9. 弱い毒のような呪い②
七代目・最強ババアの使い魔――ナナは、整頓と掃除に秀でた使い魔だ。
どの使い魔よりもパリッとした生地の黒人形は、まるでアイロン当てたての、洗濯のりがよく効いたシャツ生地のよう。
箪笥やベッドが宙に浮き、ハタキが天井付近を羽ばたく。
椅子や雑多な道具の間を抜け、床を水拭きしていく黒人形。
「洗えるものは、一旦外に出したんさ」
「おばさま方に、干し場をお借りしましたの」
口を覆い、三角巾をつけたルシニウスとカサブランカが部屋へ戻ってきた。
二人も掃除の手伝いだ。
「こちらは全部、捨ててしまって構いませんか?」
「ん?――あ、待つんさ」
ごみ袋へ放り込まれていくガラクタの中から、ルシニウスが何かを拾い上げる。
遠巻きに子供をあやしていた女性も、気づいたのだろうか。
そろそろと、こちらへ歩み寄ってきた。
着なくなった衣類。
縁の欠けたマグカップ。
そんな雑多なものの中から青年が取り出したそれに、皆の視線が集まる。
小さな巾着。
開けば、中には石や木の実。端切れや紙片。
「あ……」
こぼれた自分の声に驚いたように、女性は赤子をカサブランカへ預けた。
そして空いた両手で、そっと巾着を受け取る。
「――ピクニックに、出かけたんです」
珍しく皆が笑っていた。
厳しい舅。不仲の姑。多忙の夫も、その日はなんとか都合がついて。
「まだ小さかった上の子たちと、皆で宝探しをして……」
懐かしむように語る女性へ、
「せっかくだから、飾りません?」
どこから拾ってきたのか。カサブランカが、小瓶を掲げて駆けてきた。
カコン、コン……
硝子の破片。まだら模様の石。
名前のない宝石たちが、透明な瓶の中へ落ちていく。
「……ありがとう」
カーテンを取り払った窓から、夏の強い日差しが差し込む。
小瓶を眺める女性の横顔には、わずかに血色が戻っていた。
ルシニウスに肩車された子供が、キャッキャと騒ぐ声が響く。
***
「シティ、タバコ吸うんだっけ?」
足の踏み場もなかった部屋が、ずいぶん広く感じられる。ピカピカになった棚へ、使い魔が本を戻していくのを眺めていると、青年が詰め寄ってきた。
眉をひそめる顔は、サボった食事がバレたときと同じだ。お小言モードの気配がする。
「あら、先輩。それは厄よけですのよ」
そんなことも知りませんの?
得意げなカサブランカに、ルシニウスははっと目を見張った。
「そうなのか……」
少し視線を逸らした彼の頬が、わずかにむくれる。珍しい表情に、その意味を考えていると――
カキン――
硬い何かが、折れる音。
全員が、はっと振り返る。
「なんですの?」
一番近くにいたカサブランカが慌てて飛び退いた。台所の一角――ガスコンロのすぐ下から、黒い波が滲み出している。
「――ようやく、出てきたね」
シティは広がる黒へ手を伸ばした。指先へ青い光を収束させ――
閃いた光が黒波を焼いた瞬間、断片が辺りへ飛び散る。
カサカサカサカサ――
「きゃあっ」
「下がって!」
悲鳴を上げた女性へ赤子を返し、ルシニウスが庇うように前へ出た。
飛び散った断片が、四方へ動き始めたのだ。
「虫、ですの?」
「呪いだよ。居心地が悪くなって、逃げ出したんだ――」
言いながら、シティは逃げ回る呪いを青い光で焼いていく。無数の足を蠢かせ、平たい黒虫が這い回る。
「どおりで酸が特定できないわけだよ」
移動式の呪い。
弱った心を食い物にして、転々と住処を変えるタイプだ。
「シティさん! 私にお任せくださいな!」
カサブランカが一歩踏み出す。ふわりと広がる優しい香り。たちまち彼女の髪色と同じ、橙の花が咲き誇った。
ヒラヒラと舞い散る花弁が、呪いの欠片を覆っていく。
だが――
「いけない、逃げますわ!」
何匹かが、隙間を縫って外へ走った。
「ちょ、待てって――!」
追いついたルシニウスが、反射的に踏みつける。
くしゃり。
「……あれ、意外と俺でも……」
青年の足元が、淡く光った。
(私が張った、守護結界!)
魔術行使に追われながらも視線を向ければ、青年は次々と黒虫を踏み潰していく。
「逃さないんさ!」
這い出た虫を追い、ルシニウスが外へ駆け出した。
「待ちな、ルン――」
追おうとして、シティは一瞬迷う。
部屋を振り返れば、赤子を抱えた女性の後ろで、カサブランカが力強く頷いた。
「ここは任せたよ!」
今度こそ、シティも外へ飛び出す。
階段の手すりを飛び越え、街の空へ躍り出た。
密集した建物群。黒鳥の酸が、くるくると空を舞う。その下――路地の突き当たりで、青年が逃げた呪いを追い詰めていた。
「――良かった」
一秒たりとも目を離さず、高度を下げる。
その瞬間。
呪いが、ぴたりと動きを止めた。
「まずい!」
周囲から滲み出た無数の黒虫。それらが一箇所へ集まり、巨大な塊となって――ルシニウスへ飛びかかる。
「ルン!」
シティの叫びが、空へ響いた。
しかし、それよりも早く。黒い影が、二人の間へ割って入る。
――燕尾服の男が、倒れたルシニウスの前に立っていた。
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危機一髪、ルシニウスを助けた男は一体――?
次回、「弱い毒のような呪い③」
来週土曜日更新予定です。




