11. 老いたウサギと苦いお茶①
見上げれば、どこまでも伸びるまっすぐな幹。空まで続くのではないかと思う木々の間を歩けば、まるで自分が小人になったのか、世界の縮尺が狂ってしまったような気分だ。
涼やかな葉擦れの向こうから、柔らかなせせらぎの音。
緑の茂みをかき分けて、二足歩行の兎が現れた。
「まあ。兎さん!」
薄いベージュのふわふわ毛皮に、こげ茶のつぶらな瞳。伏せられた両耳へ、吸い寄せられるように手を伸ばすカサブランカ。
「ふわふわ――」
「むやみに触るんじゃないよ」
ぴしゃりと不用意な弟子を叱る。
「価値を吸い取られる」
すると小首を傾げ、愛くるしい空気を醸し出していた兎が一変。その場にあぐらをかいて座り込んだ。
「今日のお代じゃないんか?」
「ダメだよ、ケケ爺。この娘はあたしの弟子だ」
ここは、今や数少ない精霊たちが暮らす秘境の地。その中でも珍しい魔術を使う兎人族に、魔術素材を依頼するため訪れたのだ。
「ほら。受け取りな」
シティが放り投げた袋は、どさりと音を立てて兎を潰した。
「ぐぇ――おお! これはなかなか」
袋からこぼれ出た金貨の山に、ケケ爺は目を金に染め、しかしすぐにこちらを見上げた。
「これだけでは、のう……人参茶はないんか?」
金貨の山に埋もれながらも催促する老兎に、シティはうんざりため息をついた。
「これでどうだい?」
懐から取り出したのは、一握りほどの小さな袋。放ってやると、兎はいそいそと紐をほどき、中を確認した。
「うん。うん?……おお! これは踊り木耳の煎じ茶。それも初物か!」
くんくんと中身を嗅いだケケ爺は、耳をぴこりと立ててカサブランカを見た。
「嬢ちゃんの匂いがするのう」
「わ、私の匂い!?」
不審な老兎の言葉に引いたのか、カサブランカが身を寄せるように、シティの方へ半歩詰めた。
「あんた本人ほどじゃないがの。なかなかの価値じゃよ」
「あの、先ほどから仰る“価値”って……?」
兎のべたつく視線に身の危険を感じたのだろう。カサブランカはさらに一歩、シティの後ろへと下がり問いかけた。
「こいつら兎人はね。価値の魔術を使うんだ」
言いながら、今度は別の袋を取り出した。
「ほら、ジジイ。さっさと頼むよ」
「まったく、兎使いが荒い……」
ぶつぶつ文句を言いながらも、ケケ爺は袋を担いでぴょんぴょこ林の中を跳ね始めた。
「ええと……よく分からないのですわ」
「“百聞は一見に如かず“さね」
首を傾げる弟子を促し、シティたちも林を進む。
ガシャガシャと、金貨がこすれる音をたどって歩く。次第に聞こえていたせせらぎの音が大きくなり、そこに楽器のような響きが混じり始めた。
シャーン――
チャーン――
鈴とシンバルの間のような硬質な音が、空気をやさしく震わせる。ふと、林が途切れ、ひんやりとした水の匂い。澄んだ小川に、複数の黒い影が――
「キヨーーン」
「鳥さん?」
一行を出迎えたのは、巨大なくちばしの鳥だった。真っ黒な体と同じくらいの、鮮やかな黄色い嘴。ぱちくりと瞬く弟子の隣で、シティも思わず眉を潜めた。
「なんだい、あたしの気のせいか。数が増えたような」
水しぶきを上げながら、浅い川底を嘴で打ち付ける黒い鳥が、一羽、二羽……三羽。
「なんでじゃろうな。あれ、ぜんぶ儂の弟子、なんじゃ……」
どさりと袋をおろしたケケ爺は、「若い兎は一羽もこんのになあ」とぼやきながらも、岩陰から自分の身の丈ほどの槌を引っ張り出した。
「おや、めずらしいじゃないか。あんたが打つのかい?」
よっこらせと大槌を持ち上げた兎を見て、シティは眉を上げた。
「良い茶葉をもらったんじゃ。それにたまには弟子に見せてやらんとな」
じゃばじゃばと川へ入ると、鳥弟子たちに並んで、ケケ爺が大きく槌を振り上げた―――
お読みいただきありがとうございます。
時系列としては、ルシニウスとのすれ違い(「化石頭!」と喧嘩別れ)の少し後のお話です。
ルシニウスがいない魔女の小屋は、どこかいつもより静かです。なんだか居心地が悪い気がしたシティは、気分転換も兼ねて、旧知のケケ爺のところにやってきましたが――
次回も来週土曜の更新予定です。




