表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/33

9. 弱い毒のような呪い③

 港町で呪いを追い、たどり着いた一人の女性の家。 シティたちは荒れ果てた部屋を片付け、ようやく女性の顔にも笑顔が戻る。

 その瞬間――虫が湧いた。

 呪いは住処を変えようと、無数の虫となって這い出していく。 逃げ出した虫を追いかけ、ルシニウスは部屋を飛び出してしまい――


 牙を剥いた巨大な黒虫が、ルシニウスへ飛びかかった。その瞬間――


 すっと、白い手が差し出された。

 白手袋の掌を前に、呪いはピタリと動きを止め――さらさらと、崩れて消えた。


 ふわり、と風が巻き起こる。

 どこかで嗅いだ、芳醇な濃い香り。


 男は、ルシニウスの腕を引き上げ、立たせている。


(誰……?)


 真っ黒な燕尾服。

 どくん、とシティの頭が脈打った。


(……ああ。『魔塔の術師』)


 自然と浮かび上がる言葉に、 なぜか、強烈な吐き気が込み上げる。


「……あんたは、なんだい?」


 細い路地に舞い降りる。

 静かに問えば、男はゆっくりと頭を下げた。


「いや、失礼」


 柔らかな声音。

 振り返った男は白髪で、だがその顔からは年齢がまるで読めない。


「ただの、通りすがりですよ。……お助けしたくてね」



 向けられた視線は、 まるで――すべてを見透かしているかのようで。

 だが男は、それ以上何も言わず、一礼を残し背を向けた。

 通りの雑踏へと、溶けていく燕尾服。

 その背中を見送りながら、呼び止めるべきか迷ったが――



「怪我はないかい?」


 そんなことより、まずは彼だ。 早足で歩み寄ると、着衣は乱れ、ところどころ煤だらけ。

――守護結界に、細かなひびが入っている。


「……びっくりしたけど、大丈夫なんさ」


 シュワリと清浄術をかけてやれば、ルシニウスはへらりと笑った。

 安堵と同時に、別の感情がこみ上げる。


「まったく……普通の人間なんだ。危ないことはやめとくれよ」


 小さくても、正体不明の呪いだ。何が起こるか分からない。


「次は駄目だよ。ケガしたら大変さね」


――何気なくかけた言葉だった。

 ルシニウスの表情が、消えた。


「俺は……!」


 勢いよく言いかけて、彼は言葉を飲み込んだ。


「いきなり飛び出したのは謝るんさ。でも――次も、一緒に行かせてほしい」


 青年は、続く言葉を探すように、何度か唇を噛み締めた。


「足手まといにならないよう頑張る。自分にできることを探したいんさ」

「ルン。あんたは術師じゃない」


 シティはきっぱりと言い切った。


「危険な場所への同行は認めない。……戦闘写真が撮りたいなら、また機会を設けるから」


 気持ちだけで、十分だ。

 危険な場所に、踏み込んでほしくない。

 けれど――


「俺は、シティに守られたいんじゃない」


 ルシニウスは黙らない。


「支えたいんさ!」


 路地裏に舞い込んだ風が、彼の言葉を攫っていく。


「次は、ちゃんと気をつける。自分の身は自分で守るから――」

「ルン」


 黒い瞳を揺らしながら、必死で訴える青年に。

 静かに、だがはっきりと、シティは言葉を遮った。


「ここからは術師の領分だよ」


 ぐっと、ルシニウスの頬が強張った。

 その表情に、ちくりと胸に痛みが走る。


(彼はただの一般人。危ない目に遭わせるわけにはいかないわ)

――だから線を引いたのに。


「そうやって!」


(ああ、どうしてあなたは――)


 いつもの距離でいてくれない。

 張り裂けるような声が響く。


「全部ひとりで背負い込んで! ボロボロじゃないか!」


 視界が、わずかに揺れた。

 それ以上は――聞きたくない。


「それが役目だ。それに、あたしは――」

「大丈夫じゃない!」


 被せるように、叫ばれた。


「今も、隠してるだろうけど……辛いのは分かるんさ!」


 一歩、青年がこちらへと歩み寄る。

 いつもなら、詰めない距離が、今日に限って破られる。


「……仕方ないでしょ」

 視線が落ちる。足元で、枯れ葉がくるくる回っている。

 胸のうちに、存在してはいけない何かが、溢れてしまいそうだ。


「――あたしが、やるしかないんだよ」


「違うよ、シティ」


 なのに、彼は止まらない。


「もっと周りに相談してほしい。今は分からないけど……話せば、できることが見つかるかもしれない」


 もう一歩。彼は足を踏み出した。


「頼って――」

「誰に頼れるって?」


 固い石畳に、声が反響した。最強ババアの、冷たい声。

 それが、自分から発せられたことに、遅れて理解が追いついた。


 狭い路地裏に、沈黙が落ちた。


(――頼ったせいで、失ったんだ)


 すっと体の熱が引く。

 波だった心が凪いでいくのを感じながら、黒い瞳と向き合った。


「あんたには、十分支えられてる」


 唇を湿らせて、紡ぐ言葉を整えた。


「それ以上は必要ない。“最強ババア”の仕事は、誰にも代われないんだよ」


 口を噤み、青年は俯いた。緩慢な動きで背を向けると、とぼとぼ数歩先を行き――突然こちらを振り返った。


「――シティのバカっ! この、化石頭っ!」


 拳を握りしめ、叫ぶ。

 くるりと踵を返すと、遠ざかっていくルシニウス。


(化石……なんですって……?)


 まるで幼子の癇癪のような、響きだけが路地裏に取り残される。

 シティは、ただ呆然と立ち尽くしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ