表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/26

7. 一つ目の呪い③


 村の中央にある広場。

 夕暮れ時のこの時間、一日の終わりが早いこの村は、人の姿もまばらだった。そんな中、広場の小さな花壇の前に、ひとりの男が立っている。

 花壇には、白いバラが咲いていた。


「毎日、世話をしてるのかい?」


 水をやろうとしていた男は、突然の声に肩を揺らし、こちらを振り向いた。


「最強、ババア」

 呟いた木こりのカイトは、どこか気まずそうに目が泳いだ。


「あんた、それがなんだか分かっているのかい?」

「何って……ただの、花だろう!?」

 なぜか声を荒げた木こりに、カサブランカは首をかしげた。


 可愛らしい白いバラ。

 幾重にも艶のある花びらが重なり、緑のつるの上にいくつも咲いている。まるでデビュタントを迎えた少女たちのように愛らしい。


「いい香りですわ……」

 甘い香りにカサブランカが思わずうっとりすると――



『でしょう? カサブランカ、好きなものを選んでいいのよ』 


 懐かしい声に胸が跳ねる。

 ばっと振り返ると、赤みがかった金の髪。陽だまりのような笑顔を浮かべ、異国の衣装をまとった女性が――


「ね、姉さま……!?」

 異国に嫁いだはずの長姉が、やさしく頭をなでてくれる。差し出されたのは、色鮮やかな装飾の施された香水瓶だった。


「姉さま、いつ戻られたの?」

『あなたが心配で。顔を見に来たのよ』

 小花があしらわれた瓶を手に握らされ、顔を寄せた姉と視線が合った。


『こわーい最強ババアのところに、弟子入りですって? 姉さま、大事な妹のことが心配で、夜も眠れなかったのよ?』

 茶目っ気のある瞳。けれど、その奥にははっきりと心配の色がある。


「私なら、大丈夫ですわ」

 だって長兄と三男の兄さま方は兵役へ。次男のミカイル兄さまだって、近衛騎士を目指して日々励んでいる。才女の二番目の姉さまは文官に。ちょっとイジワルな三番目の姉さまだって、まもなく政略結婚で家を出る。


「兄さま方も、姉さまたちも、皆、家門とお国のために頑張っているじゃないですか。私だって――」

『だからこそ、あなたにだけは』


 手を引き寄せられる。

 ひんやりとした姉の両手に、そっと包み込まれる。


『大切な末の妹には幸せでいてほしいの』

 その言葉に、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。


 ――無理しなくていい。魔術の才を活かしたいなら、父の伝のある魔塔でいいじゃない。あなたが傷つくのがこわい。失敗してほしくないの――


 慈愛のこもった姉の言葉に、喉元まで出かけた言葉がつっかえる。


(ちがうわ、姉さま。私は――)

 大好きな両親。兄さま、姉さまたち。私を愛して守ってくれる大切な家族。

 だから、私だって。唯一誇れるこの魔術の才で、国ごと皆を守りたい。


(私にできるかしら――?)

 一抹の不安。弟子入りしてから自分はどれほど成長したというのだろうか。姉たちの言う通り、魔塔で研鑽していれば――




 バサバサっ。


「きゃあっ――!」


 先の見えない焦燥感が、羽ばたきの音にかき消された。目の前が真っ黒だ。


「鳥さん? 待って! 待ってくださいな――」

 目の前で黒鳥が激しく羽ばたく。おかげで髪は滅茶苦茶である。


「目が覚めたかい? まったく。お前が呑まれてどうするんだい」

 やれやれと肩をすくめる最強ババア。どうやら呪いにあてられていたらしい。


「あ、えっと……カイトさんは?」

 慌てて木こりに視線を戻せば、丁寧に花がらを摘み、次の花のための場所を整えていた。手つきはどこまでもやさしいのに、浮かべた笑みはどこかうっすら仄暗い。淀んだ瞳に、ゾクリとしたものが走った。

 そこへ黒鳥が、地面をぴょんぴょん跳ねて近づいた。


「なんだお前――!?」

 木こりが飛び退くのと同時に、黒鳥はずるりと黒人形へと姿を変えた。どろどろと波打つ腕が、白いバラを一撫でする。


 パラパラパラ……


 花の表面から、白い粉が剥がれ落ちた。中から現れたのは――


「黒いバラ……」

 それは、どす黒いバラだった。


「な――!?」

「まさか、あのお爺さんの呪いですの?」

 最強ババアは目を細め、首を横に振る。


「違うよ。確かにあの爺さんも関わっているがね。根はそんな浅いもんじゃない」

「あんた、俺たちのバラに何をした?」

「なにも」

 詰め寄ろうとした木こりの足が、ぴたりと止まる。空気が、ひやりと張りつめる。


「その花がなんなのか。薄々、あんたも分かってるんじゃないかい」

 凍てつくような青い瞳に睨まれて、木こりは渋々、口を開いた。



◆◆◆


 空き家が増え、子供の声がずいぶん減った。

 木こりは今日も、適齢期を過ぎたポロを切り倒す。


「悪いね、安値でしてもらって……」

「良いんですよ。木も、使ってもらわなきゃ浮かばれませんし」


 売れなくなった材木を、なんとか地産地消する日々。収入は減り、今では副業だったはずの野菜作りが主収入だ。

 若い世帯がどんどん流出し、村の活気は失われていく。

 そんなある日、見慣れぬフード姿の人物が、村の広場にバラを植えた。


「あなたたちは悪くない。全て、時代が悪いのです。さあ、昔を取り戻せるように、祈りをこめて水をやってください」


 魔術士だと名乗るその人物が去った後には、美しい白バラが咲いていた。何人かの村人たちは、信じるともなしに、されども願掛け程度の軽い気持ちで水をやりはじめた。


◆◆◆



「別にいいだろ? 仕事は日々減っていく。村の老人どもを手助けしても感謝されないどころか、恨まれる始末。それでも俺はこの村が好きだったから離れられない。魔術にでも頼りたくなるさ!」


 最後は叫ぶように言い放った木こり。その気迫に気圧されて、カサブランカは一歩下がった。


「師匠。ありませんよね? 願いを叶える魔術だなんて。それにこの花――」

 シティに囁き、ちらりとバラに視線を向ける。

 暗く、光を拒むような、禍々しい黒い薔薇。


「まあね……。あんた、この花を世話して、こう感じなかったかい?」


 ――自分たちは悪くない。

 ――今やってることに、間違いはない。

 ――続けてさえいれば、いつかまた、あの繁栄を取り戻せる。


「な……!」

「そうさね。ある意味、叶えてくれているのさ。変わる努力をしない自分を、肯定して慰めることで――」


 盲目に水やりをする人々。バラは上手に汲み上げた。人々の持つ負のエネルギーを。

 村のあちこちにそびえ立つポロの木は。己の存在意義を達成出来ず、ただ最適な時期を逃している。昔は賑わっていた大通りも人けが少なく、あちこちに空き家が目立つ。

 失業、孤独、貧しさ……この村に抱いていた希望が、裏切られていく。そんな、誰のともいえない負の感情が、ここに集められていた。


「ずいぶんと、手の込んだ呪いだね……」

 苦い顔で話すシティ。その横顔に、カサブランカの胸はざわついた。


「こんな呪いが、あと十二もあるなんて――」

 不満が集まるところで、巧みに負の感情を集めるバラ。人の心の弱いところにつけ込む呪い。犯人は一体――


「だから、あんたも被害者さ。今からでも遅くない。その怒り、前に進むために使いな」


 最強ババアらしく力強い。続くシティの言葉が、カサブランカの不安を追いやった。

 青い炎が燃え上がる。(さん)が方陣を描き終えたのだ。黒バラはたちまち焼き尽くされ、灰が風に運ばれていった。


「見せかけでない。本物の花に、水を与えな」

 シティが取り出したのは、一粒の種。何もない花壇の土に、穴を掘って土をかけた。


「芽が出るかどうかは、あんたら次第だよ」

 一瞬、カイトに浮かんだ表情は失望か、それとも――


 口元が動くも、言葉が上手く出なかったのか。そのまま木こりは背を向けると、とぼとぼと去っていった。


「呪いが解けても、村の問題は解決しませんのね」

 疲れを背負った木こりの後ろ姿に、カサブランカは呟いた。


「花が咲くまで、面倒はみてられない。それは、ここの人間の仕事さ」


 仕事は終わったとばかりに、シティは背を向ける。その後を追いかけて――カサブランカは、ふと足を止めた。


「シティさんは、正しいのでしょうけれど……」

 ちらりと後ろを振り返る。花壇には、柔らかく耕された土があるだけ。


「でも、ちょっとだけ――」

 そっと、魔力を投げかける。緋色の光が、花壇を包んだ。ひらひらと、淡い花びらが舞う。


(お花の魔術は、得意ですの)


 やがて光は消え、土は元の静けさに戻る。

 最後の花びらが消えるのを見守り、カサブランカは小さく微笑んだ。


「……これくらいのおせっかいは、許されますわよね」




お読みいただきありがとうございました。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

ようやく、1つ目の呪いが解かれましたね…!


次回は土曜日更新。

久々にルシニウスが登場します。

何やら言いたいことがある様子で……?


* * *


呪いといえば3代目。

黒人形の(さん)は、呪われた3代目・最強ババアの使い魔なんです。


そんな3代目の"呪い"と"救い"を描いた物語がこちら↓↓

 スピンオフ連載『最強ババアのオフタイム』

  #3 約束の魔術【2代目レミ&呪い子】


 本編とあわせて読むと、少し見え方が変わるかもしれません。よろしければ、ぜひ覗いてみてください(^^)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ