4. 老舗の紅茶は、深紅に香る
過去の投稿話『予告編』にでてきた謎の男、ついに登場です。
登城を終え、王都で必要な買い物を済ませた二人。
シティとしては、早めに解呪の準備に取り掛かりたいところだが。
「せっかく王都に来たのですもの。ここに寄らない手はありませんわ」
カサブランカの熱意に負けて、こうして流行りのカフェ前に立っている。
洒落た木枠に嵌め込まれた硝子扉。中には上品な灯りと、穏やかなざわめき。
「いらっしゃいませ……奥のお席にお通ししますね」
一瞬だけ視線が止まる。だがそれも刹那、店員は流れるように奥へと案内した。
(さすが一流店ね)
最強ババアを前に、動じた素振りも見せない店員に、心でそっと賛辞を送る。
静かな曲が流れている。令嬢達の談笑が響いては、ざわめきの中に溶けていく。
「ええと、し、師匠……?」
綺麗にカトラリーが揃えられたテーブルの向こう側で、カサブランカが慣れない呼び名に戸惑っている。
「待ってな……ほら。今は"シティ"でもいいさね。結界を張ったからね」
備え付けの壺から、砂糖を一つまみ。ポーチから取り出した貝殻にさらさらと注ぎ、テーブル中央にコトリと置いた。
「それは一体……?」
作業を不思議そうに眺めていたカサブランカが質問する。
「砂糖の甘さに、貝殻の海の音を載せたのさ。音は柔らかく海の音に溶け込むようになる。――ここで話した内容は、周りには聞こえないよ」
「まあ! 可愛らしい術ですのね」
感心して貝殻に魅入るカサブランカの前に、カバーをかけたポットと茶器が並べられた。
「本店創業時からの、オリジナルベースティーでございます」
並々とカップに注がれる深紅。広がる爽やかな香りは、それだけで心が寛いでゆく。
店員はさらにお茶菓子を並べると、丁寧なお辞儀を残して去っていった。
「ささ、シティさん。食べましょう!」
カサブランカの目が輝いている。
一流パティシエが作ったケーキは、まるで小さな宝石細工だ。グラサージュのかかった真っ赤なドームをフォークで崩す。黄色い生地の間から、とろりとルビー色のソースがこぼれ出た。
(……流石は国で一、二番を争うお店ね。でも――)
黒に近い、暗い赤色の茶を口に含む。くどくないあまさのケーキ、それに合う程よい苦味。繊細な味が転がるように、舌の上でまとまっていく。
(それでも――)
ふと、思い出す。
山の上の小屋。焼きたての素朴な菓子。
パティシエのような繊細さはないけれども。素朴でどこか温かい。
(彼の作るお菓子も、負けてないわ)
そんなことを考えつつ、目の前の菓子を楽しんでいると――
「……なんだい? その顔は」
気づけば、カサブランカがにこにことこちらを見ていた。
「いえ、シティさんが楽しそうで」
指摘され、わずかに眉が動く。
確かに、ここ最近は特に働き詰めだった。今、こうしてお茶を楽しむ合間にも、使い魔の黒人形たちを行使しているのだから。
(お試し弟子に指摘されるようじゃ、私もまだまだね)
ふっと表情を緩めたシティは、まだたっぷり残るお茶を、しっかり楽しむことにした。
その後の会話は、思いのほか弾んだ。
カサブランカの話す"一般的な"魔術理論、シティが語る"最強ババア"の独自の術式。他者と魔術について語り合うことが新鮮だ。
お茶の残りもわずか。この穏やかな時間もそろそろお開き――というところで。
「ここの紅茶は、素晴らしい……」
隣の席から、男の声。
「すべてが、瞬く間に変わってしまう」
誰ともなしに呟く男。
「誰もそれに気づかずに、変わる前があるなど想像もせずに――」
ほどよいざわめきが籠もる店内で、なぜかその男性の声は、シティの耳にはっきり届いた。ちらりとそちらを盗み見る。
(特徴が、掴めない……?)
目を凝らしても、印象が残らない。
なぜだろう。
ゴシックドレスの魔術にも、結界や索敵術にも引っかからないのに。
本能が、警鐘を鳴らしている。
「安っぽいティーバッグ。製造の簡略化。抽出時間の短縮。商品均一性。効率化ばかり重視して、本来の味は失われた……」
カップの中味を飲み干すと、男が立ち上がる。
すれ違う、その瞬間。
「あなたにだけは忘れないでほしい。刻まない、丁寧にホールリーフを仕上げた、この紅茶の味を」
間違いない。
シティにだけ、向けられた言葉。
はっと後ろを振り返る。男は往来の人混みに、あっという間に消えてしまった。
(魔力は感じなかった……)
確かな違和感。心の警鐘に従い、使い魔に後をつけさせようとして――
「シティさん、お会計にしましょうか」
華やかな声が思考に割り込む。
(確か、髪色は――)
なぜか何も思い出せず、うまく集中できない。
「あんた、さっき隣にいた……」
「隣、ですか?」
カサブランカは、こてりと首を傾げている。何も気づいていないようだ。
こぼれ落ちる言葉を必死にかき集めようとするが――
「いや、なんでもない」
何を考えていたのだろうか。
(えっと……そう。呪いの花束もそうだけど、街の結界石も点検しないとね)
底に残った紅茶をいただこうと、カップに手を添えた。
紅く透き通った水面から、芳醇な紅茶の香りが立ち上る。冷めてもしっかり香るそれが、やけに強く感じられた。
シティは気付いていない。
――思考をすり替えられたことに。
お読みいただきありがとうございました。
また、先日公開しましたスピンオフ短編
「どうか彼女を一人にしないで――千年孤独な魔女を支え続けた薬師の記録」
にも遊びに来てくださった皆様、評価・ブックマークしてくださった方も、本当にありがとうございます。
とても励みになっています!
活動報告でも書かせていただいたのですが、スピンオフ短編は、薬師の視点を通して、“最強ババア”の誕生から現代に至るまでの歩みを描いています。
この薬師は、『最強ババアのオフタイム』に掲載の以下のエピソードとリンクしております。
#7 チェレン薬舗――ビビアンの旧友【リオラン&ビビアン】
よろしければ、そちらとあわせてお楽しみくださいね。
それでは、本編はやや不穏な回でしたが――
次回土曜日更新は、カサブランカの修行回です(^^)




