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魔法の終わる空  作者: 国産狂人
魔法の終わる空

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文明を繋ぐために

 帯の移動速度がわずかに上がっている――その観測結果は、研究室の雰囲気をまた少し変えていた。


 以前までなら、異常そのものを疑う段階だった。設備故障か、測定ミスか、局所的な術式不良か。だが今は違う。空の異変と魔素流量低下が関連している可能性を、少なくとも誰も笑わなくなっている。王都まで影響が広がり、古い記録とも部分的に一致し、しかも移動まで観測されている以上、否定する方が難しくなっていた。


 ただ、研究者が現実を認め始める時ほど、議論は厄介になる。問題が大きすぎるからだ。


 原因究明だけなら話は単純だった。観測を積み、仮説を立て、検証する。だが今回の問題は生活そのものへ入り始めている。市場は既に保冷能力低下を前提に動き始め、工房では熱量不足を見越して作業時間を調整し、宿屋では暖房効率の良い部屋へ予約が集中している。学院市だけでもこれだ。北方都市や王都では、もっと現実的な問題になっているだろう。


 つまり、もう“原因がわかってから考える”では遅い。最悪を前提に、同時進行で動く必要がある。その日、主任が珍しく全員を集めたのも、そのためだった。


 研究棟奥の会議室には学院側だけでなく、王都、港町、北方都市から来ている研究者たちも顔を揃えている。皆疲れた顔をしていたが、理由は同じだろう。設備不調の報告は増える一方なのに、決定打になる原因だけが見えない。


「仮定の話をする」


 主任が最初にそう言った。


 研究者が“仮定”を前置きする時は、大抵嫌な話だ。


「魔素低下が続く前提だ」


 室内が少し静まる、反論はない、誰も賛成もしていない。


 ただ、現実問題として避けられない話だと理解している空気だった。


 王都側の研究者が資料を広げる。中央市場の保冷能力低下、照明出力の制限、暖房供給優先区域の設定。既に試験的な配分変更が始まっているらしい。つまり王都は、半ば“節約運用”へ入り始めていた。


「優先順位を決めるしかない」


 低い声だった。


 その一言が妙に重い。


 魔法文明において、優先順位を決めるというのは、便利さを諦める話だ。元の世界で言えば、停電時に病院を優先し、商業施設を止めるようなものに近い。合理的だが、歓迎される話ではない。


 気づけば自然と紙へ整理を書いていた。


 暖房、保冷、輸送、生活照明、工業、装飾、娯楽。


 単純な話ではない。どれかを止めれば別へ影響が出る。輸送を削れば食料が届かない。工業を止めれば設備修理が遅れる。照明不足は治安悪化へ繋がる。文明というものは、一部分だけ切り離して動くほど単純ではない。


 だからこそ厄介だった。


 元の世界でも、大規模供給不足ほど政治問題になる。誰を優先するか。何を切るか。正解は無い。ただ、何も決めなければ全体が崩れる。


 そんなことを考えていると、隣から紙を覗き込む気配がする。紺色の外套だった。最近では驚きもしない。


「また難しい顔」


「嫌な未来予想図です」


 紙を少し傾ける。


 用途分類、優先順位、制限案。


 紺色の外套はしばらく眺めたあと、珍しく表情を曇らせた。


「減る前提、なんだ」


 その言い方が少し引っかかった。


 “直す”ではなく、“減る前提”。


 つまり、もう誰も完全復旧を当然と思えなくなり始めている。言葉にされると、急に現実味が増した。


 もし空の異変が長期化するなら。

 もし魔素の流れが弱ったままなら。


 必要なのは修理ではない、適応になる。文明そのものを、減った流量で成立する形へ組み替える話になる。


 会議終盤、主任が疲れた顔で言った。


「原因究明は続ける。ただ、それとは別に“減った状態で回る方法”も考えろ」


 研究者としては、半分敗北宣言みたいな言葉だった。


 それでも必要なのだろう、理論が間に合う保証はない。生活の方が先に崩れる可能性がある。


 窓の外を見ると、夕方の灯りがまた少し弱い。以前なら鮮やかだった魔導灯が、今では頼りなく滲んで見える。その光を見ながら、不意に嫌な想像が頭をよぎった。


 もし今見えている変化が“序章”だったなら。空を通り過ぎている何かが、まだ本格的に世界へ掛かり始めていないのだとしたら。


 文明を繋ぐ方法を考える時間そのものが、想像より残されていないのかもしれなかった。

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