7. 一つ目の呪い①
◆これまでのあらすじ◆
王城に届けられた、13輪の黒い薔薇。
それは国王にかけられた――“死の呪い”の証だった。
国中のどこかに隠された、13の呪い。
蛇との戦闘、弟子カサブランカの指導、そして日々の研鑽。
多忙を極める最強ババア・シティのもとに、ついに報せが届く。
『見ツけた』
水面下で動かしていた黒人形からの報告。
――ついに、最初の呪いが見つかった。
「ようやく、到着ですわ〜」
翼を整える黒鳥の隣に、絨毯が舞い降りた。同時にカサブランカも、ふわりと地面に降り立った。
呪いの気配を辿ってやってきたのは、三角屋根の家屋がポツポツと集まった、小さな村だ。
(まあ……)
視界に広がる家々は、どれも石ではなく、すべて木で組まれている。
日差しを受けて、外壁は飴色に艶めき、やわらかな光を返していた。
王都で見慣れた石造りの家とは、まるで違う。
(これが……山の村の家)
魔女の小屋もログハウスではあるけれど、規模も密度も別物だ。村全体が、甘い木の香りに包まれているように感じられた。
「あら、可愛らしい花ですこと」
どの家の周りにも、同じ木が植えられていた。
手近な枝に、手を伸ばす。柔らかな緑。ラッパ型の薄い紫色の花。灰色の幹が、空へ真っ直ぐ伸びている。
黒黒とした山に囲まれて、ここだけ景色が柔らかい。
(こんな場所に、本当に呪いが――?)
優しい色彩に溶け込むような村に、カサブランカはキョロキョロと辺りを見回した。
「ねえ、シティさん」
そういえば、絨毯から師が降りてこない。座ったままの老婆に近づけば、瞳を閉じて、まるで眠っているようだ。
「――シティさん?」
いつも涼し気な顔の最強ババアの、額がじんわり汗ばんでいる。肩が、わずかに上下している。呼吸が浅くなっているようだ。
「……待たせたね」
ゆっくりと瞼が開く。シティはその場に立ち上がり、一度だけ息を吐いた。――違和感はもう見えない。いつもの最強ババアだ。
「どこかお加減が悪いのでは……?」
そっとハンカチを差し出すが、師は軽く首を横に振ると、そのままスタスタ歩き始めた。
「蛇を一匹処理しただけだよ……さあ、さっさと呪いを片付けるかね」
シティの声に応じるように、黒鳥が翼を開き、低い空を飛び始めた。
「ま、待ってくださいな!」
行き場を失ったハンカチをポーチに突っ込むと、慌てて絨毯をくるくる巻いて、カサブランカは駆け出した。
***
「こんの人殺しぃーーっ」
二人を最初に迎えたのは、一軒家に向かって叫ぶ老人だった。
「まあっ」
思わず両手で口元を押さえる。乱れた白髪、ラフなズボンに上半身は肌着だけ。
「うっさい、じじい!――あら、どうも」
バタンと引き戸が開かれて、怒鳴り返した中年の女性。エプロンをつけた彼女はこの家の住人か。シティとカサブランカの二人に気づくと、慌てて笑顔で挨拶してきた。
「お客さんかい? 珍しいね、こんなど田舎に――」
「ぐっ……! 胸が痛い! 苦しい! 死ぬ!」
女性の言葉を遮るように、先ほどの翁が再び叫び始めた。
「お爺さん、どうされ――」
「大丈夫、大丈夫。仮病だから。放っておきな」
女性は面倒そうな顔でそう言うが、胸を大きく掻きむしる翁に、カサブランカは動揺を隠せない。
何人か村人が通りがかるが、気にせずそのまま過ぎていく。
「不特定多数……無意識の……」
助けを求めようと隣を向くが、シティは何やらぶつぶつ呟いていた。
「もしかして、このお爺さんが?」
呪いの一つなのだろうか。意味を持たない奇声をあげて、地面を転がり回る相手に、カサブランカはゴクリと唾を飲み込んだ。
「おい、グデ爺。近所迷惑だろう」
そこに突如あらわれた男が、転がる翁を引っ張り上げた。
「きいぃっ! 人殺し! この悪魔め!」
立派な筋肉質の男は、老人がいくら暴れても物ともしない。さっと片腕で抱き込み拘束すると、ペコリとこちらに頭を下げた。
「すみませんね、お見苦しいところを」
丁寧な謝罪に、カサブランカはふるふる首を横に振った。
「あの、先ほど人殺しって、一体……?」
答えようとし、隣の最強ババアに気がついたのか、一瞬男の肩がビクリと跳ねた。
「当然、誰も何も殺しやしません。あの爺さんが勝手に思い込んでるだけなんです」
ちらちらと、シティの方に視線を向けつつ、男は潔白を訴えた。
「グデ爺の娘さんがね、お嫁に行った先で亡くなったのさ」
「あら、それは……お可哀想に」
カサブランカが顔を曇らせると、男は慌てて手を振った。
「そうよ。亡くなったっていっても、あたしよりも随分年上さ。お子さんもとっくに成人してたしね」
洗濯カゴを抱えて出てきた女性が、そう補足する。家族に看取られ、安らかな最期だったそうだ。
「おい、放せ! 汚い手で触るんじゃない!」
「はいはい、とりあえず爺さんは家に帰ろうか」
翁は半ば抱えられるように、男と共に去っていく。シティの隣にはべる黒鳥の体表が、ざわりと黒く蠢いた。
「カイトさんも大変ねぇ」
「……詳しい話を聞かせてくれるかい?」
それまで黙っていたシティが口を開いた。呪い解決の糸口が見つかるかもしれない。カサブランカも期待の眼差しで見つめると、女性は快く話してくれた。
グデ爺宅には一本の、立派なポロの木があった。この村の風習で、娘が生まれたら植えるのだ。十五年ほど手間隙かけて、大事に育ったポロの木は、娘の嫁入り道具になる。
「嫁入りの話で大喧嘩。そりゃあもう、近所中に怒鳴り声が聞こえてねえ」
グデ爺に怒鳴られて、娘は家を出たきり戻らなかった。嫁入り道具になるはずのポロはそのままに。
「飛び出し先で結婚したらしいんだけど、グデ爺ったら、一度も会いにいかなかったのさ」
何度か届いた便りでは、子に恵まれ幸せに過ごしたようだ。
「娘の訃報が届いたときは、すっかり引きこもってしまってね」
歳月が過ぎ、適齢期をとうに過ぎたグデ爺宅のポロの木は、腐食し倒木の恐れがあった。
「そこでカイトさん――ああ、さっきグデ爺を捕まえてた兄ちゃんのことなんだけど。彼がポロを切ってくれたのさ」
木こりのカイトは、親戚の誼で、ポロを無償で切り、材木として売りに出した。その利益のほとんども、グデ爺に渡したという。
娘のためのポロで建てられた家。
「それがわが家ってわけなんだけど……」
言われて、周囲を見渡した。
風雨と年月にさらされて、深い色へと変わった家々。その中で、この家だけが、やわらかな灰色の木目を残している。
生木から建材へ。家として第二の人生を歩むポロ。
――けれど、いつからか。
「人殺し」「娘を返せ」と、グデ爺がこの家に向かって叫ぶのだ。
「ポロの木と娘をごっちゃにして……まったくボケ爺さんにも困ったものだわ」
肩をすくめながらも、女性は久々の聞き手が嬉しいのだろう。洗濯のシワを伸ばしながら、仔細を語って聞かせてくれた。
***
「やっぱり呪いは、グデお爺さんですの?」
女性宅を後にしたシティとカサブランカは、村のはずれに向かって歩いていた。呪いの解呪は初めてだ。師の技をしっかり学ばねば。
「正直、爺さんはどうでもいいんだけどねぇ」
気合を入れたカサブランカだが、師の返事に意表を突かれた。
「ええ? では、どうして――?」
「酸が呪いの源を見つけてある」
シティの肩で、黒鳥が誇らしげに尾羽根をふるりと震わせた。
「ざっと消してさっさと終わり――それが手っ取り早いんだけどね」
軽く顎に指を当てて、最強ババアは小さく息を吐き出した。
「……それじゃゾゾアに怒られるから」
吐息と共に小さく呟く。俯いた老婆の表情は伺えない。
「今日あんたに教えるのは、面倒で遠回りな方法さ」
振り返った師の顔は、厄介だと言う割にはやさしい色を浮かべていた。
お読みいただきありがとうございました。
「1つ目の呪い」は3部構成です。
明日(日曜日)、②を公開予定です。
5月に入りましたが、朝晩の冷えが強い日が続きますね。
皆さまも体調にお気をつけてお過ごしください。
筆者は北陸へ、少し取材に行ってまいります!




