5. 踊る木耳〜カサブランカの舞踏対決
「これでやっと、千個目ですわ……」
げっそりとしたカサブランカは、手の中の石をかごの中へと放り込んだ。巨大なカゴは、白く塗られた小石で山盛りだ。
「終わったかい? なら、次だ」
向かいのロッキングチェアに腰掛けるのは、白髪に黒のゴシックドレスの最強ババア。顔もあげずに、ほいとこちらを手招きする。
眼鏡を掛けた老婆は、手元の小石に、絵筆で何かを描いていた。
何時間も同じ姿勢で、悲鳴をあげる体を労りながら、カサブランカはスツールから立ち上がった。師匠の後ろに回り込むと、そっとその手元を覗き込む。
「まあ、細かい……!」
手のひらに収まるほどの、丸く平たいその石に。
するすると銀の絵の具が引かれていく。筆さばきには迷いがなく、あっというまに複雑な紋様が完成した。
「ほら、やってみな」
インク壺と絵筆を手渡すと、老婆は再び細工を進めていく。
「む。難しいですわ」
師匠の手元と自分の手元。交互に見比べながら、見様見真似で筆を動かしてみる。なかなか上手く描けない。思わず天井を仰いでしまった。
銀の吊り下げ照明が、魔術の炎で小屋の中を、柔らかく照らしている。
木目を活かした壁面には、缶と瓶が、ぎっしり並んだキャビネット。
本を書架に戻した黒人形が、重厚なオーク材のテーブルを拭いていた。
「あら、ありがとう」
手元が急に明るくなって、カサブランカは礼を告げた。
「確か……七さん、でした?」
コクリと黒人形は頷いた。カンテラを残し、ゆっくりと厨房の方へと去っていく。
明かりのもとで、さっそく小石に銀を載せてみた。
先程より上手く描けて、カサブランカは嬉しくなった。
(シティさんは、あまりお話されませんもの)
師匠の教え方は、決して厳しくはなかったが。
『自分の目で見て、考えな』
弟子入り直後に言われた言葉だ。だからしっかり観察する。見て、よく考えるのだ。
(それにしても……凄いですわ)
部屋の中を動きまわる、黒い布の人形たち。まるで一つ一つが、自立した人間のように、複雑な動きをこなしていた。
散らかった裁縫道具を片付けるもの、お湯を沸かしてお茶を淹れるもの。
火のない暖炉の前では、自分と同じように、小石に絵付けをする黒人形が――
(ひっ……!)
部屋の奥の黒人形。他の人形と違いはない。
なのに底しれぬ圧を感じて、思わず目線を逸らしてしまった。
バクバクとする心臓を落ち着かせるように、カサブランカは小石の絵付けに専念した。
***
「もう、またですのー!?」
カサブランカは地面に崩れ落ちた。
優雅な貴族令嬢の姿は跡形もなく、そこにいるのは薄汚れた灰色ワンピースの見習い弟子。
シティとカサブランカの二人は、深い森の奥を訪れていた。
「素材集め?」
地道な作業はようやく終わり、晴れて強大な敵との戦闘に――"最強ババアらしいもの"を期待したのに。
「また、"準備"ですのね……」
「良い術ほど、下準備が大変なのさ」
思わず漏れ出た嘆きの声に、師の返事はつれなかった。
雨の気配が濃くなり始めたこの時期に、ジメジメした森の中は気が滅入る。泥の深みを避けながら、暗い森を進んでいくと、突然光が差し込んだ。
ぽっかり開けた小さな広場。
中央には大きな切り株が一つ。
それはまるで自然のステージのようで――
ヒョコリ。
切り株の上に、ペラペラした茶色の何かが飛び乗った。人の耳の形にも似たそれは。
「木耳だよ」
そう囁くと、最強ババアはそっと木耳に歩み寄り、丁寧に一礼した。
木耳も、小さな身を半分に折りたたむ。
それは、"はじまり合図"。
切り株を中心に、ババアと木耳が回り始めた。ゆったりとした足運び。伸び上がり、沈み込む。メヌエットだ。
弾力のある三拍子に合わせるように、どこからか音楽が流れ始めた。
「一体なに――まあ!?」
何事かと尋ねようとして、思わず驚きの声が漏れた。いつの間にか、広場は大勢の木耳たちで埋め尽くされていたのだ。
ダンスが終わり、音楽が止む。
さわさわさわさわ――
なんとも言えないざわめきが、足元から沸き上がる。小刻みにひだを揺らす木耳たち。どうやら拍手をしているようだ。
「さ、交代だ。お前の番だよ」
「え、でも――ええ?」
師匠に押し出され、カサブランカも舞台に上がる。
すると、入れ替わるように別の木耳が、ステージへと上がってきた。キノコの体が折りたたまれる。
(キノコさんが、紳士の礼を……?)
「ど、どうもですわ……」
戸惑いつつも、淑女らしく、スカートをつまみ頭を下げてみた。
すぐに曲が流れ始める。なんとか合わせてみるものの、どうにも動きはぎこちない。
(身長差がありすぎますわ……!)
しなしなしなしなしな――
ぷつん、と音楽が途切れ、一気に場の空気が冷めた。
「ええ? 私、なにか……」
慌てて周囲を見回せば、木耳たちがどんどん萎れていくではないか。
はあ〜――
木々の枝をゆらす風は、盛大なため息のようだ。
「……あんたが、手を抜いたからさ」
静まり返った森の中に、最強ババアの声が落ちた。
「微妙な恥じらい、半端な踊り。こいつらは“感情”に敏感だ。『期待外れ』だそうだよ」
カサブランカは足元を見た。一緒に踊っていた木耳が、地面にへたり込んでいる。こちらの視線に気がつくと、ふるふると左右に揺れている。
(私、もしや……失礼なことを?)
もしこれが、貴族の舞踏会だったとしたら。ダンスを申し込んだ相手が、気乗りせず、適当な動きであしらわれたら――
元気をなくした木耳を見て、カサブランカはぐっと拳に力を入れた。
「……大変失礼致しましたわ。よろしければ、もう一度お相手いただけませんこと?」
しゃがみ込んだカサブランカは、小さなパートナーに視線を合わせ、丁寧にお願いした。
ぴょこん、と起き上がる木耳。
どこからか流れる笛の音。
ダンス再開の合図である。
(貴族令嬢の意地、見せてさしあげますわ!)
家庭教師にも褒められた、ダンスは得意の科目である。
ワルツ、タンゴ、スローフォックストロット……。曲が変わり、ステップが変わる。迷うことなく足を運び、動きは次第に滑らかに。
熱の入ったカサブランカを歓迎するように、たくさんの木耳たちが、舞台の上へと上がっていく。
フォークダンスにクイックステップ。
カサブランカが踊る、躍る。
ルンバにサンバ。
巨大木耳が突撃してくるパソドブレ。
さわさわさわさわ
ざわざわざわざわ
踊るほどにざわめきが、強く大きく森に満ちる。やがて「ポンポン!」と弾ける音が響き始めた。
「いいね。よく熟れてるじゃないか」
弾けるようにカサを開いて倒れた木耳を、最強ババアはトングでカゴに集めていた。
「げ、限界ですわ……」
ついに地面に倒れ伏した弟子に、シティはゆっくり歩み寄った。
「い、一体これは……どういう意味が?」
カゴいっぱいの木耳を見つつ、カサブランカは息も絶え絶えだ。
「"良質な感情"を蓄えた木耳の収穫さ。これがなかなか大変でねえ」
にんまり笑ったシティは、弾けた木耳をひとつ摘み上げた。
「……今のあたしじゃ、これほど良い木耳は採れないからね」
「え?」
だがシティは、それ以上なにも言わなかった。
良く分からない。分からないが――
(さ、最強ババアは、思っていたのと、ずいぶん違いますわ……!)
最強への道は大変そうだと、へたり込んだまま空を見上げるカサブランカであった。
お読みいただきありがとうございました。
前話「老舗の紅茶は、深紅に香る」公開後に、活動報告に裏話を載せました。良かったらそちらも覗いてみてくださいね。
それでは次回も土曜更新、カサブランカの修行が続きます。




