7. 一つ目の呪い②
昨日「1つ目の呪い①」を公開しました。
未読の方はそちらからどうぞ。
「やめるんじゃあっ! 殺す気かぁっ」
黒のドレスをはためかせ、老婆が空を駆ける。その後ろ、翼を広げた黒鳥の鉤爪にぶらさがる影。そこからしわがれた悲鳴が空に響いた。
「まったく、うるさいねぇ」
ゆるく広がった白髪の隙間から、ちらりと振り返る最強ババア。ピッと指を突き立てる。次の瞬間、悲鳴はぷつりと途切れた。
「シティ――お師匠さん。お爺さんが白目を剥いてますわ」
自宅から突如大空へ、拉致された老人は、暴れた後に泡を吹いて目を回している。
『面倒だけどね。仕方ない。丁寧にやるよ』
村全体を覆う呪いの気配に、そう話していたはずの師匠。
(丁寧……ですの?)
言葉の定義に首をかしげざるを得ないカサブランカだったが、意識はすぐに、行く手の山へ。
「しーちゃーん! 準備万端、ダぜぃ♪」
暗い山の中から手を振る、真っ黒な人型の異形。正体を知っていても、一瞬身構えてしまう。
「あら。あれはハチさんと――」
陽気なおしゃべり黒人形のハチと、その背後に佇むもう一体。
使い魔たちの待つ一点へ、一行は舞い降りた。バサバサと周囲の枝葉が大きく揺れた。
「さあ、伍。頼んだよ」
小さく頷く伍とよばれた黒人形。滑るような動きで、静かに木々の間を進んでいく。
「ささ、爺ちゃんも。行くぜぃ♪」
「もごっ――ふごご――」
ひょいとハチに担ぎ上げられたグデ爺が暴れている。
(無理もないですわ……)
ようやく地に足がついたと思えば、この仕打ちだ。口を封じられ、くぐもった声を上げる翁から、カサブランカはそっと目を逸らした。
鬱蒼とした森を進む。灰色の幹が、競うように空へ伸びていた。どれも太く、荒々しく、村の木々とは比べものにならない。
「あの、何をされてるんですの?」
わずかに光が落ちる空間。剥き出しの地面の上で、伍は倒木に触れていた。黒い人形の手が、樹皮の上をなぞっていく。
「シッ。静かにしとくれ。今"聞いてる"んだ」
静寂が流れた。
やがて、
「あったよ。ほら、あんた」
最強ババアがしゃがみ込み、茂みをかき分ける。泥にまみれた手が掘り出したのは、小さな苗木だった。
スペード型の大きめの葉は、先がわずかに割れている。――ポロの若木だ。
「げほごほっ――はあっ」
ようやく口を解放されたグデ爺がむせかえる。恨めしそうに顔を上げるが、
「ほら」
「なんだ……?」
まったく意に介した様子のないシティに、諦めたのだろう。老人は差し出された苗木を渋々見つめた。
「あんたの娘のポロの、再従姉妹だそうだ」
最強ババアは淡々と告げる。
「運良くここまで育ったが、このままじゃ枯れる」
目配せされて周りを見れば、真っすぐ伸びる若木ばかり。わずかに差し込む光も、じきに奪われるだろう。
「それと――あんたのポロはこう言ってたよ。『新しい家族と過ごせて毎日楽しい』と」
「シティさん。それって、一体――?」
話にまったくついて行けない。カサブランカが尋ねると、シティは面倒そうにしながらも顎で示した。その先には、掘り返した土を埋め直す黒人形の伍。
「オイラたちさっき、家を見てきたんだヨ♪」
誇らしげにお尻をフリフリするハチの隣で、コクリと伍が頷いた。ゆっくりと立ち上がった伍が、ちょいちょいと手招きする。
「手、ですの?」
差し出された黒い手に、カサブランカはそっと自分の片手を重ねた。
「な、なんじゃ!?」
同時に、グデ爺の肩を掴んだ伍から、ぶわりと香りが広がった。
(なんだか懐かしい……木の香りかしら?)
包み込むような香りのなかで、やさしいイメージが脳裏をよぎる。
――キラキラと光る雫。ジョウロ片手に駆ける、小さな女の子。
――木枯らしが吹き始める頃。父と娘が一緒になって、大きな布を巻きつけてくれた。
――「バイバイ」と手を振り去っていく、成長した娘の背中。
――赤子の泣き声。自分の中に響く、あたたかな家族団らん。
(これは――ポロの木の記憶?)
サラサラと葉擦れの音。そよ風と共に、香りは薄れ、映像と共に消え去った。
ぱきり。
小枝が折れる音にはっと頭をあげた。呆けたように地に蹲るグデ爺に、師が苗木を押しつけた。
「そいつは、あんたに任せたよ」
短く告げると、最強ババアはくるりと踵を返す。さっさと歩き出す背を、カサブランカは慌てて追った。
「お爺さん、置いてきてしまって大丈夫でしょうか?」
「あれだけ騒いでたんだ。自分で歩けるよ」
相変わらずの物言い。面倒そうにため息をつく師ではあるが――
ふと振り返る。森の奥、苗木を抱いて蹲る老人。その傍らに、二体の黒人形が、静かに立っている。
「……ふふ」
「なんだい?」
思わずこぼれた笑いに、シティが胡散臭そうに目を細めた。
「なんでも、ないですわ」
"丁寧に"。師はそう言った。
一見雑にしか見えないけれど、きっとこの人なりにやさしいのだ。
そう思えたからこそ、カサブランカは目を輝かせて師を見上げた。
「さすがですわ。ご老人の心を解いて、呪いを解呪されたのですね」
しかし、返ってきた言葉はあっさりとした否定だった。
「いんや。あれは縺れた糸をほぐしただけさ」
凝りをほぐすように、老婆は腕を大きく伸ばす。どうっと風が、背後の山から村へ吹き降りた。
「本丸は、村のど真ん中さね」
その言葉で、カサブランカは悟る。
呪いはまだ終わっていない。解呪は、これからなのだ。
お読みいただきありがとうございました。
次回は来週、土曜日更新予定です。
【使い魔メモ】
●酸
3代目最強ババアの黒人形。
表面がドロドロと、泡立つような黒人形。
呪いの扱いが得意(というか、本体がそもそも呪われている)。
●伍
5代目最強ババアの黒人形。
植物の声が聞こえる。
庭の手入れが好きで、魔女の小屋の庭木や畑を世話している。
●ハチ
8代目最強ババアの黒人形。
お調子者だが、シティも一番使い慣れた使い魔で、
ここぞという時、役に立つ。
他の黒人形たちのまとめ役。




