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魔法の終わる空  作者: 国産狂人
見知らぬ空の下で

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値段のない持ち物

 店の中へ入ると、外から見た印象よりも空気が重かった。


 狭いというより、物が多すぎるのだろう。棚の上から古道具が溢れ、床には木箱が積まれ、壁際には用途のわからない金属片や壊れた器具が雑然と並んでいる。少し身体を動かせば、どこかで金属同士が触れ合い、小さな音を立てた。


 古物屋というより、物に埋もれた倉庫だった。


 木材は乾燥している。湿気は少ない。金属類の錆も想像より軽い。雑然としているが、完全に放置されているわけではないらしい。物を積む場所にも一応の理屈が見えた。


 その一方で、天井近くには青白い灯りが浮かんでいる。門の上で見たものと同じだった。炎の揺らぎはない。煙もない。ただ、透明な鉱石のようなものが淡く発光している。


「珍しいか」


「ええ。見たことがなくて」


「魔灯だ。火を使わんから便利だぞ」


 当たり前のような口調だった。つまり、この世界ではこれが日用品なのだろう。


 魔法


 看板に書かれていた文字が頭をよぎる。少なくとも、見世物や宗教の奇跡ではなく、生活技術として普及しているらしい。


 店主は椅子へ腰掛けると、机を軽く叩いた。


「さて、商売だ。まず名前を聞こうか」


「セイジです」


「変わった響きだな。まあいい。俺はボルグ」


 短く名乗ると、椅子の背にもたれた。


「で、何を持ってる」


 問題は順番だった。


 価値が高い物を最初から見せすぎれば足元を見られる。逆に価値が低すぎると興味を失われる。そして何より、理解されない技術は時に危険物になる。


 スマートフォンは最後、そう決めた。まずは安全なものから、鞄から筆記具を一本取り出す。


 店主が受け取り、眉をひそめた。


「筆記具か」


「ええ」


「インク壺は?」


「不要です」


 怪訝そうな顔になる。紙を引き寄せ、試すように線を引いた。


 さらりと文字が走る。


 一度止まって、もう一度書く。


 店主の目が少し変わった。


「なんだこれは」


「中にインクが入っています」


「……壺なしで?」


「ええ」


 しばらく無言で観察していたが、やがて紙へ何本も線を引き始めた。試しているというより、仕組みを確かめている。


「作れるのか?」


 最初にそこへ行くか、と少し感心した。


「今は難しいです」


「今は?」


「道具と材料が揃えば、似たものは考えられます」


 返事を聞いた瞬間、相手の目が変わる。珍品ではなく、技術として見始めた。


 警戒する。


 技術は金になるが、囲い込まれもする。


「ふむ」


 机へ置かれた筆記具が、少しだけ価値を持ったように見えた。


 次に折り畳み傘を出す。


「なんだそれは」


「雨避けです」


 広げる。


 ぱっと布が開き、店主の肩がわずかに跳ねた。


「おお」


 門番まで近づいてくる。


「小さい天幕みたいなものか」


「一人用ですね」


 店主は骨組みをじっと見つめた。


 軽い、細い、折り畳める。


 何度か開閉を繰り返し、子供のように少し楽しそうな顔をした。


「面白い」


「遊ぶ物ではないですよ」


「便利そうだ」


 今度は開閉機構を見始める。


 仕組みに興味があるらしい。


 悪くない。


 話の通じる相手かもしれなかった。


 次に簡易工具を出す。


 刃物、小型工具、金具が一体化したものだった。


「武器か?」


「工具です」


「……武器にもなるな」


「本来の用途ではありません」


 何度か刃を開閉し、金具の噛み合わせを確認している。


「変な構造だが、便利そうだ」


 やはり反応がいい。


 逆に、モバイルバッテリーは駄目だった。


「黒い石か?」


「……近いです」


「何に使う」


 説明に困る。


 電気概念が存在しない。


「灯りの元、みたいなものです」


「光らんぞ」


「今は使えません」


「壊れてるのか」


「近いです」


 興味を失われた。


 当然だった。


 使い道がわからない物に値段はつかない、問題はここからだった。


 店主が机を軽く叩く。


「さて、結論だ」


 空気が商談のものへ変わる。


「筆記具と変な天幕、それから工具には値がつく」


「他は?」


「珍しいが、売れん」


 妥当だった、価値とは需要だ。


 需要が説明できなければ、ただの変な物になる。


「どれくらいになりますか」


 少し考えるように顎を撫でる。


「数日なら食いつなげる程度か」


 安い。だが、ゼロではない。現状を考えれば破格とも言える。問題はその先だった。売れば終わる。持続性がない。


 なら。


「相談があります」


「嫌な予感がする言い方だな」


「働かせてもらえませんか」


 門番が吹き出した。


「急だな!」


「他に手段がないので」


 店主は黙ったままこちらを見る。


 値踏み。商人の目だった。


「何ができる」


 難しい質問だった。


 工学博士?会社員?技術者?


 そのまま説明しても通じない。


「問題解決です」


 しばらく沈黙が落ちた。


「胡散臭ぇな」


 もっともだった。


「物を作るのも好きです」


「鍛冶か?」


「少し違います」


「職人?」


「近いです」


 嘘ではない。物理現象と仕組みを扱う人間なのだから、広い意味では職人に近い。


 店主は椅子へ深く座り直した。


「寝床は物置。飯は朝晩。給金は仕事次第」


 思ったより悪くない。いや、かなり良い。無一文の異邦人に出す条件としては十分すぎた。


 だが、確認したいことがある。


「条件があります」


「お前、意外と図々しいな」


「商売なので」


 少し間を置いて言う。


「売却した品の値段、見せてもらえますか」


 店主が目を丸くした。


「信用してねぇな?」


「相場を知りたいだけです」


 門番が呆れたように笑う。


「初日から金勘定か」


「金が尽きると困るので」


 しばらく沈黙。


 そして突然、店主が笑い出した。


「気に入った!」


 腹を抱えて笑う。


「金に細かい奴は嫌いじゃねぇ!」


 門番まで笑い始めた。何が面白いのかは少しわからない。


 ただ、悪い空気ではないらしかった。


「いいだろう。働け」


 そう言って立ち上がる。


「今日からお前は店番兼雑用だ」


 ほっと息をついた。


 少なくとも、今夜の寝床はある。最悪の事態は避けられた。


 帰れるかどうかはまだわからない。ここが何処なのかも知らない。


 それでも、人がいて、商売があって、貨幣がある場所なら、生きる方法は見つかる。


 そう考えた時、店の奥で、何かが目に入る。


 作業台の上に青白く光る石の周囲を金属の輪が囲み、その上で金属製のスプーンがゆっくり浮いていた。


 糸も支えもない。重力を忘れたように、静かに宙で回っている。


 思わず足が止まる。


「初めて見るか」


 店主が言った。


「……ええ」


「簡易魔導具だ。浮遊術式ってやつだな」


 魔法


 やはり、本当に存在している。見間違いではなく、比喩でもなく、技術として。


 しばらくその光景を見つめた。そして、ひとつの考えが頭をよぎる。もしこれが法則なら、理解できるかもしれない。理解できるなら、扱える。


 使えないとしても、作る方法くらいは見つけられるかもしれなかった。

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