表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/97

正妻戦争

 ベリルが化けた。


 例のごとく、それが全ての引き金である。


=================


 部屋の中央にあるソファに座っているのは我がドSの元勇者様、その腕にはベリルではない少女が抱きついてガタガタ震えている。


 セルビアの女は武に嫁ぐという名目の元、貴族であってもドレスのデザインは簡素を極める。ドロワーズなど女々しいと言わんばかりに、パンツやブラジャーすら流行り始めたのはここ十年の事なのだ。

 それはつまりフリルやら宝石やらで邪魔されずに体温や柔らかさを殿方に伝えれる事を意味する。要するに貧乏なので、ゴテゴテとした全身武装ではなく体の一文字で男を釣れ、という(おんな)らしいコンセプトである。なお最近では上も下もパンチラを使うのがセルビア流、時代の先取りをしすぎている。なおそのパンツを広めたベリルはまだ10代であるからにして、広まる前にどんなえげつない釣り方をしていたのかはまあ、大体ご想像の通りである。たくし上げ? ばっかもん、風情のないおっぴろげと一緒にすんな。


 そんなもんだから――セルビアスタイルのベリルではない少女がヴォルグの隣にわざわざ移動してヴォルグの肩に顎を乗っけて歳相応の胸の間に野郎の腕を挟み込んでいるのなら、誤解の余地など一片たりとも存在しない。



 人界のどっか。汎人族国家教導騎士団(人界最強脳筋軍団)の本拠地。



 窓の外から訓練の声が聞こえる。今も昔も異世界でも変わらない、体育会の暑苦しい音。

 使用人が忙しそうに動きまわっている借り物の城の中、この部屋の時間だけが止まっている。



 獣の鎧(ソウルイーター)はただの置物に徹しているし、変なポーズで固まった義父は何故か若き頃に見た落ち武者と重なる。安楽椅子に座っている義母は我関せずと安らいでいるし、横で寝ている赤ん坊は我関せずにすやすやと寝ている――大物なのは母親似だろう。


 ちっこい大物の正体は人界でのベリルの義理のご両親の息子――つまりベリルの義弟であり、色ボケしたベリルがレメゲトンくんだりわざわざやってきた理由でもある。


 色もボケも一瞬で吹っ飛んだ。

 

 ――なにそいつ。


 いや、誰なのかはわかっているのだ、親しげに挨拶もされた――えーと、なんだっけ、そうそう、フーリエ=レイバック。騎士の王・シフォン=レア=レイバックの二番目の弟の娘さん。つまりベリルの義理の従妹に当たる。当年きって15歳。夢見が過ぎて花も恥じらうお年頃。


 頭ではわかっているのだ。


 すわ修羅場かと期待している読者諸君には申し訳ないが、これがあまりと言えばあまりにも不幸な行き違いである事を説明するには、人界と魔界における倫理観の差というものから始めなければならない。


 魔王タッカート(パパン)天狗(ジョルジュ)を見ればわかるが、魔族は基本的に一夫一妻である。豊かなので文明水準が人界に比べて高く、やたらと作りが頑丈なので弱肉強食の割に死ぬまで殺し合うというのが少ないからだ。ここ数百年の魔族の人口増加曲線は傍目から見て水平にしか見えないぐらいにごく緩やかな上昇を描いている。

 しかも魔族は無意識化に肉体を変容させれるような人種である。一緒に過ごして破綻せずに100年もすればお互いのために生まれてきたカップルの誕生である――その相手が複数だとオーダーメイドもくそもなくなってしまう。幸いにしてナニのかたちが変わった事で不倫がバレた事はないが、進化論に通ずる血も涙もない自然のオキテである事に変わりはない、ダーヴィンが異世界に転生していれば涙くらいは落とすかもしれない。自然、魔族の支配下にある人族の倫理観も上に準ずる。


 そして人界では逆だ――貴族が庭園で野グソするようなレベルだから推して知るべし。

 生存競争だろうが勝負に勝つには天の時、地の利、人の和があるに越した事はない。それを踏まえた上で寿命が短い、衛生条件が悪い、魔力がないの三重苦ならもはや語るに及ばず、死ぬ時は容赦なく死ぬので産んで増やさないと人口が先細りしてしまう――いや、そういう前提でもそろそろヤバい事になっていたのが勇者によるベリルの拉致という馬鹿騒動の原因なのだ。従って一夫多妻にならざるを得ない。


 つまり、人界と魔界では倫理観が違う。


 ここでヴォルグ=ブラウンを3K的な意味で評価してみよう――流行りのブラック企業の事ではない、一昔前に男女問わず喧嘩を売りまくった身長、収入、社会地位の世知辛いアレの事である。


 魔界においてのヴォルグはほぼ無名であると言っていい。

 そもそも元の職業が徹底的な秘密保持をモットーに、息をするように闇討ちをし、ちり紙をゴミ箱に入れる気持ちで口封じをやってきた忍者モドキである――兄弟を初め、魔界に潜伏する身内ですら壊滅させたので当代勇者の能力は全くの闇に包まれていると言っていい。

 そして再就職先である魔王デウス・エクス・マキナの複雑奇怪な成り立ちを知る者は、数えればそれこそ世界中でも十指に納まってしまう。世界征服という企業活動の清き正しい黒幕。少なくとも子供でも知っているようなカタギではないのは確かだ。


 が、人界においてのヴォルグ=ブラウンは逆だ。

 勇者一族。人族の無冠の王。その中でも魔族の王を張り倒し、異国の姫を助け出した――という建前を持つ稀代の英雄。見てくれも悪くない。貴族の位を人界最大国家の首都のド真ん中でド派手なパレードを二回もやらかしている上、姿絵も結構出回っている。社交界に出たのはベリル共々一回だけなのに二人を忘れている貴族は一人もいまい。大戦争が出来ないほど衰退した人界の唯一の希望と言ってもいい。


 自然、妾になりたいような女性は星の数ほどいる。

 とどのつまり、フーリエもその一人である。勇者のお妾さんに納まるため、コネを使って母国(セルビア)から騎士王のレンタルお城に乗り込んできた訳である。


 彼女の見通しが甘いというのはあまりに酷だろう――本人には泥棒猫という概念すらあるまい、せいぜい正妻に当たるベリルの妹分になる、という認識であろう。だからベリルにはちゃんと礼を尽くしていて、ベリルがトイレに席を立ったのを気を効かせたと思い込み、ヴォルグにアプローチをかけた。


 OK、事情はわかってる。

 実に始末にこまるがコマンド?


 1.ビンタをかます。

 2.顔を半分隠して泥棒猫。

 3.泣く。


 コンマ秒で即決した。

 バタン。


 閉まるドア、室外に控えていた史上最強のボディガードが音もなくついてくる。

 室内で慌ただしく動き出す気配。


 ベリルは逃げ出した。



 (元)勇者が慌てて部屋を飛び出すのに5分もかかっていない。

 二人を呆然と見送ったフーリエに慈悲深い言葉が突き刺さる。

 ほらだから言ったでしょやめた方がいいってばかよねあんな男のどこがいいのやら。


===================


 そんなに怖い顔してたっけ?

 

 恐らく今までの人生で一番慄いていたであろう義理の従妹の顔を思い出して、ベリルは自分の頬を撫でてみる。

 廊下を進むベリルの足音は静かだった。

 理解できる、だから腹は立ってない。少なくとも顔面の筋肉が大きく動いた記憶はないし、感情も部屋のドアを開けてから今に至るまでフラットなままだ。通りかかって会釈してきた使用人の反応を見ても今の自分に何か問題があるとは思えない。


 ランスロットを宛てがわれた自室の外に立たせた――勇者と魔王がタッグを組んでも10秒でマグロにできる天岩戸あまのいわとである。

 カーテンは閉め、天蓋付きのベッドに潜り込む。スプリングすらないのでレメゲトンのベッドのようにダイブすると痛い目を見るのは昨日経験済みだ。


 ふー、とため息。


 体が熱くなり、両足の付け根が舌でも生えたかのように甘さを感じる。落ち着かなくなってきた。ちょっとだけ離れただけでこれだ。人様の家で派手にやらかす訳にもいかないのでなんと一日もご無沙汰である。

 ヴォルグはすぐにでも追いかけてくるだろうが、このまま放置されたらフラフラとそこらへんの男に身を任せてしまうような気がする――が、それがどうしたと思えてしまうのは何度も繰り返された囁きが聞こえるからだ。


 ――だから絶対に離さない。


 意識せずに太ももをすり合わせる。抱きしめてくる体温を思い出して安心する。

 ヴォルグ以外は死んでも嫌だ。他の男に触れられるのを考えるだけで頭が割れそうになる。

 勇者にチワワに赤ん坊。茹だり始めた頭の中で何度もループが始まるが、結局は一つの疑問に辿り着くのだ。


 ――あっちはどうなのだろう。


 何かが煮詰まっている事に本人も気付いていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです! TSの良さが沢山詰まってて楽しく読めました
[良い点] 面白かったです‼︎ [一言] 何周も読み返してます。いつまでも待ってます
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ