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魔法の終わる空  作者: 国産狂人
工房と星図

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23/60

職人との距離感

 翌朝、街の空気は少しだけ落ち着きを失っていた。


 昨日、中央区画で街灯が一斉に止まった話は、思っていた以上の速さで広がったらしい。市場へ向かう途中、露店同士の会話がいつもより少し低く、慎重になっていることへ気づく。商売の話とも違う。値上がりや景気の噂なら、もっと声が大きい。今朝のそれは、理由のわからないものに対する探り合いに近かった。


 保冷箱が急に冷えなくなった。暖房が途中で止まった。街灯が消えた。断片的な話ばかりで、誰も全体像は掴めていない。それでも、人というものは生活へ関わる異変には敏感だった。魔法が特別な力ではなく、日用品として生活へ入り込んでいる世界ならなおさらである。地球で例えるなら、突然電化製品が理由もなく止まり始めるようなものだ。しかも、原因が誰にもわからない。


 学院では議論が続いていた。


 魔素濃度は正常値。術式構造にも異常なし。測定具も問題なし。それなのに魔導具だけが止まる。理屈が噛み合わない時ほど研究者は静かになる。元の世界でも、説明のつかない設備停止ほど空気が悪くなるものだった。理論が正しい前提で積み上げてきた人間ほど、その理論が現実と噛み合わなくなった瞬間に言葉を失う。


 もっとも、こちらには研究だけへ集中できる余裕もなかった。


 修理依頼は増え始めている。筆記具の追加注文も来ていた。工房の話も動き始めている。そして、もし本格的に仕事として回すなら、一人では限界が近い。


 問題は木工だった。


 筆記具の品質が安定しない最大の理由はそこにある。寸法が揃わない。削り精度もばらつく。同じ形を複数作るという発想自体が、この世界ではまだ職人の感覚へ強く依存していた。地球で言えば工業化前夜のような状態だ。熟練職人はいる。だが規格化という考えが弱い。


 だからこそ、誰かを頼る必要があった。


 昼過ぎ、紹介された木工房へ向かう道中も、頭の中では工房の配置ばかり考えていた。作業台の位置、棚の数、修理品の保管方法、客対応の導線。仕事場というものは、意外と動線で効率が変わる。研究室でもそうだった。工具を取りに歩くだけで作業効率は落ちるし、物の置き場所が曖昧だと、探す時間だけで半日が消える。


 異世界へ来てまでこんなことを考えている辺り、随分現実的になったものだと思う。


 木工房は市場から少し外れた場所にあった。建物へ近づくにつれ木の匂いが濃くなり、入口近くには削り屑が風で吹き寄せられている。中へ入ると、壁際には半加工の板材が並び、奥では年配の男が無言で鉋を動かしていた。動きに無駄がない。見るからに長年やっている手だった。


 ただ、こちらを見る気配がない。


 少し間を置いてから声を掛ける。


「紹介で来ました」


 返事はすぐ来なかった。


 木を削る音だけが続き、ようやく手が止まった頃、男が顔だけを上げる。


「何屋だ」


 短い問いだった。


「修理と、道具作りです」


「鍛冶か」


「どちらかと言えば工学寄りです」


 通じない。当然だった。


 少し言い換える。


「便利な物を作ります」


 そこでようやく興味を持ったらしい。視線が少し動く。値踏みの目だった。職人特有の、相手の技術を測る視線である。


 元の世界でも似た経験は多かった。現場の熟練技術者ほど、外から来た理屈屋を嫌う。経験で積み重ねたものを、数字だけで説明されることを好まない。だから最初に必要なのは説明ではなく結果だった。


「何作る」


 鞄から試作品の木製の筆記具を取り出す。


 男は無言で受け取り、指先で重さを測るように持ち替えたあと、少し眉を寄せる。


「変な形だな」


「便利なんです」


「便利そうには見えん」


 まあ、その通りである。


 見た目だけなら、少し太い木の棒だ。説明を重ねるより早いと思い、紙を借りて試し書きを見せる。途中でインク壺へ戻らず、そのまま線を書き続ける様子を見せると、男の目がほんの少しだけ変わった。


「貸せ」


 数本、線を引く。文字を書く。また線を引く。


 動きが止まった。


「……面倒が減るな」


 その言葉に少し安心する。


 職人が価値を認める瞬間は、だいたいそこだった。見栄えでも理屈でもない。作業量が減るか、時間が短くなるか、身体が楽になるか。


「同じ形で揃えたいんです」


「数が要るのか」


「増えそうです。ただ、品質は揃えたい」


 男は試作品を机へ置き、今度は真面目に眺め始めた。穴の太さ、削りの癖、握り部分。無意識に見ている場所が職人だった。


「揃えるなら治具が要る」


 少し驚く。


 言葉は違うが、考え方が近い。


 型、基準、規格化。


「作れますか」


「金次第だ」


 悪くない返事だった。断られていない。つまり交渉の余地がある。


 工房、職人、量産。少しずつ形が見え始める。生活が“その場しのぎ”から、“根を張る準備”へ変わっていく感覚があった。


 ただ、その帰り道だった。通りへ出た瞬間、違和感が視界へ入る。


 街灯が暗い。


 一本ではない。数本。


 青白い光が弱く、何本かは完全に消えている。しかも昨日の中央区画だけではない。市場近くでも止まり始めていた。


 通りの先では、小さな人だかりができている。


 何かが、確実に広がり始めていた。

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