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魔法の終わる空  作者: 国産狂人
魔法の理屈

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奇妙な観測記録

 旧式術式の解析と改修案の話は、その日一日で妙な広がり方をした。


 最初は研究室の一部だけの話だったはずが、夕方には別部署の研究員まで顔を出し始める。理由は単純だった。街の不調が、もはや研究テーマでは済まなくなり始めているからである。暖房設備が止まれば宿屋が困る。保冷設備が止まれば食料が腐る。工房設備が不安定になれば生産が落ちる。街灯の不調も既に目立ち始めていた。異常の規模が大きくなるほど、学院の外から掛かる圧力も強くなる。


 当然ながら、研究室の空気も少し変わり始めていた。


 最初は“変わった異邦人”を見る目が多かった。魔法を使えず、理論も知らないのに妙な視点を持ち込んでくる人間。その程度だったはずが、今は違う。流量変化の仮説、術式の構造差、修理成功例。説明しづらいが、無視もできない。そんな立ち位置へ少しずつ変わり始めている。


 もっとも、居心地が良いかと言われれば微妙だった。


 期待され始めるということは、責任も増える。


 元の世界でもそうだった。問題を解決できる人間ほど、次の問題まで当然のように振られる。一度「できる側」へ分類されると、断る理由が必要になる。


 その日の帰り道も、頭の中では術式改修のことばかり考えていた。


 新型術式は効率が良い。ただ、環境変化へ弱い。旧式は効率こそ悪いが余裕がある。なら、両方の中間を作れないか。流路を少し太くし、逃げ道を増やし、供給変動へ耐性を持たせる。理屈としてはわかる。


 問題は、自分が魔法理論を知らないことだった。


 回路として見ることはできる。構造もある程度理解できる。ただ、それが実際にどんな挙動を起こすのかまでは読めない。


 地球で例えるなら、基板を見て配線構造はわかるが、電圧条件や動作仕様を完全には知らない状態に近い。


 危うい。成功する保証はない。それでも、試さなければ止まる設備は増える。


 古物屋へ戻る頃には、空はすっかり暗くなっていた。



*****



 街灯の消えた区画が少しずつ増えている。数日前までは局所的だったものが、今は通り全体へ薄く滲み始めていた。完全な停電ではない。ただ、青白い光が弱く、ところどころ暗い場所が増えている。


 便利な文明ほど、少しの不便が目立つ。


 地球でも、信号機が一部止まるだけで急に不安が広がる。理由は簡単で、皆が“動いて当然”だと思っているからだ。


 部屋へ戻ると、自然と窓際へ足が向いた。


 望遠鏡。


 ここ数週間で、すっかり習慣になってしまった。


 工房のことを考える日も、修理に追われる日も、結局最後は空を見る。理由は自分でも曖昧だった。ただ、知らない空を見ていると、少し頭が整理される気がする。


 望遠鏡を調整し、例の帯へ視線を向ける。


 そして、少し違和感を覚えた。


 位置が違う。


 いや、昨日も動いていた気はする。ただ今日はもう少し明確だった。粗末な望遠鏡でもわかる程度には、帯の輪郭が少しずれている。


 気のせいではない。


 記録を引っ張り出す。


 観測日、位置、角度。

 簡易的なスケッチ。


 見比べるほど、違和感が強くなる。


 動いている。


 ゆっくり。だが確実に。


 しかも、ただ移動しているようには見えなかった。少しずつ広がっている。そんな印象すらある。 もちろん、見間違いかもしれない。望遠鏡の誤差かもしれない。観測条件の差という可能性もある。


 ただ、嫌な予感だけは強かった。


 昨日、観測塔で見た時の反応を思い出す。


 ――前から、あった?


 あの言い方。


 つまり、学院側でも見慣れた現象ではない可能性が高い。そして、もし本当に最近現れたものだとしたら。


 空、魔素変動、設備不良。


 全部が、偶然同じ時期に起きている。研究者として一番危険なのは、無関係なものを強引に結びつけることだ。ただ同時に、説明できない違和感を捨てるのも危険だった。


 迷った末、紙を引き寄せる。


 観測記録を書き足す。


 位置変化、輪郭、広がり方。


 そして最後に、ひとつだけメモを書く。

 ――魔素変動との関連性、未確認。


 証拠はない。仮説にも届かない。


 それでも、記録だけは残しておく。後から見返した時、一番役に立つのは、案外こういう雑な違和感だったりする。


 そして翌朝、学院へ着くなり、紺色の外套が珍しく少し急いだ様子で近づいてきた。


「観測記録、見せて」


 いつもより声が速い。


 嫌な予感しかしなかった。


「……何かありました?」


 少し間が空く。


 そして、小さく言った。


「古い天文記録に、無い」

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