第7話 我輩は、剣なのだ
何て自分勝手な神なのか。
我輩が最初に抱いた所感はそれである。
生まれて初めて力を解放した? それが、ルドルの体を乗っ取ることだとでも言うのか。
我輩は剣なのだ。
それならば、何故。――何故。剣として生きることを選ばせてはくれなかった。
我輩は、せめて。
――せめて、ルドルに剣を抜いて欲しかった。
こんな風に死んだ彼の体を乗っ取るのではなく、我輩は剣である我輩のまま彼の傍にいたかった。
こんな力は全く望んでいない。
こんな。
――こんな、死体荒らしみたいなやり方などっ。
『ミストル。落ち着いて』
「――」
ぽん、と彼の声に背中を撫でられた様な気がした。
彼はもはや声でしか気配を感じられない。温もりが感じられるはずもない。
それなのに、不思議だ。ルドルの声はいつだって穏やかで、緩やかな熱を宿している気がする。内側からゆっくりと背中を撫でられた様な感覚がして泣きたくなった。
『確かに死んでしまったことは悔しい……と思う。もっとしたかったこともあったし、まだ母さんに親孝行をしきれていなかったし。アーク君達も……村の人達もみんな死んで、実感が湧き切れていない、っていうのもあるし。……途方に暮れちゃいそうだし、きついんだけど』
「……」
『でも、……それと同時に、今のこの状態を喜んでいる自分もいるんだ』
「……。喜ぶ、だと?」
『うん。……だって、やっとミストルとお話が出来たから』
「――っ」
そんな些細なことで。
たった、一振りの剣と話せただけで。
彼は嬉しいと笑うのか。
どうかしている。本当にどうかしている。
彼は、もっとこの状況に怒っても良い。理不尽さに怒り狂って、憎んだって良いのだ。
それなのに、彼は言う。
我輩と会話が出来て、嬉しいと。
出会ってから変わらない。
剣に食事を持ってきたり、寒いからとマフラーを巻いてくれたり、いつも話を聞いてくれて安心すると感謝したり。
底抜けなまでのお人好しだ。
本当に。
〝やっとミストルとお話が出来たから〟
本当に――。
「……お前は、大馬鹿者であるな」
『そうかな? 果報者だよ』
「殺されたのに。……我輩が目的だとあやつらは言っていた。お前が死んだのは、我輩のせいだ……っ」
『違うよ。それは違う』
はっきりと、ルドルは否定する。
静かで穏やかなのに、どこか抗いきれないほどの強さが凛と秘められていた。
『悪いのは、村を滅ぼした彼らだよ。そこを間違ったらいけない』
「……っ」
『ミストルのせいじゃない。僕は、君を恨んでないし、むしろ仇まで討ってくれて感謝してるんだから。そんなこと、二度と言わないで。……ね?』
「……お前は……っ」
やはり、底なしなまでの大馬鹿者だ。
彼は死んでも変わらない。
恐らく彼の母親は、この状況を嘆いているだろう。大して付き合いの無かったアークもこの理不尽さを恨めしく思っているだろう。付き合いの全く無かった村人達は尚更だ。
それでも今、我輩が話を出来るのは彼だけである。
ならばもう、彼の言葉を主軸に納得するしかない。
「……分かった」
『うん』
「……それで。何故、我輩のサポートとやらを?」
『うん。えっと、……まず、ミストルの力の説明からするね』
まさか、ルドルを通じて神から我輩自身の力について聞くことになるとは思わなかった。我輩を生み出したのならば、最初から自然と分かる様にしておいてくれと悪態を吐きたくなる。
『武器って、普通は誰か持ち主がいて、その持ち主が振るうよね?』
「無論。それこそ武器の本来の使われ方であるからな」
『でも、ミストルは違うんだって』
違う。
まさか、そもそも剣ではないとでも言い始めるつもりだろうか。ルドルの腰に差してある剣は紛れもなく剣の形をしているのに。
悶々としていると、とんでもないことを言い放たれた。
『ミストルの主は、ミストル自身なんだって』
「……は?」
『だから、ミストルにしか扱えない。今までミストルのことを誰も地面から抜けなかったのはそういう理由なんだって』
剣の主は剣。
だから、誰も地面に突き刺さった我輩を抜けなかった。
そんな不条理があるか。
ならば、どうやって――。
『だから、ミストルの力を発揮するには、まずそこらへんで死にかけている人間か亡くなったばかりの遺体に憑依する必要があるんだって』
「――」
とんでもない事実を聞かされた。
死にかけている人間。もしくは、亡くなったばかりの遺体。
そんな酷い状態の人間に、我輩は憑依しなければ我輩を扱えない。
言われた意味をすぐに咀嚼することは出来なかった。
しかし、現状確かに我輩は即死したルドルの体に憑依している状態だ。
その意味するところは。
『その憑依した体で、ミストルの剣を握って剣として振るうも良し、無尽蔵な魔力を使って魔法を自由自在に扱うも良し。そういう風に創られたのがミストル。今の状態がまさしくそうだってことだね』
神が教えてくれた力が、まさしく正しいと証明しているのと同じである。
「……うそ、であろう……」
何という悪条件。
死神、と言っても良い。まさしく、ルドル達の村は滅亡した。
誰も我輩を抜けなかった理由。我輩がルドルの体を乗っ取った衝撃。ルドルの体で我輩が引き抜けた事実。今までの比ではないほどの圧倒的な力で、魔法を振るえた現実。
全て、辻褄が合ってしまう。
まさかの己の力の真実に、頭が痛くなってきた。これが、頭痛。体験した原因が酷すぎて泣きたくなった。
「……ルドル」
『ミストル。何度も言うけど……僕は、もし誰かに体を使われるなら君が良い。他の人に悪用されるんじゃなくて、君が使う人で良かった』
「……」
『憑依した体は、君の剣に宿る莫大な魔力が体内を循環することによって、衰えていくことがなくなるって神様は仰っていた。……君が望む限り、僕の体でどこにでも行ける』
「……。……どこにでも」
親しかった友とも家族とも言えるルドルの体。
それを半永久的に扱うのは、死体に鞭を振るうのと同じではないか。
しかし。
『ミストル。僕はね、ミストルにはもっと自由に生きて欲しいよ』
柔らかな風がそよぐ様に、ルドルの声は優しい。
『ずっと、千年以上もあそこに刺さっていたんだって神様から聞いた。……代わり映えのしない毎日、薄暗いあの小さな世界でずっと独り。僕だったらきっと、発狂していたと思うよ』
人間は、誰とも話さないとどんどん心がおかしくなっていくと言う。
我輩は剣だった。故に、恐らく長い間一人で過ごしていても特に問題はなかったのだろう。
だが、知ってしまった。ルドルに出会って、毎日誰かが来ることを待ち遠しく思う心を知ってしまった。
故に、今ならルドルの意味するところは理解出来る。――このまま、再び一人で地面に刺さったまま長い時を過ごせと言われたら、淋しくて苦しくて仕方がなかっただろう、と。
『ミストル。僕も協力するよ。あまり世界を知っているとは言えないから、役に立てないことも多いかもしれないけど。……でも、ミストルにたくさん色んなことを教える』
「……」
『それに、何より』
ふわっと、はにかむ様な笑顔が目の前を過ぎった気がした。
毎日見ていた。毎日笑いかけてくれた。
その笑顔と同じ温かさが、我輩の前に現れる。
『ミストルと一緒に、旅をしてみたい』
「――」
『生身で、隣に並んで歩けたら最高だったけど。でも、神様の話が本当なら、それは望んじゃいけないことだから。……だから、こうなった今だからこそ、君と一緒に旅をしてみたい』
見たこともない景色を見て、一緒に歓声を上げたい。
食べたこともない美味しいものを食べて、がっついてみたい。
一日中歩いて疲れて、疲れたねってへとへとになりながら笑い合ってみたい。
道の途中で野宿をして、いっぱい苦労をしてみたい。
何より。
『ミストルと、一日中一緒に笑って話してみたい』
きっと多くの苦労が怒涛の様に押し寄せてくるだろう。出会ったことのない悪人も大勢いる。騙されそうになったり、捕まりそうになったり、様々な悪事にも行き当たるかもしれない。
けれど、ミストルと一緒ならきっと、大丈夫。
一人じゃないから。『二人』だから。
『だから、一緒に旅をしてみよう? ミストル』
ルドルは落ち着いた声で――けれど奥にほんの少し子供の様にはしゃいだ色を乗せて語りかけてきた。
ルドルは凄い。我輩は、悔恨ばかりが先立ってこの先を何も考えていなかったのに。
彼は、言うのだ。我輩と、未来を生きてみたい、と。
何て強い人間なのだろうか。
本当は、彼にだってまだまだ思うところがあるだろう。悔いもあるだろう。一生消えない恐怖や傷も残っただろう。
それでも彼は、前を向いている。――前を向いて生きたいと、願っている。
ならば、我輩が彼に出来ることは一つしかない。
「……うむ。……分かった」
『! じゃあ』
「我輩も、人間の暮らしはとんと不承知でな。……お前と苦楽を共に出来るのならば、願ったり叶ったりだ」
『ミストル……!』
「だから、……よろしく頼む。……お前が、いつか我輩に飽きるまで、この体と共に生きることを約束しよう」
『飽きることなんて無いよ! じゃあ』
もじもじっとした気配が揺れた後、ルドルが手を伸ばす様な仕草をした気がした。
不思議だ。もはや魂だけの存在で我輩の中にいるのに、彼がどんな顔をしているのか、どんな仕草をしているのかが手に取る様に分かる。
だから、我輩も手を伸ばす。
〝あのね、じこしょうかいのときは、こうしてあくしゅするんだって。おかあさんがおしえてくれたの〟
初めて出会った時に、ルドルがそうしてくれた様に。
見えないけれど、しっかりと我輩の手を握ってくれた気配がした。
『よろしくね、ミストル!』
「ああ。……よろしく頼む、ルドル」
にっこりと、太陽の様な笑顔が体の内側から咲き誇っていくのを感じ取る。
ルドルは、我輩にとってはまさしく太陽の様に明るい光なのかもしれない。それが嬉しくて――心強くて、我輩は心に満ちていくひそやかな熱と共に目を閉じた。
その後。
身体強化魔法を扱って無理矢理剣を振るった代償で、死ぬほどのたうち回る様な筋肉痛に一晩中襲われたのは、また別のお話である。
もし、物語を読んで「面白い!」「続きが気になる!」と思って下さいましたら、
ブックマークや感想、「いいね!」または星を下さると嬉しいです!
更新の励みになります!




