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魔法の終わる空  作者: 国産狂人
魔法の終わる空

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代わりの技術

「減った状態で回る方法を考えろ」


 主任の言葉は、会議が終わったあとも妙に頭へ残っていた。


 研究者として聞けば、それは半分敗北宣言に近い。本来なら、原因を解明し、仕組みを理解し、その上で対処法を考えるべきだ。だが現実はそんな順番を待ってくれない。北方都市では暖房不足が生活問題へ変わり始め、王都では保冷区域の縮小が続いている。学院市でも、工房の稼働時間調整や市場物流の停滞が目に見える形になっていた。理論が完成する頃には生活の方が先に壊れている――そんな可能性が、もう笑い話ではなくなっている。


 学院を出る頃には、外はすっかり夕方だった。以前なら通りを彩っていた魔導灯が、今ではどこか頼りない。消えてはいない。ただ、光量が足りない。街全体へ薄い布でも被せられたように色が鈍り、活気そのものまで少し静かになって見える。


 それでも、人は生活を止めない。


 市場では保冷設備を信用しきれなくなった店が、小分け販売へ切り替え始めている。宿屋では暖房効率の良い部屋から予約が埋まり、工房街では熱量不足を見越して昼間中心の作業へ移行する店が増えていた。誰も「危機」と口にはしない。ただ、街全体が少しずつ“弱った状態”へ適応を始めている。


 工房街を抜けようとして、ふと足が止まる。外へ作業台を出している職人がいた。


 熱量術式の効率が落ちているからだろう。日が落ちる前に終わらせるため、自然光を使い、火を増やし、手作業を増やしている。効率だけ見れば悪い。以前なら魔導炉ひとつで済んでいた作業だ。それでも、止めるよりはましなのだろう。


 その光景を見ているうちに、妙な既視感があった。結局、人は不足した時ほど単純な技術へ戻る。


 元の世界でもそうだった。電子制御が不安定になれば機械式へ、物流が乱れれば地域生産へ、燃料不足になれば断熱や節約が見直される。文明というものは、一度壊れかけた時ほど古い技術を掘り返し始める。効率を求めて捨てたものほど、余裕のある時代の贅沢だったと後から気づく。


 そして、そこまで考えた時、急にひとつの違和感が浮かぶ。自分は、何を前提に考えていたのか。


 学院へ来てからずっと、魔法を理解しようとしていた。魔法が使えない以上、理屈を知るしか生き残れないと思っていたからだ。だが、もし本当に魔法そのものが弱っていくなら、必要なのは理解だけではない。


 代わりだ。魔法が足りないなら、別の方法を持ち込む必要がある。


 暖房なら、断熱を強くする。

 保冷なら、地下利用や保存構造を工夫する。

 輸送なら、浮遊術式が弱くても動く仕組みを考える。

 工業なら、熱効率や手動補助を増やす。


 つまり“魔法無しでも最低限回る技術”が必要になる。そして、その考えへ至った瞬間に、妙な感覚があった。


 自分は、それを知っている側だ。専門家ではない。全部を再現できるわけでもない。


 ただ少なくとも、魔法無しで文明が成立していた世界を知っている。蒸気、断熱、滑車、機械構造、保存理論、熱利用。元の世界では当たり前すぎて意識もしなかった技術群が、この世界では異質な価値を持つ可能性がある。


「また難しい顔」


 後ろから聞こえた声に振り向く。


 紺色の外套だった。


 最近はもう驚かない。気づけば近くに居ることが増え、気配の薄さにも半分慣れてしまった。


「嫌なこと考えてます」


「空?」


「文明の方です」


 そう答えながら、工房街を指差す。昼光を使い、火を増やし、人力工程を戻している職人たち。彼らは多分、自覚もなく始めている。弱った世界へ合わせるための調整を。


「魔法が弱るなら、代わりが要る」


 自然と言葉が続いた。


「全部を戻すのは無理でも、最低限動く仕組みを作らないと都市が持たない。今の文明って、魔法がある前提で効率化しすぎてるんです。余裕が無い」


 紺色の外套は少し黙ったまま工房を見ていた。


 作業台を外へ出した職人、弱くなった灯りを反射板で補う店先、火を増やして温度を保つ鍛冶場。もう街は、少しずつ形を変え始めている。


「昔に戻る?」


 その問いへ、少し考える。


「違います。戻るんじゃない」


 退化ではない。今ある知識で作り替える。


 元の世界だって、資源不足や環境変化へ合わせて技術は変わり続けてきた。寒冷地では断熱が発達し、燃料不足では熱効率が進み、物流制限では保存技術が洗練される。必要に迫られた時ほど、人は工夫する。


 つまり、この世界も同じだ。魔法が弱るなら、その前提で新しい技術を積み上げればいい。


 空の正体を止めることはできないかもしれない。だが、その間に文明を繋ぐことなら。


 少なくとも考える余地はある。


 気づけば足が少し早くなっていた。


 研究室へ戻る必要がある。整理したい。暖房、保存、輸送、照明。魔法が減っても成立する仕組みを、今のうちに形へしなければならない。


 見上げた夕空には、相変わらず薄い帯が広がっている。以前より確実に濃い。


 それでも、その下で街はまだ動いていた。弱りながらも、形を変えながら、何とか止まらずに進もうとしている。その姿は妙に人間らしくて、少しだけ救いにも見えた。

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