抱えた人々が集まる場所だ。しかし異常なまでの荒れ具合。そこら中に物が散乱、片付けの追いつかない汚物に、医師に殴りかかる患者。看護師同士の喧嘩も絶えず、誰も彼もが荒んでいた。
「はいはい。暴力は禁止だよ」
トン、とこめかみをつついてやれば、入院着の老人がその場に崩れ落ちた。頭を打ちつける前に、さっとルシニウスが受け止めた。
「大丈夫。眠ってるだけなんさ」
若い医師が、慌てて駆け寄る。ルシニウスが安心させるように説明し、老人を床に横たえた。
「さっきまで胸ぐら掴まれてたくせに、律儀だねぇ」
「……大事な患者ですから」
患者の容体を確認する側へ近づけば、若い医師は静かに答えた。
そんな医師の反応に、シティは黙って頷くと、医師とは反対側から患者に触れる。意識のない痩せた老人。その細腕の表面に、黒い薔薇が浮き上がる。シティはそこへ、そっと見えない糸を繋いだ。
老人は医師に任せ、シティはぐるりと待ち合いを見回した。
(陰性、陰性、陽性、陰性、陽性、陰性……)
いくつも並ぶ長椅子の間を、肩の黒鳥の合図を頼りに進んでいく。
「ひいっ」
「な、なんだ!?」
突如病院に現れたこの国最強の老婆。固唾を飲んで見守る患者たち。その幾人かが、最強ババアに触れられ悲鳴をあげる。
「マダム。よろしければ、お花をいかが?」
恐怖に呑まれそうな待合を、柔らかな香りが包み込んだ。驚きに硬直していた老婦人は、差し出された花を反射的に受け取った。
「あ、ありがとう。あら……? いい香りね」
明るい橙の花からは、お日様の温もりが漂った。老婦人は口元を綻ばせ、目の前の少女に礼を告げた。
「良かった。お気に入りの花なんです」
花と同じ色の髪を揺らし、カサブランカは嬉しそうにはにかんだ。
二つお下げに垂らした髪に両手を添えて、カサブランカが呪文を唱える。途端に待合の壁一面を、鮮やかな花が彩った。
「病室も、あらかた終わったんさ」
そこへルシニウス青年がやってきた。後ろから小走りに、灰色ローブを被ったディジーが着いてくる。
「じ、じじ、重症者病棟へ……お、お願いします」
消え入るような小さな声。しかしまっすぐにこちらを見つめるディジーに、シティは頷きを返した。
「それじゃあ、やってみようかね」
お読みいただきありがとうございました。
「5つ目の呪い」
一話読み切りでサクッといこうとしたはずが…前後半に分かれてしまいました。
(それもこれも、魔塔が呪いを無闇に拡散させるから……!)
それでは来週、土曜の更新予定です。




