2. 賑やかなお茶会
本日、「新たな弟子編」第一話を更新しております。
未読の方は、ぜひそちらからご覧ください。
春を謳う花木たちが、魔女の庭を囲んでいる。
ヘンリーヅタがテーブルにじゃれつき、チューリップ達はヒソヒソ話に勤しんでいた。
昼下がり、うららかな空気の中を、ティーワゴンを押してやって来たのはルシニウス――黒目黒髪の平凡な青年だ。
シンプルなシャツとスラックスに身を包んだ青年は、洗練された給仕の動きで、お菓子とカップを並べていく。
「……仕事はいいのかい?」
とぽとぽ注がれるお茶を眺めながら、シティは青年に問いかけた。
「大丈夫なんさ! 今日はお客さんもないし」
嬉しそうに答える青年は、先日大学を卒業したばかり。大手出版社からの誘いを断り、いきなり個人の写真工房を立ち上げた。
「ここで現像させてくれたら、夕飯も食べてけるんだけどなぁ……」
ちらりちらりと青年がこちらを伺うが、シティは無視してお茶を飲む。
勝手に写真工房を、魔女の小屋に立ち上げようとしていたのは止めさせた。
泣く泣く山の麓の町に店を構えたルシニウスだが、こうも毎日遊びに来ていて、問題ないのだろうか。
(色々聞きたいことはあるけど、それよりも――)
シティはカチャリとカップを置いた。
漆黒のゴシックドレスに真っ白な長い髪。
毒舌で気難しい、誰もが畏れる最強術師――
"仮面"など要らぬはずのこの庭で、シティは"最強ババア"の仮面をかぶり、目の前の問題に対峙する。
「それで、あたしがいつ、あんたを弟子と認めたんだい?」
その矛先は、テーブル向かいの一人の少女。
陽をたっぷり溶かし込んだような橙髪を、ハーフアップに結い上げている。
白を基調としたドレスは柔らかく光を弾き、裾には髪色と同じ小花が散りばめられていた。
「あら。認めるも何も。私はシティさんの弟子。そういう運命ですのよ」
パチリとウインクを飛ばす令嬢は、にっこり口元に弧を描いた。
(……どうも調子狂うのよね)
探りをかけるこちらの視線もお構いなし。
最強ババアを前にして、臆さずお茶を楽しむ彼女について、シティは測りかねていた。
少女の名はカサブランカ。この国の伯爵家の末っ子令嬢だ。
ティーカップの傾け方ひとつで、育ちの良さがにじみ出る。
「俺は認めないんさ」
シティのカップにおかわりを注いだルシニウスは、ご機嫌斜めの様子である。
「あら、先輩。私の分は淹れてくれませんの?」
悪気もなしにおかわりの催促をするカサブランカに、青年はあからさまにため息をついた。
いつも穏やかな青年が、珍しく不機嫌を隠さない。
それでも黙って注いでやるあたりが、彼らしい。
「ルン兄、おかわりプリーズ!」
すっとカップを差し出したのは、"ハチ"と呼ばれる黒人形。
いつの間にやらティーテーブルに加わって、ホットワインを啜っている。
「おや、ハチ。使い魔の分際で、随分偉くなったもんだねぇ」
しれっとお茶会に加わる己の使い魔も、シティの頭痛の種の一つだ。
(喋れるようになった途端、自由すぎる)
「マァマァかたいこと言わない、しーちゃん。しわ寄るぜぃ?」
(……うん。こいつ一旦、布に戻すか)
ここは主の威厳を示す時。
すっとシティの目が細められたが――
ちゅどーん。
そんな音と共に、気づけば椅子からハチが転げ落ちていた。
「主にブレイはゆるしません!」
下手人は、椅子の上で仁王立ちする小さな人影。
シティの新たな使い魔――キュウちゃんだ。
その出来栄えに、心のなかで頷くシティだが――
「キュウの主は世界一! ほら、ひれ伏して、アガめるのです!」
そこまで求めてない。
(私がナルシストだと思われるでしょうが……!)
なぜか行き過ぎた忠誠心を示す使い魔を制するべく、シティは軽く手招きをした。
「キュウ、もういいから。こっちに来な」
呼ばれて小さな黒人形は、嬉しそうに主の膝に飛び移った。
「主さま! 王さまからお手紙です」
差し出されたのは、金の封蝋が押された一通の手紙。
さっと開いて中を改める。眉をひそめたシティに、ルシニウスが心配そうに声をかけた。
「悪い知らせ?」
「まあね。……王宮に呪いが届いたそうだよ」
畳み直した書面をゆっくりと封筒へ戻しながら、シティは答えた。
「まあ! 大変ですわね。シティさんに手紙がくるということは……恐ろしいものなのかしら?」
向かいのカサブランカは驚きつつも、瞳が好奇の色に染まっている。
その場の視線が一斉に、シティへと集まった。
「見ないことには分からないね。明日、王城へ行く。……カサブランカ、お前も来な」
「まあ! 嬉しい。ようやくシティさんのお仕事を、近くで見れるのですね!」
同行の許可に、カサブランカは大喜びだ。キュウちゃんを抱き上げると、くるりとその場で回ってみせた。
「ほら、解散だよ。準備がある」
お茶会はお開きだ。
いつまでも居座るカサブランカは追い返し、サボる使い魔に仕事を命じた。
残されたのはカチャカチャと、ルシニウスが食器を片付ける音だけだ。
シティとルシニウス、二人きりの魔女の庭は、静寂に包まれた。
「ルン。今日も美味かったよ」
「……そう、良かった」
シティが声をかけるものの、どうにも青年の返しにトゲがある。
(これは……機嫌の悪いサイン)
シティは少し、焦りを感じた。
この青年、普段から気性が良いだけに、怒ったときは静かに怖いというか、面倒というか。
しかしどうしたものだろうか。
頭を悩ませていると、背中を何かにつつかれた。振り返れば、レモンの木が枝をこちらに伸ばしている。
(何よ? え、私が悪いって……!?)
先日ルシニウスにさっぱり剪定してもらったレモンの木は、機嫌よく花芽を揺らし、すっかり青年に肩入れしている。まったく、困ったものだ。
けれども、思い当たる節がありすぎるシティは、素直にレモンの助言を受け入れた。
「気になることがあるなら、言ってみな」
なるべく柔らかい言い方を心がけたつもりであるが、背後でレモンがガクリと枝ごとうなだれた。
「……名前」
かなりの間をおいて、ルシニウスがポツリと呟いた。
「名前?」
「俺にはなかなか教えてくれなかったのに、あの子にはすぐ教えたんさ」
――ヤキモチである。
(これはどう反応すれば……ああ、もう!)
繊細な人付き合い。孤高の魔女には難易度が過ぎる。いっそ強大な怪物と戦う方がマシである。
「ルン」
けれどもシティはまっすぐ青年を見つめた。今日こそ逃げずに向き合おう。
老婆姿でも色褪せない、真っ青な瞳が青年だけを映し込む。
「見習い弟子には、最低限教える必要があるの。だから、契約を結ばせている――」
いつになく真剣な色のシティの瞳に、青年は吸い込まれるように耳を澄ませている。
「あの子が破れば記憶は消える。でも、あなたはそうじゃない」
「信頼している」そう告げて、シティはそっと頭のヘッドドレスに手をかけた。
ゆっくりと留め金を外そうと――
「シティさん、そういえば! 明日はどこで待ち合わせかしら?」
元気な声が静寂を破った。
「あら? お二人とも、どうかしました?」
行き場をなくしたシティの手。
本日二度目の乱入に、ルシニウスはがっくりとうなだれた。
お読みいただきありがとうございます。
久々の更新でしたが、読みに来てくださる方がいることに感謝しております。
新章開始前に、予告編&小話「ルシニウスくんの山登り」も公開してますので、未読の方はそちらもぜひご覧ください。
次回は土曜日更新の予定です。
王様からの呼び出しで、舞台はお城へ――!




