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魔法の終わる空  作者: 国産狂人
魔法の理屈

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術式という回路

 研究室の空気が変わったのは、測定器へ出た波形が偶然ではないとわかり始めた頃だった。


 最初、主任を含め誰も半信半疑だった。古い測定器である以上、誤作動の可能性もある。地下倉庫へ放り込まれていた理由だって、精度不足や旧式化かもしれない。ところが、時間を変え、場所を変え、別の設備周辺でも確認を始めると、結果が妙に揃い始めた。


 魔素の流れが揺れている。


 濃度自体は大きく変わらない。だが供給に微妙な波がある。しかも、その揺れは止まった魔導具周辺ほど大きい傾向が見え始めていた。


 理論が崩れる瞬間というのは、不思議な静けさがある。


 誰かが騒ぐわけではない。大声で反論が起きるわけでもない。


 ただ、部屋全体が少しずつ口数を減らし、皆が資料を見直し始める。今まで積み上げてきた前提へ、目に見えないひびが入った時の空気だった。


 主任は机へ肘をつきながら、何度目かの測定結果を睨んでいる。


「濃度一定、か」


 自嘲に近い声音だった。


 誰も返事をしない。


 測定器が違えば結果が変わる。つまり今までの理論は、“見えている範囲だけ正しかった”可能性がある。地球でも珍しくない話だった。新しい観測技術が出るたびに、正しいと思われていた理論の輪郭は少しずつ変わる。


 ただ、今回厄介なのは、それが文明の根幹に直結していることだった。


 魔法が不安定になる。


 それは単なる研究テーマではない。街灯が消え、保冷設備が止まり、工房設備まで不調を起こしている以上、生活そのものへ影響が出始めている。


 研究員の一人が低い声で呟く。


「もし供給側なら……」


 その先は誰も続けなかった。考えたくないのだろう。


 空気みたいに存在しているものが揺らぐという発想自体、この世界の人間には現実味が薄い。ただ、こちらには少し違う見え方があった。


 魔法という言葉を一度脇へ置けば、これはエネルギー供給問題に近い。燃料不足、電圧変動、インフラ不安定。元の世界でもいくらでも例がある。問題は原因がわからないことと、誰もその前提を疑ってこなかったことだった。


 測定結果を見直していると、ふと気づく。


 止まり方に共通点がある。完全故障ではない。壊れているわけでもない。


 まるで“動ききれない”止まり方だった。


 そこで自然と、机の上へ置かれた暖房器具へ手が伸びる。数日前に修理した物で、一度正常動作へ戻ったあと再停止した個体だった。


 改めて術式部分を見る。やはり壊れていない。線は繋がり、欠損もない。


 ただ、今までと少し見方が変わっていた。


 術式


 この世界では魔法陣や理論構造として扱われているもの。だが、こちらから見ると妙に見覚えがある。


 回路だ。


 正確には電子回路そのものではない。ただ役割が似ている。流れを制御し、分岐し、出力を安定させる構造。入力があり、処理があり、結果が出る。


 魔法というより、機構だった。


「これ、回路ですよね」


 無意識に呟いていた。


 主任が顔を上げる。


「カイロ?」


 言葉が通じない。


 少し考えながら説明を探す。


「流れを整える仕組みです。水路みたいなものというか……流れてくる力を分けたり、強くしたり」


 研究員たちの視線が集まり始める。


 少し嫌な空気だった。こういう時、大抵話が長くなる。


「つまり?」


 主任が続きを促す。


「術式って、魔法そのものじゃなくて“制御装置”なんじゃないですか」


 部屋が少し静かになる。


 理解が追いついていないというより、想定外の角度だったのだろう。こちらとしては自然だった。


 地球の技術者から見ると、動力源と制御系を分ける発想は当たり前だ。エンジンと制御装置。発電機と回路。流れを使う以上、整える仕組みは必要になる。


 なら、魔法も同じではないか。


 魔素というエネルギーがあり、術式が流れを制御している。


 もし供給が不安定なら、新型ほど止まりやすい理由も説明がつく。効率化された機械ほど入力条件に敏感になるのは珍しくない。余裕の少ない最新設備ほど、環境変化に弱いことは地球でもよくある話だった。


 気づけば、紺色の外套が隣まで来ていた。眠そうな目なのに、今だけ妙に真剣である。


「……面白い」


 またその言葉だった。


 嫌な予感しかしない。


 そして次の一言で、さらに面倒な方向へ話が転がり始める。


「古い術式、見に行こう」

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