7. 一つ目の呪い③
村の中央にある広場。
夕暮れ時のこの時間、一日の終わりが早いこの村は、人の姿もまばらだった。そんな中、広場の小さな花壇の前に、ひとりの男が立っている。
花壇には、白いバラが咲いていた。
「毎日、世話をしてるのかい?」
水をやろうとしていた男は、突然の声に肩を揺らし、こちらを振り向いた。
「最強、ババア」
呟いた木こりのカイトは、どこか気まずそうに目が泳いだ。
「あんた、それがなんだか分かっているのかい?」
「何って……ただの、花だろう!?」
なぜか声を荒げた木こりに、カサブランカは首をかしげた。
可愛らしい白いバラ。
幾重にも艶のある花びらが重なり、緑のつるの上にいくつも咲いている。まるでデビュタントを迎えた少女たちのように愛らしい。
「いい香りですわ……」
甘い香りにカサブランカが思わずうっとりすると――
『でしょう? カサブランカ、好きなものを選んでいいのよ』
懐かしい声に胸が跳ねる。
ばっと振り返ると、赤みがかった金の髪。陽だまりのような笑顔を浮かべ、異国の衣装をまとった女性が――
「ね、姉さま……!?」
異国に嫁いだはずの長姉が、やさしく頭をなでてくれる。差し出されたのは、色鮮やかな装飾の施された香水瓶だった。
「姉さま、いつ戻られたの?」
『あなたが心配で。顔を見に来たのよ』
小花があしらわれた瓶を手に握らされ、顔を寄せた姉と視線が合った。
『こわーい最強ババアのところに、弟子入りですって? 姉さま、大事な妹のことが心配で、夜も眠れなかったのよ?』
茶目っ気のある瞳。けれど、その奥にははっきりと心配の色がある。
「私なら、大丈夫ですわ」
だって長兄と三男の兄さま方は兵役へ。次男のミカイル兄さまだって、近衛騎士を目指して日々励んでいる。才女の二番目の姉さまは文官に。ちょっとイジワルな三番目の姉さまだって、まもなく政略結婚で家を出る。
「兄さま方も、姉さまたちも、皆、家門とお国のために頑張っているじゃないですか。私だって――」
『だからこそ、あなたにだけは』
手を引き寄せられる。
ひんやりとした姉の両手に、そっと包み込まれる。
『大切な末の妹には幸せでいてほしいの』
その言葉に、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
――無理しなくていい。魔術の才を活かしたいなら、父の伝のある魔塔でいいじゃない。あなたが傷つくのがこわい。失敗してほしくないの――
慈愛のこもった姉の言葉に、喉元まで出かけた言葉がつっかえる。
(ちがうわ、姉さま。私は――)
大好きな両親。兄さま、姉さまたち。私を愛して守ってくれる大切な家族。
だから、私だって。唯一誇れるこの魔術の才で、国ごと皆を守りたい。
(私にできるかしら――?)
一抹の不安。弟子入りしてから自分はどれほど成長したというのだろうか。姉たちの言う通り、魔塔で研鑽していれば――
バサバサっ。
「きゃあっ――!」
先の見えない焦燥感が、羽ばたきの音にかき消された。目の前が真っ黒だ。
「鳥さん? 待って! 待ってくださいな――」
目の前で黒鳥が激しく羽ばたく。おかげで髪は滅茶苦茶である。
「目が覚めたかい? まったく。お前が呑まれてどうするんだい」
やれやれと肩をすくめる最強ババア。どうやら呪いにあてられていたらしい。
「あ、えっと……カイトさんは?」
慌てて木こりに視線を戻せば、丁寧に花がらを摘み、次の花のための場所を整えていた。手つきはどこまでもやさしいのに、浮かべた笑みはどこかうっすら仄暗い。淀んだ瞳に、ゾクリとしたものが走った。
そこへ黒鳥が、地面をぴょんぴょん跳ねて近づいた。
「なんだお前――!?」
木こりが飛び退くのと同時に、黒鳥はずるりと黒人形へと姿を変えた。どろどろと波打つ腕が、白いバラを一撫でする。
パラパラパラ……
花の表面から、白い粉が剥がれ落ちた。中から現れたのは――
「黒いバラ……」
それは、どす黒いバラだった。
「な――!?」
「まさか、あのお爺さんの呪いですの?」
最強ババアは目を細め、首を横に振る。
「違うよ。確かにあの爺さんも関わっているがね。根はそんな浅いもんじゃない」
「あんた、俺たちのバラに何をした?」
「なにも」
詰め寄ろうとした木こりの足が、ぴたりと止まる。空気が、ひやりと張りつめる。
「その花がなんなのか。薄々、あんたも分かってるんじゃないかい」
凍てつくような青い瞳に睨まれて、木こりは渋々、口を開いた。
◆◆◆
空き家が増え、子供の声がずいぶん減った。
木こりは今日も、適齢期を過ぎたポロを切り倒す。
「悪いね、安値でしてもらって……」
「良いんですよ。木も、使ってもらわなきゃ浮かばれませんし」
売れなくなった材木を、なんとか地産地消する日々。収入は減り、今では副業だったはずの野菜作りが主収入だ。
若い世帯がどんどん流出し、村の活気は失われていく。
そんなある日、見慣れぬフード姿の人物が、村の広場にバラを植えた。
「あなたたちは悪くない。全て、時代が悪いのです。さあ、昔を取り戻せるように、祈りをこめて水をやってください」
魔術士だと名乗るその人物が去った後には、美しい白バラが咲いていた。何人かの村人たちは、信じるともなしに、されども願掛け程度の軽い気持ちで水をやりはじめた。
◆◆◆
「別にいいだろ? 仕事は日々減っていく。村の老人どもを手助けしても感謝されないどころか、恨まれる始末。それでも俺はこの村が好きだったから離れられない。魔術にでも頼りたくなるさ!」
最後は叫ぶように言い放った木こり。その気迫に気圧されて、カサブランカは一歩下がった。
「師匠。ありませんよね? 願いを叶える魔術だなんて。それにこの花――」
シティに囁き、ちらりとバラに視線を向ける。
暗く、光を拒むような、禍々しい黒い薔薇。
「まあね……。あんた、この花を世話して、こう感じなかったかい?」
――自分たちは悪くない。
――今やってることに、間違いはない。
――続けてさえいれば、いつかまた、あの繁栄を取り戻せる。
「な……!」
「そうさね。ある意味、叶えてくれているのさ。変わる努力をしない自分を、肯定して慰めることで――」
盲目に水やりをする人々。バラは上手に汲み上げた。人々の持つ負のエネルギーを。
村のあちこちにそびえ立つポロの木は。己の存在意義を達成出来ず、ただ最適な時期を逃している。昔は賑わっていた大通りも人けが少なく、あちこちに空き家が目立つ。
失業、孤独、貧しさ……この村に抱いていた希望が、裏切られていく。そんな、誰のともいえない負の感情が、ここに集められていた。
「ずいぶんと、手の込んだ呪いだね……」
苦い顔で話すシティ。その横顔に、カサブランカの胸はざわついた。
「こんな呪いが、あと十二もあるなんて――」
不満が集まるところで、巧みに負の感情を集めるバラ。人の心の弱いところにつけ込む呪い。犯人は一体――
「だから、あんたも被害者さ。今からでも遅くない。その怒り、前に進むために使いな」
最強ババアらしく力強い。続くシティの言葉が、カサブランカの不安を追いやった。
青い炎が燃え上がる。酸が方陣を描き終えたのだ。黒バラはたちまち焼き尽くされ、灰が風に運ばれていった。
「見せかけでない。本物の花に、水を与えな」
シティが取り出したのは、一粒の種。何もない花壇の土に、穴を掘って土をかけた。
「芽が出るかどうかは、あんたら次第だよ」
一瞬、カイトに浮かんだ表情は失望か、それとも――
口元が動くも、言葉が上手く出なかったのか。そのまま木こりは背を向けると、とぼとぼと去っていった。
「呪いが解けても、村の問題は解決しませんのね」
疲れを背負った木こりの後ろ姿に、カサブランカは呟いた。
「花が咲くまで、面倒はみてられない。それは、ここの人間の仕事さ」
仕事は終わったとばかりに、シティは背を向ける。その後を追いかけて――カサブランカは、ふと足を止めた。
「シティさんは、正しいのでしょうけれど……」
ちらりと後ろを振り返る。花壇には、柔らかく耕された土があるだけ。
「でも、ちょっとだけ――」
そっと、魔力を投げかける。緋色の光が、花壇を包んだ。ひらひらと、淡い花びらが舞う。
(お花の魔術は、得意ですの)
やがて光は消え、土は元の静けさに戻る。
最後の花びらが消えるのを見守り、カサブランカは小さく微笑んだ。
「……これくらいのおせっかいは、許されますわよね」
お読みいただきありがとうございました。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
ようやく、1つ目の呪いが解かれましたね…!
次回は土曜日更新。
久々にルシニウスが登場します。
何やら言いたいことがある様子で……?
* * *
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