違う星系
街灯が消え始めたという報せは、その場にいた研究員たちの空気を一気に変えた。
数日前までなら「局所的な不具合」で済んでいた話が、今では誰の顔にも少しずつ現実味を帯び始めている。生活用設備だけではない。工房設備、輸送補助、保冷機構まで不調が広がっている以上、これは単なる偶然では済まない。研究員たちは慌ただしく資料を抱え、現地確認へ向かう者、測定器を持ち出す者、記録の照合を始める者へ分かれていった。
ただ、その中で妙に落ち着いている人間が一人いた。
紺色の外套は、窓の外を眺めたあと、机へ散らばった資料へ視線を戻している。普通なら慌てても良さそうな状況なのに、妙な静けさがある。恐らく、頭の中では既に別の計算が始まっているのだろう。研究者というものは、問題が大きくなるほど逆に冷静になる種類が居る。
「行かないんですか」
自然と問いかける。
「行っても、見るだけ」
短い返答だった。
「今ほしいの、理由」
言っていることはわかる。壊れた現場を見るだけなら修理屋でもできる。問題は、なぜ起きているのかだ。
研究棟の騒がしさを横目に見ながら、自然と机へ残った資料へ視線が戻る。止まった魔導具の一覧、年代、使用用途、設置場所。相変わらず共通点は見えない。ただ、新型ほど止まりやすいという傾向だけは、少しずつ無視できない程度に揃い始めていた。
そこがどうしても引っかかる。
技術というものは、普通なら改善される。地球でも新型ほど効率が良く、消費エネルギーが減り、安定性が増す。もちろん失敗作もあるが、世代が進むほど性能は基本的に上がる。
それなのに、今回は逆だった。新しい魔導具ほど不安定で、古い設備ほど比較的動いている。
まるで。
――何か前提条件が変わった世界へ、最新技術だけが適応できなくなっているみたいだ。
そこまで考えて、ふと視線が止まる。
前提条件、環境、供給。
昨日から頭の隅に引っ掛かり続けているものがある。
空
夜ごと観測していた、あの靄のような帯。
もちろん現時点では結びつけるには飛躍が大きすぎる。街灯故障と天体現象など、普通に考えれば関係があるはずがない。ただ、研究というものは、説明できない違和感を雑に捨てた時ほど後から痛い目を見る。
気づけば、小さくため息をついていた。
「また変なこと考えてる」
横から声が落ちる。
資料を抱えたまま、眠そうな目でこちらを見ている。
「顔に出てます?」
「かなり」
少し迷う。
言うべきか。まだ根拠はない。ただ、話すなら研究者の方が早い。
「空、見てるんです」
数秒、沈黙が落ちた。
「趣味?」
「趣味です」
「今その話?」
正しい反応だった。自分でもそう思う。街の設備が止まり始めている最中に星の話を始めるのは、どう考えても順番がおかしい。
それでも続ける。
「星の位置が違うんです」
そこでようやく表情が少し動く。興味の方向が変わったらしい。
「違う?」
「元いた場所と、です」
夜空を思い出しながら言葉を選ぶ。
星座がない。天の川に似た構造はあるが配置が違う。惑星らしき天体も動き方が違う。最初は季節や緯度を疑った。だが、観測を続けるほど説明が難しくなる。
「ここ、少なくとも地球じゃない」
口にしてから、少し妙な気分になる。頭では理解していた。魔法があり、知らない文明があり、見たことのない建築がある。別世界だと認識していたつもりだった。
それでも、“別の星系”という言葉に変換すると急に現実味が増す。
帰れない距離、知らない空、文明ごと違う場所。
それが少しだけ胸に重かった。ただ、返ってきた言葉は意外だった。
「面白い」
嫌な予感しかしない。研究者のその反応は、大抵ろくな方向へ進まない。
「観測記録、見せて」
即答だった。
「あと、その空の違和感も」
そして少し間を置き、珍しく真面目な声で続ける。
「今、常識疑うの大事かもしれない」
研究棟の外では、また街灯がひとつ消えた。生活の不便は、もう“気のせい”で済む段階を過ぎ始めている。
そしてこちらもまた、別の違和感を無視できなくなり始めていた。空の異常と地上の不調。その二つが本当に無関係なのか、少しずつ疑い始めている自分がいた。




