弱くなる灯り
異邦人の仮説――などという呼ばれ方をされた時、最初に浮かんだ感情は微妙な居心地の悪さだった。
仮説と言えば聞こえはいいが、実際のところ根拠はまだ弱い。空にある帯と魔素流量の変動、その発生時期が近いという程度だ。因果関係を示す証拠もなければ、直接的な観測データも足りない。研究者として冷静に考えれば、飛躍しすぎている。
ただ、同時に別の感覚もあった。
誰も説明できていない。それが大きい。
学院内では依然として議論が続いていた。設備老朽化説、局所的な地脈異常説、測定誤差説。どれも一部は説明できる。だが、広域同時発生という現実を前にすると、どこか決定打に欠ける。しかも時間が経つほど、不調は確実に増えていた。
そして、それは学院の中だけの話ではなくなり始めていた。
数日後、市場の空気は明らかに変わる。
最初は噂だった。
最近灯りが暗い。暖房が弱い。保冷箱の効きが悪い。そんな程度の話で済んでいたものが、今では露店同士の雑談でも頻繁に出るようになっている。
歩いているだけで断片が耳に入る。
港町じゃ荷運び術式が止まった。
北では暖房不足で宿代が上がった。
学院市の街灯、また消えたらしい。
誰も大声では話さない。ただ、声の調子だけが少し低い。不安というものは、まだ確信が持てない時ほど広がり方が厄介だった。
地球でも同じだ。災害直前や供給不安の時、人は最初に「気のせい」で済ませようとする。次に噂が増え、最後にようやく現実だと認め始める。
今は、その中間くらいに見えた。
学院を出た帰り道、ふと違和感があって足を止める。
街灯だった。
壊れてはいない、点いている。ただ、暗い。
青白かったはずの光が少し鈍く、頼りない。まるで燃料切れのランタンみたいに弱々しい。
一本だけではなく、通り沿いを見渡すと、何本か同じ状態のものが混ざっている。
完全停止ではない。ただ、明らかに出力が落ちている。
そこが逆に嫌だった。
壊れているなら修理できる、交換もできる、原因も探しやすい。
だが、“全体的に弱っている”という現象は厄介だ。地球でも、電力供給そのものが不安定になった時の症状に近い。設備は正常なのに、全体がどこか頼りない。
気づけば足を止め、街灯を観察していた。
術式自体に異常は見えないし、構造も壊れていない。それなのに光量だけが足りない。
自然と、例の古い測定器を持ち出したくなる。
「また仕事モード」
横から声が落ちる。
紺色の外套だった。
いつの間にか隣に居る。相変わらず足音がない。
「帰りですか」
「呼びに来た」
短い返事だった。
「学院、少し面倒」
嫌な予感しかしない。研究者の言う“少し面倒”は、大抵面倒では済まない。
「何がです?」
少し間が空く。
そして、いつもより少し真面目な声で言った。
「他の街、来る」
意味がわからず顔を上げる。
「来る?」
「研究者」
そこで理解する。学院市だけでは済まなくなったのだ。
港町、北方都市、商業都市。各地で同じ異常が起きている以上、それぞれの学院や研究機関も動き始める。そして、原因が掴めないなら情報交換になる。
つまり。
話が、大きくなっている。
研究室の問題ではない。街の問題でもない。都市単位の異常が、広域現象として認識され始める。
そしてその中心に、魔素流量変化という新しい仮説がある。正直、あまり良い予感はしなかった。
理論が揺らぐ時ほど、人は協力するより先に責任の押し付け合いを始める。元の世界でも、大規模トラブルほど組織間の政治が増えた。
それでも、少しだけ別の感覚もある。
もし本当に世界規模なら。
もし本当に空と関係があるなら。
一都市の設備修理だけでは済まない。
そして、その時こそ仮説が必要になる。
窓の外では、街灯がまた少しだけ弱く瞬いていた。まるで街そのものが、静かに体力を失い始めているみたいだった。




