不作動の増加
他都市の研究者が来る――その話を聞いた時、最初に思ったのは「面倒そう」だった。
期待ではない。不安でもない。ただ純粋に、話が複雑になる予感しかしない。研究機関同士の連携というものは、言葉で言うほど綺麗に進まない。元の世界でもそうだった。大学、企業研究所、公的機関。それぞれ立場が違えば、見ている数字も優先順位も違う。情報共有と言いながら、自分たちに不利な情報は隠す。成果だけは持ち帰りたがる。善意だけで動くほど組織は単純ではない。
もっとも、そんなことを言っていられる段階でもなくなり始めていた。
不調が増えている。それも、目に見えて。
学院市の街灯は以前より暗くなり、停止区域も少しずつ広がっている。保冷設備の効きも悪くなり、肉屋や魚屋では保存時間を気にする声が増え始めた。工房街では熱量制御の乱れが問題になり、宿屋では暖房が安定しない部屋が出始めている。
そして何より厄介なのは、“壊れていない”ことだった。
設備を分解しても異常が見つからない。
術式は正常。魔素濃度も理論上は問題なし。
それなのに動かない。あるいは、動いても弱い。まるで文明そのものが、少しずつ息切れを起こしているみたいだった。
学院へ着く頃には、研究棟の空気もさらに張り詰めていた。机の上には外部都市から届いた資料が積まれ、廊下では見慣れない服装の人間が増えている。地方ごとに学院文化が違うのか、服の色や紋章にも差があった。港町らしい軽装、北方系らしい厚手の外套、商業都市らしい妙に身綺麗な研究者まで居る。
どうやら本当に話が大きくなり始めているらしい。
「来た」
相変わらず足音もなく隣へ現れる。
紺色の外套だった。
「会議」
嫌な単語だった。
研究者の会議というものは、長い。そして大抵、決まらない。
「逃げたい顔してる」
「正解です」
少し笑われた。
最近、表情が増えた気がする。最初の頃は何を考えているのかほとんどわからなかったのに、今は少しずつ癖が見えてきている。短く話す。急に話を進める。興味のあることだけ集中力が異様に高い。そして、人の反応を見る時だけ少し楽しそうにする。
会議室へ入ると、既に空気は重かった。
長机の周囲へ十数人ほど集まっている。主任も居るが、表情が疲れている。話が進んでいないのだろう。
議論の中心は、やはり原因だった。
地脈異常説、広域気候説、測定器不備説、術式世代差説。それぞれ一理ある。ただ、どれも全部は説明できていない。
港町の研究者が言う。
「輸送補助術式だけ極端に弱っている」
北方側が反論する。
「こちらは暖房系統が深刻だ。用途差がある」
商業都市側は保冷設備の異常を主張する。つまり、地域ごとに“先に止まるもの”が違う。
そこが妙だった。
もし単純な供給不足なら、もっと均一に悪化しても良さそうなのに、実際は地域特性に沿って症状が強く出ている。
気づけば、自然と紙へ図を書き始めていた。
地域、設備用途、魔素流量、そして空。
完全に確証はない。ただ、環境変化があるなら“何が優先的に影響を受けるか”は地域差が出てもおかしくない。
例えば寒冷地なら暖房依存が高い。港町なら輸送系。商業都市なら保冷設備。
供給が弱れば、依存度の高いものから先に問題が出る。
そこまで整理した時、ふいに視線を感じた。
気づけば、会議室の数人がこちらを見ている。主任が少し面倒そうな顔をした。
「……何かあるなら言え」
正直、まだ仮説段階だ。だが、もう無視できる空気でもない。
少しだけ息を吐き、紙を机へ置く。
「まだ推測です。ただ――」
視線が集まる。
そして自然と、言葉が続いていた。
「これ、設備故障じゃなくて“環境変化”かもしれません」




