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元最強女騎士はお人好し料理人に胃袋をつかまれる  作者: モーヒアス


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1/5

異世界で最初に出会ったのは

勢いで書き始めました

 頬に触れる草が、くすぐったい。


「……ん?」


 目を開けた桜庭健司さくらば・けんじは、ゆっくりと身を起こした。

 見渡す限りの森。

 青々とした木々が空を覆い、鳥の鳴き声が響いている。


「……え?」


 頭が真っ白になる。

 さっきまで、自分は厨房にいたはずだ。

 夜十二時。

 ようやく閉店し、洗い物を終えたところだった。


「さて、帰りますか」


 そう言って店を出て。

 コンビニで缶コーヒーでも買おうかと思いながら歩いていた。

 そう、そこまでは覚えている。

 なのに。


「なんで森……?」


 夢だろうか。

 頬をつねる。


「痛っ」


 普通に痛い。

 夢ではないらしい。

 立ち上がろうとした瞬間、ポケットのスマートフォンを取り出す。

 圏外。

 電源を切って入れ直しても変わらない。


「いやいやいや……」


 混乱していると、不意に頭の中へ声が響いた。


《個体を確認》

《異世界転移を完了しました》

《固有スキル【異世界食堂】を付与》

《固有スキル【解体】を付与》

《固有スキル【言語理解】を付与》


「…………」


 数秒。

 思考が止まる。


「え?なんだこの異世界っぽい声?」


 思わず声に出た。

 異世界。

 あの異世界?

 漫画や小説でよく見る?


「……はは」


 乾いた笑いしか出ない。

 とりあえず落ち着こう。

 深呼吸。

 一度。

 二度。


「……よし」


 こういう時こそ冷静だ。

 パニックになっても何も解決しない。

 厨房でもそうだった。

 フライヤーが壊れようが、注文が重なろうが、慌てた人間からミスをする。


「まずは状況確認」


 森。

 知らない場所。

 スマホは圏外。

 異世界らしい。

 そしてスキルが三つ。


「異世界食堂……?」


 なんだろう。

 念じてみる。

 しかし何も起こらない。


「使えないのか?」


 その時だった。

 ガサリ。

 茂みが揺れた。


「……?」


 鹿か。

 いや、森だから狼か。

 そう思った次の瞬間。

 飛び出してきたのは、熊ほどの大きさの猪だった。

 灰色の毛並み。

 異様に長い牙。

 赤い目。


「えっ」


 猪もこちらを見つける。

 一瞬。

 互いに固まる。


「えぇぇぇぇぇっ!?」


 猪が地面を蹴った。

 一直線に飛びかかってくる。


「うわっ!」


 反射的に避ける。

 肩をかすめた牙が服を裂いた。


「ちょっ、待っ……!」


 待つわけがない。

 猪は再び距離を取り、低く唸る。


「はぁっ、はぁっ!」


 逃げる。


「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」


 全力で。


 枝が顔を叩く。

 息が苦しい。

 厨房で鍋は振れても、こんな全力疾走なんて何年ぶりだ。

 背後から迫る足音。

 速い。

 追いつかれる。


「だ、誰かー!」


 叫んだ。

 返事はない。

 当然だ。

 こんな森の中に人がいるわけ――


 風が吹いた。

 次の瞬間。

 銀色の閃光が、ケンジの視界を横切る。


 ――ギィンッ!


 耳をつんざく金属音。

 猪が吹き飛び、木へ激突した。


「ギャウッ!」


 土煙の向こう。

 一人の女性が剣を構えていた。

 長い黒髪を後ろで束ね、旅装束の上から胸当てだけを身につけている。

 長剣を片手で軽々と握り、その切っ先は微動だにしない。


「魔猪が一匹か」


 静かな声。

 猪は体勢を立て直す。

 しかし女性は動かない。


「運が悪かったな」


 その一言だけ。

 次の瞬間には、もう猪の首が宙を舞っていた。

 速すぎる。

 何が起きたのか分からない。

 猪の身体がゆっくりと崩れ落ちる。


 ザッ!


 女性は血を払い、鞘へ剣を納めた。

 カチリ、と乾いた音が森に響く。

 そしてようやく、ケンジへ視線を向けた。


「怪我は?」

「え……?」

「怪我だ。あるのか、ないのか」

「あ……だ、大丈夫です」

「そうか」


 それだけ言うと歩き出す。

 去ってしまう。


「ま、待ってください!」


 女性が立ち止まる。

 振り返らない。


「……なんだ」

「助けていただいて、本当にありがとうございました」


 頭を下げる。

 女性は少しだけ黙り


「礼はいらない」


 とだけ答えた。


「見捨てる趣味がないだけだ」


 ぶっきらぼうなその声が、不思議と冷たくは聞こえなかった。

 そのときだった。

 女性の腹が。


 ぐぅぅぅ……


 森中に響くほど盛大な音を鳴らした。

 沈黙。

 女性の肩が、ぴくりと震える。


「……今のは聞かなかったことにしろ」

「えぇ……」


 耳まで赤く染まっていた。


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― 新着の感想 ―
応援できればと思い来ました(^ ^) 短い行を積み重ねるリズムが気持ちよかったです。書く側だと、この改行の刻み方は勇気が要ります。 厨房で鍛えた冷静さを最初に見せておいて、猪では全力で情けなく逃げ…
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