古い記録の一致
王都中央区画の照明不調という報告が届いて以降、学院の研究室は以前にも増して慌ただしくなっていた。ただ、不思議なことに空気そのものは静かだった。誰かが声を荒げるわけでもなく、劇的な結論が出るわけでもない。ただ、全員が少しずつ“認めたくない方向”へ思考を寄せ始めている。そういう静かな緊張だった。
設備不調の規模は、もはや学院市だけでは説明がつかない。港町、北方都市、商業圏、そして王都。都市ごとに症状の出方は違う。輸送術式が弱る場所、暖房設備が先に落ちる場所、保冷設備が持たない場所。それでも共通しているのは、「壊れていないのに動きが弱くなる」という現象だった。術式は正常、濃度測定も理論上問題なし。それなのに、文明だけが少しずつ息切れを起こしている。
そして、その中心へどうしても浮かび上がってくるのが空だった。
あの帯が現れ始めた時期と、魔導具不調の報告時期が妙に近い。最初は偶然かと思った。研究者としては、無関係なものを安易に繋げるべきではない。元の世界でも、もっともらしい相関ほど危険だった。ただ、資料が増えるほど“偶然にしては綺麗すぎる”という感覚が強くなっていく。
そんな中、紺色の外套が珍しく急ぎ足で研究室へ入ってきた。
「来て」
短い。相変わらず説明が足りない。ただ、最近はそれでも何となくわかる。急いでいる時ほど言葉が減る。
「何か見つかったんですか」
「古い記録」
それだけだった。
連れて行かれた先は、以前訪れた保管棟のさらに奥だった。空気が乾いていて、紙の匂いが強い。年代物の書物や記録が積まれている場所らしい。天文学、暦学、古代術式理論。普段なら誰も寄りつかないような資料群の中で、主任と数人の研究員が机を囲んでいた。
「お前の空の話、少し面倒なことになった」
主任が疲れた顔のまま紙束を差し出す。
古い観測記録だった。
百年以上前。さらに古いものは二百年以上前まである。そして、その一部へ奇妙な記述が残っていた。
――夜空に薄い影あり。
――星明かり弱まる年。
――術式不調増える。
最初は言葉の意味が飲み込めなかった。
記録としては曖昧だ。今ほど体系立った観測ではない。神話や民間伝承と混ざっている部分もある。それでも、嫌なほど一致していた。
空が変わる、灯りが弱くなる、魔導具不調が増える。
しかも、周期的に現れている可能性がある。
「偶然……ですかね」
自分でも弱い言い方だった、主任は資料を捲りながら首を振る。
「ここまで重なると偶然と言い切れなくなる」
紺色の外套も隣で古い星図を広げている。現在の帯位置と比較しているらしい。粗い記録だが、確かに似たような位置へ薄い印が残されていた。
「消えてる期間、長い」
つまり、過去にもあった。ただ、人が忘れるほど長い周期だった。
その考えへ至った瞬間、妙な寒気が走る。
もし本当に周期現象なら、世界は一度経験している。そして、恐らく乗り切っている。
だが同時に、別の可能性も浮かぶ。今の文明は、当時より遥かに魔法依存が強い。
暖房、保存、輸送、工業、照明。
社会全体が魔法前提で組まれている。つまり同じ現象でも、被害規模は比較にならない。
気づけば窓際へ歩いていた。夕方の空は穏やかだ。ただ、その向こうにある帯だけが少し濃く見える。
昨日より、確実に。
そして初めて、ひとつの嫌な考えが輪郭を持ち始める。
――これは一時的な故障ではない。
世界そのものが、少しずつ変わり始めているのかもしれなかった。




