ex.3 とある男の推し活日記①―千年焦がれたあなたへ
今後、重要となってくる、隣国のとある術師の物語です。
以前活動報告に載せていた閑話を、本編側にお引越しさせていただきました。
時系列としては、第4話『老舗の紅茶は深紅に香る』の後にあたります。
「ついに、今日こそ……」
この日を、どれだけ待ちわびたことか。
事前に占術を17種類。うち、14種が同じ結果を導き出した。このカフェだ。あの人は、必ず今日、ここにくる。
メニューは予め調査済み。
店員が窓際の席を案内しようとするものだから、
「ごほん……あちらの席を」
「申し訳ございません、あちらはご予約の」
……やむを得ない。
ピン
弦を弾いたような音に、空気が震えた。
「あ――あちら、空席でしたね。ご案内します」
一瞬きょとんとした店員は、戸惑いを見せながらも、奥の席へと案内した。
(あまり……術を多用しては、勘付かれるから避けたいのだが)
術はごく控えめに。認識阻害を発動する。
オリジナルベースティーを注文。創業以来変わらぬ一品。あの人に会うこと以外に、唯一この国で楽しみにしてきた物である。
ゆっくりと、優雅にカップを傾ける。
彼女が座るであろう席から、完璧な紳士に見えるように。椅子やソーサーの位置を微調整。
ふっと、店内をごく微かな風が駆け抜けた。
テーブルクロスの裾がひらりと膨らみ、机に置かれたナプキンがパタパタはためく。
「準備は、完璧だ」
完璧である。
緩んだ口元を隠すべく、残り少ない茶を飲み干すと――
「君、同じものをもう一杯」
通りかかった店員に、同じ紅茶を注文した。
「……」
心臓が高鳴ってくる。
そわそわ体を揺すりそうになり、あわてて足を組み替えた。
(――用を足しておくか)
緊張で、催してきた。
なんでもない表情を取り繕い、手洗い場へ席を立った。
席に戻ると、来たときと寸分たがわぬ姿勢で座る。運ばれてきた紅茶も、全く同じ角度に配置。
カラン
店の扉が開く音。
漂う気配、焦がれた香り。見なくても分かる。あの人だ。――あの人だ!
心臓が早鐘を打つ。幾度となく脳内シミュレーションを繰り返したはずなのに。こうも震えるものなのか。なんとか堪え、最高の角度でカップを持ち上げる。
「全く、あたしは忙しいんだ」
最近彼女の周辺をうろつく小娘とともに、尊い彼女がつぶやく声。ああ、悪態をつく声すら麗しい。
――素晴らしいティータイムのはじまりだ。
***
「これで、彼女に最高の印象を残せたな」
しかし、世の中不備はつきものだ。まして敵対関係にある国の者同士。
――まだ、その時ではない。
「だから、非常に惜しくはあるが――」
カチャリとカップを置いた。
左手小指に仕込んだ針で、そっと右手の人差し指を傷つける。
滲み出た血液で、紅茶の残り香に文字を描いた。ふわりと、芳醇な香りが広がった。
「しばし、お別れです」
今日の出会いを記憶の向こうに。
消すのではなく、忘れさせる。
また、思い出してもらえるように。
「次にお会いするときは――」
願わくば、そのときあなたの隣は、私の居場所でおりますように。
「私の手ずから淹れてさしあげましょう」
あなたのために千年間、練習してきたお茶の準備を。至高の、一杯を。




