売れる仕組み
工房街でも魔導具の不調が出始めたという話は、思っていた以上に現実味があった。
翌日、市場へ向かう途中、鍛冶場の前で足を止める人が少し増えていることへ気づく。職人同士が立ち話をしている姿も目立つ。景気の話にしては空気が重い。耳を傾けるつもりはなかったが、近くを通るだけで単語が断片的に聞こえてきた。
熱が安定しない。軽量化術式が途中で止まる。乾燥設備の効率が落ちた。
全部が同じ話ではない。ただ、方向だけは揃っている。魔法が少しずつ頼りなくなっている。
まだ誰もそう言葉にはしていないが、生活の中へ静かに違和感が入り込み始めていた。もっとも、こちらとしては不安ばかり見ている余裕もない。
仕事は増えている。
修理依頼は学院へ積まれ、筆記具の追加注文も止まらない。工房候補の話も進めなければならず、気づけば生活が完全に“異世界サバイバル”から“事業立ち上げ”へ変わり始めていた。
ただ、そこで少し気になり始めたことがある。
売り方だ。
作れるだけでは足りない。売れる仕組みが要る。
地球でも技術だけでは食べていけない会社を何度も見てきた。良い物は作れる。性能も高い。けれど販路がない。営業が弱い。価格設定が雑。その結果、品質では劣る競合へ市場を取られる。
技術と商売は別物だった。
昼過ぎ、古物屋へ戻ると、店主は帳簿を前に何やら計算していた。
「相談があります」
声を掛けると、少し嫌そうな顔をする。
「金か?」
「売り方です」
そこで少し表情が変わる。
商人らしい顔。
「ほう」
試作品を机へ並べながら、今考えている問題を話す。筆記具は売れている。ただ、一つずつ手売りしているだけでは限界がある。品質管理もしなければならない。工房を持つなら固定費も増える。つまり、“何となく売れる”では危ない。
店主は黙って聞いていたが、途中で鼻を鳴らした。
「簡単だ」
意外だった。もっと複雑な話になると思っていた。
「使わせろ」
「……試供品?」
「そうだ」
帳簿を閉じながら続ける。
「役人、商人、学者。この辺に貸す。便利なら勝手に広がる」
なるほど、と思う。広告より先に体験を作る。一度便利さを知れば戻れない。地球でも無料体験やサンプル配布はよくある話だった。
「ただし」
店主が指を立てる。
「高く売るな」
少し意外だった。
「最初は?」
「手間が減る道具は広めた方が勝つ」
市場を先に取る。普及を優先するという長期戦の発想だった。
少しだけ感心する。やはり商人は現実的だ。
「高級品から入ると思ってました」
「馬鹿がやるやつだ」
言い切られた。
「高い物は数が出ん。便利な物は広めろ。慣れた頃に次を売る」
妙に納得してしまった。技術者は性能へ目が行くが商人は習慣を見る。
視点が違う。だから組む価値がある。
その後、試しに役所勤めへ数本流す話が決まり、木工職人側とも量産の段取りを少し進めることになった。削り用の簡易型を作り、穴の寸法も固定する。品質のばらつきを減らすだけで歩留まりはかなり変わる。
規格、基準、型。
この世界ではまだ珍しい考えなのかもしれない。ただ、魔法が少しずつ不安定になるなら、なおさら再現性のある技術が必要になる。
同じ品質、同じ結果、誰が作っても同じ。
それは地球では当たり前だった。だが、この世界では案外価値になるのかもしれない。
*****
夕方、学院へ顔を出すと、研究棟の空気はさらに慌ただしくなっていた。
街灯だけではない。
工房設備、保冷設備、輸送補助術式。
不調報告が明らかに増えている。
そして主任が、少し疲れた顔で言った。
「嫌なことがわかった」
その声音だけで、ろくな話ではないと理解できた。




