3. 黒い花束と死の呪い
小高い丘の上に、石造りの円筒が連なる建物群が居並んでいる。王城だ。
かつて軍事要塞として活躍した城は、その役割を今に伝えるように、無骨で簡素な造りをしていた。風に削られた石肌が、長い年月を物語っている。
靴音が、乾いた石畳に響く。
老婆の姿を纏ったシティは、城へと続く城壁沿いを歩いていた。
「意外ですわ。シティさんなら、パパっと飛んでいくかと」
後ろから、緊張感のない軽い声が飛んでくる。
「緊急時ならね。仮にも王とその城だ。一応尊重はするさ」
振り返りざまに、お試し弟子を一瞥する。
キョロキョロと周囲を眺めたり、持ち場を守る城兵に挨拶したりと、随分マイペースな令嬢だ。
(まあ、気後れしてないだけ、いいわね)
国王直々の呼び出しだ。
解呪の依頼――ろくな案件ではないだろう。
「シティさん?」
取り出したのは、不思議な質感の黒いケープ。後ろを歩くカサブランカに、シティは無造作に差し出した。
「お守りさ。羽織っておきな」
それだけ言って、前を向く。
足取りが、ほんのわずかに速くなる。
「まあ! ありがとうございます」
一拍置いて、弾む声。パタパタと走る音が追いかけてきた。
石段を登りきると、深い緑の山を背に、開かれた城門が姿を現した。潮の匂いを乗せた風が、ゴシックドレスを大きくはためかせる。
ふと振り返れば、海岸線に沿うように、赤い屋根が折り重なる街。
幾重にも入り組んだ海岸線。
きらめく白い砂浜の先は、やがて山の陰へと溶けていく。
それが、この小さな国の全貌だ。
改めて城門に向き直る。
この城の向こう。深い山々を越えた先に、果てしない世界が広がっていることを。真に理解している者が、この国にどれほどいるのか。
ひときわ強い風が吹いた。
守り続けてきた国を背に、最強ババアは堂々と城門をくぐり抜けた。
***
通されたのは執務室。
謁見の間ではなく、王と宰相、最側近の近衛だけ。その顔ぶれからも、要件が極秘であることが伺えた。
縦長の窓から差し込む光が、室内に白く広がっている。書類の積まれた執務机、整然と並ぶ書架、使い込まれた応接セット。
飾り気の少ない、実務的なその部屋は、質実剛健な現王の人となりをそのまま映していた。
「気がつけば、そこにあった……」
ローテーブルを挟んだ向かい側、ソファーに深く腰掛けた王は、沈んだ声でそう言った。
「捨てても燃やしても、いつの間にか戻ってくるのだ」
眉間に深い皺を刻みながら、王の言葉は続いた。
それは、出自不明の黒い花束。
ある日玉座の隣に現れ、捨てても元に戻っていた。燃やしても今度は執務室の花瓶の中に。
「……魔塔の奴らには、見せたのかい?」
「はい。呪物の一種であろうと。ただ、解析に時間がかかり……。できれば貴方に見てもらうよう、と」
王の脇に控えていた宰相が、躊躇いを滲ませて答えた。
「ジジイ共が? こりゃ、明日は雪かね」
シティは肩をすくめてみせた。常日頃、最強ババアを毛嫌いし、なにかとしゃしゃり出るのが魔塔だ。
「いえ。魔塔主から、呪いに関しては別の方を紹介されまして。その方が、急ぎ貴方を頼るようにと」
「なるほど。魔塔の術師にしては、良い判断だよ」
ゆっくりと頷く最強ババアに、宰相と王は表情を固くした。
「……やはり、強力な呪いだろうか?」
シティはティーカップを持ち上げる。ゆっくりと口を潤しながら、視線だけを落としていく。
ローテーブル上の白い花瓶。
活けられた黒い薔薇は、落ち着いた色で統一されたこの部屋によく馴染んでいる――
("馴染んでいる"だなんて……!)
一瞬、背筋に冷たいものが走る。
この国一番の術師の自分に、一瞬でも"馴染んでいる"と思わせた――
「これは、死の呪いだね」
いつも通り、平坦な声で。淡々と見解を告げた。
「な!? 」
「それは……まさか王のお命に?」
慌てる宰相と息を呑む王。
しかしシティは答えない。ただじっと、黒薔薇を観察する。
十三輪の黒い薔薇。一見無害な花たちに。
そっと意識を寄せてみれば――ドロリと嫌な気配が押し寄せた。
「こいつはちと面倒さね……50億ペリでどうだい?」
軽く言い放たれた、巨額の報酬。
宰相の口元が引きつった。
「それは……! それほどに、必要なのですね?」
しかし、王の命には代えられない。
「せめて、詳しく説明してくれ」
頷く王も、こめかみを押さえ、渋面を隠せない。
「古く……厄介な呪いだよ」
カップを傾け、すっかり冷えた茶を飲み干した。
「呪いの源を見つけるのが大変さね。
一輪、一輪の花に一つずつ。
この国一帯のどこかしらに、計十三の呪いの源があるはずだ」
見つけ出し、一つずつ解呪すればいい。
「まあ、ゆっくり探していくとするよ。あ、お代はすぐに頼んだからね」
ひらひらと手を振り、立ち去ろうとする最強ババアを、それまで静かに控えていた令嬢が引き留めた。
「シ……じゃなくて師匠。急がないと、王様のお命が危ないのでは?」
「よく言った!」とその場の誰もが令嬢に感謝する。
「その通り! 悠長にして王の身に何かあったら――」
わが意を得たりとばかりに叫ぶ宰相に、振り返った老婆は、しっと人差し指を口に当てた。
宰相の口が不自然に閉じられる。
「心配しなくても、一年は大丈夫だよ。慌てても仕方ないんだ。ゆっくり茶でも飲んで待っていな」
なおもモゴモゴ口を動かす宰相を後に、今度こそ最強ババアは、城を後にした。
***
「シティさん、シティさん」
外に出ると、風はすっかり止んでいた。
凪いだ海が、眼下に穏やかに広がっている。
「こら、名前で呼ぶんじゃない。外では"師匠"と呼びな」
スカートの裾をつまみ、駆け足で追いかけてくる娘を、じろりと睨む。
まったく困った弟子だ――そう思った矢先、令嬢の顔がぱあっと輝いた。
「あら、嬉しい! ついに私のこと、正式な弟子と認めてくださったのね!」
その場でくるくるとターンを決めるお転婆令嬢。
その姿に、シティは思わず天を仰いだ。
伯爵家の末っ子令嬢、カサブランカ。
橙色の華やかな髪は、その明るい性格に相応しく、傷一つない白い肌は、大切に育てられてきた証だった。
裕福な家庭、優しい両親と仲の良い兄弟姉妹。
すべてに恵まれた彼女が、なぜわざわざ最強ババアの弟子に?
「最強ってのはね、良いことなんてちっともない」
初めて出会った日、最強ババアはそう告げた。
「すべてを捨てることになる――あんたにできるのかい?」
正直、シティは反対だった。
けれどもカサブランカは諦めない。
何度も何度も迷いの術を打ち破り、魔女の小屋までやってきた。
今、彼女が身にまとうのは、流行りのドレスではない。
質素な灰色のワンピース――"見習い弟子"のお仕着せだ。
"期間限定のお試し"で、シティは彼女の弟子入りを認めたのだった。
「まだまだ"お試し"だよ。まったく、早とちりばかりなんだから……。他人に『思い込みが強い』って言われないかい?」
「あら」
くるくるとした足取りをぴたりと止め、カサブランカはこちらを見る。
上品に小首を傾げ、少しだけ考える仕草。
「そうですわね。『いつも元気で前向きなのがお前の良いところだよ』と、兄さまたちが」
(もう……伯爵一家が甘やかすから)
こめかみを押さえたシティを、カサブランカは不思議そうに見つめていたが――
「それにしても、呪いだなんて……」
一瞬だけ、表情が曇る。
だが、それもすぐに晴れた。
「解呪の心得はございませんが……王様のためですもの。 私もお手伝いいたしますわ!」
ぱっと上げたカサブランカの顔はやる気に満ちている。
(まったく、天気みたいに表情が代わるわね)
どこか可笑しく思いながらも、シティは弟子に釘を差した。
「慌てるんじゃないよ。まずは下準備からさ」
すっと腕を伸ばし、カサブランカの肩からケープを剥がす。
「仕事だよ――酸」
呼びかけに応えるように、黒いケープがボコボコと泡立った。
「まあ……!」
見る間にケープは腕からドロリとこぼれ、地に触れた瞬間――黒人形の形を成す。
「黒薔薇の気配を辿っておいで」
主の指示に、黒人形は頷くと、ぐるりとその場で姿を変えた。
「黒人形さんが鳥さんに……凄いですわ」
飛び立つ黒鳥を見上げ、カサブランカは歓声をあげる。頬は興奮に、ほんのり赤く染まっていた。
(さて……)
そんな弟子の横顔を見て、シティの口元がわずかに歪む。
「それじゃあ、"お試し弟子"として。早速、手伝ってもらおうじゃないか」
お読みいただきありがとうございます。
次回は来週土曜更新、弟子とのティータイム回です。
予告編で登場した、あの“謎の男”もいよいよ本編に登場します(^^)
また、近いうちにスピンオフ短編の公開も予定しております。
別連載『最強ババアのオフタイム』に登場した、とある薬舗から見た最強ババアの物語です。
本編『最強ババアのティータイム』と少しずつ繋がっていく『最強ババアのオフタイム』。
黒人形の成り立ちや、歴代・最強ババアたちのエピソードなどを描いた、一話完結の短編集となっています。
どちらも、ゆるやかにリンクしていきますので、ぜひあわせてお楽しみください。




