魔法の不調
会議室の空気が変わったのは、「環境変化」という言葉を口にした直後だった。
もちろん、好意的な意味ではない。
研究者というものは、未知の話へ興味を示す一方で、前提を揺さぶる言葉には本能的に慎重になる。まして今回の問題は、魔法文明全体へ関わる話だ。もし本当に環境変化なら、一都市の設備不良では済まない。理論も、教育も、産業も、全部の見直しになる。
港町の研究者が最初に口を開いた。
「環境とは何だ」
声音は冷静だった。ただ、警戒は混ざっている。当然だと思う。こちらだって逆の立場なら疑う。
「仮説です」
前置きを入れる。
「ただ、設備そのものより“動かす側”が変わっている可能性があります」
紙へ簡単な図を書く。
魔素、術式、設備。
今までは術式異常か設備故障で説明していたものを、供給変動という形で整理し直す。
「魔素濃度自体は大きく変わってない。でも流れが揺れてる。もし魔導具が一定供給を前提に設計されてるなら、新型ほど止まりやすい理由も説明できます」
完全に理解されたわけではない。ただ、反論もすぐには来なかった。
代わりに、商業都市側の研究者が眉を寄せる。
「では、なぜ地域差が出る」
「依存度です」
自分でも少し驚くくらい、言葉が整理され始めている。
「寒冷地は暖房、港町は輸送、商業都市は保冷設備。供給が少し弱るだけでも、依存の高い設備から先に症状が出る」
そこまで説明すると、数人が黙った。完全否定できない時の沈黙だった。
研究者は、納得した時より“反論材料が見つからない時”の方が静かになる。ただ、当然ながら問題は残る。
「その供給変動の原因は?」
北方側の研究者が腕を組む。
そこだった。
現時点で一番弱い部分。証拠がない。
そして、自然と視線が窓へ向いた。
空、例の帯。
言うべきか少し迷う。正直、飛躍が大きい。元の世界の研究室なら、ここで出した瞬間に話が崩れる可能性もある。
ただ、隣から静かな声が落ちた。
「空の話もある」
紺色の外套だった。
即座に数人の視線が向く。
「天文記録に無い現象」
短い説明だけで十分だった。
学院側の研究員は既に事情を知っている。だが他都市側は初耳らしい。少しざわつく。
主任が面倒そうに息を吐く。
「まだ証拠は弱い」
「でも無視できない」
短い応酬だった。
会議室の空気が少し揺れる。理論派は懐疑的。現場側は気になっている。
その温度差が妙にリアルだった。
元の世界でも、異常が大きくなるほど“今動いている人間”と“理論の整合性を待つ人間”で分かれる。正しさより先に対応が必要になる場面は、技術の世界では珍しくない。
結局、その日の会議で結論は出なかった。
ただ、ひとつだけ方針は決まる。
魔素流量の広域観測。
旧式術式の再評価。
そして、空にある帯の調査。
研究機関として正式に動くにはまだ弱い。それでも、少なくとも“異邦人の妙な仮説”では済まなくなり始めていた。
会議を終えて廊下へ出る頃には、外はもう暗くなっていた。
ただ、以前より暗い。
街灯が弱い。
光量が足りない。
学院敷地内ですら頼りなくなり始めている。
「進んだ?」
隣を歩きながら聞かれる。
「半歩くらいです」
「研究、そんなもの」
少し笑う。
妙に納得する言葉だった。
ただ、その直後だった。遠くで、小さな悲鳴が聞こえる。
視線を向けると、通りの先でまた街灯が消えていた。
一本ではない。
二本。
三本。
連続して落ちる。
まるで、見えない何かが街の灯りを順番に消しているみたいだった。




