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第6話 我輩は、剣であった


 全ての野盗の命を狩り、我輩は彼らの遺体を一つ残らず焼き尽くした。

 不思議なことに、ルドルの体に宿ってからというもの、魔法の力が十倍以上になった。

 炎を出せば対象を焼き尽くすまで燃え上がり。水を出せば相手を圧死させられるくらいの威力を放ち。風を放てばバターを切る様に滑らかに対象を真っ二つにし。土を盛り上がらせれば、空高くどこまでもそびえ立つほどの威力を放つ。

 光は対象を溶かすほどの熱を持ち、闇は圧縮して相手を押し潰す。

 他にも色々出来そうだし、慣れれば加減も可能だろう。

 それほどまでに、我輩の魔法は威力を増していた。魔法に必要な魔力も剣から無尽蔵に供給されるため、枯渇することは無い。


「……この力、剣であった時にも欲しかった」


 そうすれば、ルドルを守ることが出来たのに。


 嘆いて悲しんでいる間に、時間は流れ過ぎて行く。

 考えることが多い。

 だが、まずは死者を悼むこととしよう。


 村は、もはや村とは言えないほどに焼き尽くされていた。野盗というのは、本当に無礼で愚かで傲慢である。


 我輩が知る顔は、ルドルの他にはフリッサとアークしかいない。後は全て初対面だ。――いじめっこの二人も幼き頃には会っていたが、子供の時分にしか会っていないため、見分ける自信が無い。

 ルドルの体は非力ではないが、力持ちというほどではなかったようだ。身体強化の魔法を使わないと、人間一人運ぶのにも苦労する。

 故に、我輩は無礼と知りつつも全員を風で一ヵ所に集めた。もちろん、物凄く注意をして魔法を使った。おかげで、彼らの体がこれ以上無残に切り刻まれることはなかったのである。

 だが、フリッサとアークだけは己の手で何とか運んできた。



 とても、重たかった。



 両腕にずしりとのしかかる重みは、そのまま人一人の命を如実に表していた。

 彼らの最期の顔は恐怖にまみれていた。

 だから、なるべく穏やかになる様に、目を閉じさせ、口元を和らげさせる様に触れてみた。

 気休めだ。分かっている。彼らが恐怖の中で死んでしまったことに変わりはない。


 だが、せめて死後の魂は安らかである様に。


 我輩は願い、彼らに炎を放った。ごうっと燃え上がる真っ赤な柱は、まるで彼らを天に運ぶ様に高く高く駆け上がっていく。

 全てが焼けて骨になるまで、時間はかかるだろう。

 だからその間に、少しだけ情報を整理したい。



 まず、我輩は剣であった。



 しかし今は、何故かルドルの体に入っている。

 そして、魔剣である我輩のことをきちんとこの手で持てている。

 恐らくだが、他の者には扱えないだろう。直感ではあるが、この剣は我輩だ。我輩の体のことは我輩が一番よく知っている。

 だが、この状況は我輩の理解が及ばない。

 ルドルは心臓を貫かれ、即死だった。


 けれど、胸のあたりに手を当ててみれば、どくり、どくんときちんと正常に鼓動を打っている。


 ならば、生きているルドルの体を我輩は乗っ取ってしまったのだろうか。

 そうなると、ルドルにとても申し訳ないことをしている。全くもって我輩のやることに異議を唱えて来ないが、今はショックで意識が沈んで寝込んでいるだけかもしれない。


「うむ……まいったな」


 我輩は、剣であった。

 故に、人間世界の常識とやらはまるで分からないのである。

 ある程度は旅人やルドルの話から教えてもらってはいるが、圧倒的に生活していくには足りなすぎるのは自明の理だ。どう足掻いても、人里に出れば「こんなことも知らないの?」「むしろ無知過ぎる?」「騙しやすそう。カモにしてやろうぜ」などといった悪徳業者や人間に捕まってしまうであろう。


 それに、筋力も足りない。


 ルドルは畑仕事をしているからそれなりに筋肉が付いているはずなのだが、剣を振るう時、どうも具合が悪い。どうやら剣を振るための筋力の付き方はしていないようだ。野盗を全滅させる時も、身体強化の魔法を使って無理矢理振るったくらいだ。

 このままだと、十中八九『きんにくつう』とやらになりそうである。


 我輩の剣は、我輩だっただけあって、かなりの上等なものだと一目で分かる。


 あれだけ人を斬ったのに、刃こぼれ一つ起こしていない。それに、血も全く付着していなかった。斬った後には曇り一つ残っていなかったのである。

 しかも、切れ味も抜群だ。恐らくよほどのものでない限り、何でも斬れる。今ならば魔法の威力と合わせて、まさに向かうところ敵なし、であろう。

 鞘も、いつの間にか我輩の腰にぶら下がっていた。ご丁寧に上質なベルト付きである。



 確かに皆が噂する通り、我輩は特別な剣であるようだ。



 いや、元剣だった、だろうか。

 しかし、こうして我輩を振るえるのは我輩だけだ。


「ううむ……しかし、強いだけでは世の中は渡れぬ」


 どうするか。

 そう悩み続けていると。



『――ミストル』

「――」



 聞き慣れた声が、聞こえてきた。

 ばっと辺りを見回すが、人っ子一人見当たらない。ただ荒れ果てた村だった廃墟と、煌々《こうこう》と闇も深すぎる夜の空に燃え上がる炎の柱だけだ。

 けれど。


『ミストル』

「――っ。……る、……ルドル?」


 声が、確かに聞こえた。

 しかもそれは、《《己の内側から》》、である。

 己の体を見下ろしてよくよく探ってみると、もう一人の温かな気配が確かに内側から感じられた。

 まさか。

 ――まさか。



「ルドル……? ルドルなのかっ」

『うん。そうだよ。……びっくりさせちゃって、ごめんね』

「――っ」



 ぶあっと、何かが込み上げる様に我輩の喉が音を鳴らす。

 心臓の内側あたりから、ぎゅうっと締め付けられる様な痛みが、そして焦がしつくす様な熱が次から次へと湧いて止まらない。

 これは、何だ。

 疑問は抱いたが、それよりも何よりも。



「ルドルっ。生きて……!」

『ううん。神様曰く、僕は死んじゃったみたい』

「――っ」



 神様。



 彼は、今何と言ったのか。

 神様とは、何か。まさか、本当にそんな眉唾ものの存在がいるのか。

 我輩を剣として生み出したかもしれない神。――肝心な時に、大切な友一人守れぬ様に創りたもうた神。

 その神と、ルドルが。話した。

 我輩が、ルドルの体を使っている間に。

 そう。


 盗人の様に、我輩がルドルの体を――。


「……っ、ルドル……っ!」

『ミストル。落ち着いて』

「落ち着いていられるかっ! すまぬ、……すまぬっ! お前を守れなかったばかりか、死んでしまったお前の体を盗む様な仕打ちを……!」

『あ、それはいいよ。ミストルに使ってもらえるなら嬉しいな』

「あっさりし過ぎだ馬鹿者!」

『ええええ……そんなあ。僕は本当に嬉しいのに』


 弱り切った様な声は、確かにルドルのものだ。偽者とは到底思えない。

 一体何が起こっているのか。

 それに普通、人間は死んだら魂だか幽霊とやらになるのではないのか。その場合、死体に閉じこもったりするのではなく、その辺りをふよふよ浮いたり歩いたりして半透明の体になると聞いたことがあるのに。

 今、ルドルは何故か我輩の――ルドルの体の中にいる。


「一体、どうなって……」

『えっとね。まずは、ミストル。ありがとう』

「……何がだっ」

『僕のために怒ってくれて。仇を討ってくれて。それに、……』


 ふっと、見上げる様な気配が己の内側で起こる。

 不思議だ。本当に我輩が使っているルドルの体に、本来のルドルがいる様な温もりを覚えた。



『こんな風に、みんなのこと弔ってくれて。……ありがとう』



 僕にはもう、出来ないことだったから。



 静かに囁く様なルドルの声は、泣いている様に聞こえた。

 彼の顔が見えない。それが、今の我輩には何よりも堪えた。

 しばらく、黙祷を捧げる様な静けさが我輩の体の中に満ちていく。

 顔は見えなかったが、ルドルが彼らに――母親に祈りを捧げているのが手に取る様に分かった。

 いきなりだった。本当に、突然平和な暮らしは終わりを告げた。


 ルドルも、訳の分からないまま死んでしまったであろう。


 それなのに、今のルドルは落ち着いている様に思える。神とやらと話したからであろうか。あちらでは、もしかしたら取り乱していたかもしれない。

 そんな時に、一番近くにいられなかったことがどうしようもなく悔しかった。


「……ルドル」

『うん』

「……お前は一体、どうなっているのだ? 何故、我輩はルドルの体の中に?」

『うん。……ミストル。今から、君に起こっていることを話すから。ゆっくり聞いてくれる?』

「……」


 ルドルが「お願い」と言わんばかりに上目遣いに見て来る様だ。彼は子供の頃から、こんな風におねだりが上手かった。ただ話を聞いているだけなのに、甘やかしたくなったのは一度や二度ではない。

 故に、我輩に拒否権は無かった。


「……何だ」

『うん。あのね。……僕が死んだ直後、神様っていう存在に会ったんだ』


 それで、と。ルドルは一旦言葉を切ってから、困った様に微笑んだ。気がした。



『神様にね、頭を下げて頼まれたんだ。――生まれて初めて己の力を解放した、ミストルの補佐をして欲しいって』



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