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魔法の終わる空  作者: 国産狂人
空が変わり始める

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空を通り過ぎる影

 観測塔から戻った翌朝、学院市の空はよく晴れていた。


 皮肉なほど穏やかだった。雲も少なく、朝日も差している。市場は開き、荷車は通り、宿屋からは焼いたパンの匂いが漂う。街はいつも通り動いている。だが、注意して見れば至るところに小さな変化が積み重なっていた。


 店先の装飾灯は昼間でも妙に色が薄い。荷運び用の浮遊術式は以前より動きが鈍く、商人たちは荷量を少し減らしている。保冷箱を扱う店では、朝から中身を確認する回数が増え、宿屋では暖房の効く部屋が先に埋まるようになったらしい。


 誰もまだ“危機”とは言わない。ただ、人々は弱くなった前提へ少しずつ適応し始めている。


 地球でも似たことはあった。供給不足は突然世界を止めない。まず不便が増え、人が工夫を始め、生活が少しずつ変わる。そして気づけば、「以前の普通」が静かに消えている。


 学院へ向かう道すがら、昨夜の観測記録を何度も思い返していた。


 帯は確実に広がっている、しかも最近は少し濃い。


 星が消えているわけではない。ただ向こう側の光が弱い。何かが間にあるような違和感。その見え方だけが、妙に引っかかり続けていた。


 元の世界の知識が、どうしても嫌な方向へ思考を引っ張る。


 宇宙空間にも、光を遮るものはある。星間塵、ガス雲、観測しづらい物質。ただ、それを今ここで口にするのは飛躍が大きい。魔法も使えない異邦人が突然「空の正体」を語り始めれば、話そのものが怪しくなる。


 だからこそ、今は記録だ。結論より先に、観測を積むしかない。


 研究棟へ入ると、主任が珍しく早い時間から机へ向かっていた。露骨に寝不足そうな顔で資料を睨んでいる。


「寝てませんね」


「お前の変な仮説のせいだ」


 疲れた声だった。ただ、もう笑って流す調子ではない。


 空と設備不調を結びつける話が、少なくとも検討対象にはなり始めている。数週間前なら有り得なかった変化だった。


 主任は机へ数枚の記録を広げる。王都、港町、北方都市、商業圏。各地から届いた最新観測資料だった。魔素流量、不調発生日、空の観測記録。それらを並べるほど、奇妙な共通点が浮かび上がる。


 時期が、少しずつずれている。


 学院市で街灯不調が増え始めた頃、港町ではまだ輸送術式が動いていた。北方都市で暖房問題が表面化した時には、学院市側は既に保冷設備の低下段階へ入っている。そして王都では、つい最近になって中央照明区画が不安定化し始めた。


 つまり、同じ現象が“順番に”広がっている。


 その時、隣へ来た紺色の外套が資料へ指を落とした。


「位置、動いてる」


 短い言葉だった。ただ、その意味はすぐ理解できた。


 空の帯、各都市の観測記録、それを地図へ重ねると薄くひとつの流れが見えてくる。


 固定ではない。広がりながら、動いている。


 まるで何かが世界の上をゆっくり通過しているように。


 気づけば自然と紙へ線を書いていた。帯の観測位置、時系列、不調拡大範囲。完全に一致ではない。ただ、偶然として片づけるには綺麗すぎる。


 もし空の異変が移動しているなら、地域差の説明がつく。港町と北方で症状が違う理由も、発生時期のずれも、不調拡大速度も説明できる。


 主任が腕を組みながら低く言う。


「通り過ぎてるのか……?」


 その言葉で部屋が少し静かになる。


 誰も断定はしない。ただ、否定もしなかった。仮説としては、今までで一番現実を説明していた。


 空が変わる、魔素流量が揺らぐ、設備が弱る。


 そして地域差を伴いながら広がる。全部が一本の線へ繋がり始めている。ただ、その仮説が正しいなら、別の問題も生まれる。


 ――終わるのか。


 通り過ぎるなら、いつか去るのか。それとも今は、まだ途中なのか。


 答えの無いまま窓の外を見ると、昼間なのに街灯がどこか頼りなく見えた。以前なら気にも留めなかった弱い光が、今は少しずつ世界の体力を削られている証拠のように思えてしまう。


 そして夕方、王都側から届いた追加観測資料が、その不安へさらに輪郭を与える。


 帯の濃度、微増。

 魔素流量、微減。

 そして中央市場の保冷設備、再停止。


 誰も口には出さなかった。だが全員、同じことを考え始めている。


 ――空を通り過ぎている何かが、本当に世界を弱らせているのではないか。

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