第5話 神よ。何故、我輩を剣として作った
髭面の男がにたにたしながら歩み寄って来る。
我輩が目的だと、アークは言っていた。恐らくこの男がそうなのであろう。
「てめら、情けねえぞ。そんなガキ一人、なんですぐ始末しなかった」
「へ、へえ! 親分!」
「ですが、急に視界が真っ暗n」
言い訳していた荒くれ者の顔が、一瞬で無くなった。
我輩の目からすれば、欠伸が出る様な遅さではあった。
だが、狙いは良かったのだろう。綺麗に首から上を斬り飛ばせるほどには男の腕は良いらしい。
「ひ、ひい……っ!」
「言い訳する奴は必要ねえ」
「す、すいやせん!」
「で。……こいつが魔剣ミストルティンか。……何だすぐ抜けそうな小さな小さな柄じゃねえか」
黙れ。
小さいのは、貴様の器だ。
我輩には、もはや男のにたにた顔など眼中に無かった。
ただただ、少し離れた場所で倒れているルドルしか目に入らなかった。
何故だ。
何故だ。
何故、ルドルがこんな目に遭わなければならない。
〝ありがとう――みすとる〟
ただの剣に、律儀にお礼を言いながら頭を下げてきた礼儀正しい子供だった。
〝いいにくいから、みすとるってよぶね。……よろしく、みすとる!〟
ただの剣に、にこにこしながら挨拶をして、握手まで求めてきた子供だった。
〝みすとるは、なにかたべるのかな?〟
ただの剣なのに、いつか一緒に食べたいと無邪気な願いを告げてくる子供だった。
〝こうしてずっとおはなししていると、なんだかみすとるが、ちゃんときいててくれるきがするんだ〟
我輩の声が聞こえないのに、自分の言葉に耳を傾けてくれていると信じる様な子供だった。
〝どうか、これからも。ルドルのこと、よろしくお願いします〟
そんな不思議な子供の母親も、剣に頭を下げる様な不思議な女性だった。
〝母さんが言ってたよ。ミストルさんにあまり迷惑をかけるんじゃありませんよって。ひどいよね。僕、ただお話してるだけなのに〟
成人しても変わらず会いに来てくれて、けれど我輩の前では少し子供っぽい言動を見せる子供だった。
〝ミストル、おはよう! 今日も良い天気だよね。清々しい気分だなあ〟
天気が悪くても、会いに来てくれて。
〝あと、冬にミストルに巻くマフラーなんだけど。新しく編むって母さん張り切ってたよ。これで今年の冬も寒くなくなると思う〟
ただの剣の体調を心配してくれる様な子供だった。
〝ありがとう、ミストル。いつも僕に元気を分けてくれて〟
ルドル。
〝いつも僕の話を聞いてくれるから、また頑張ろうって思えるんだ〟
――ルドル。
〝ミストル! 無事でいてね!〟
――ルドルッ!
「……どんな魔剣だか知らねえけどよ。さっさと――」
―――黙れっ!!!
ばちいっ! と。男が柄に触ろうとした瞬間、我輩の雷が迸る。
いてえっ! と男が右手を押さえて飛び跳ねていたが、知ったことではない。
ルドル。ルドル。ルドル。
何故だ。
何故、声が出ない。何故、届かない。
何故、駆け付けることが出来ない。
神よ。
――神よッッッッッ!!!!!!!
何故、我輩を剣として作った。
何故、我輩は己の力で地面から抜け出せない。
何故! 初めて出来た友一人を守ることさえ許してくれない!
何故だ、神よ!
何故、こんな風に作った!
友一人救えぬ我輩の、どこが魔剣なのか。そんな大それた名前など、力が伴わなければ無意味である。
ルドルを助けたかった。ルドル一人くらい、守れる力が欲しかった。
我輩は、いつまで無為にここに刺さっていなければならない。
ルドルを助けられないくらいなら。
いっそ。
――こんな体、捨ててやるっ!!!!!
かっ! と、叫ぶと同時に一際大きい雷が洞穴に落ちる。
ぐあああ、っと悲鳴が聞こえてきたが気にしてなどいられない。己の体に落ちた衝撃に、我輩も意識を掻っ攫われそうになる。
ずきずきと、頭が痛む。体が真っ二つに割れそうなほどの激痛が駆け巡る。
激痛に耐え忍んでいると、ようやく意識が霞みから晴れていくのを感じ取った。
一体何が起こった。
思いながら、我輩は《《体を起こす》》。
「……。うん?」
何だかいつもと感覚が違う。
思って、我輩は己を見下ろした。
すると。
「――。……は?」
人間の体が見えた。
思わず手を動かすと、きちんと我輩の意思に沿って手が動いた。広げた両の手の平をまじまじと凝視してしまう。
ばっと振り向くと、我輩が少し遠く離れた場所に刺さっていた。
その近くには、呻き声を上げる男達。頭上は洞穴の天井が半ばに壊れ、真っ黒な雲が空を覆い尽くしていた。前に、ルドルが絵を使って見せてくれた『雲』である。
それに。
「……声が、出せる……っ」
声に、聞き覚えがあった。
しかも、この手にも見覚えがある。
この十二年、何度も何度も見てきた。小さな子供の手が、次第に少しずつ大きくなって大人びていった手。
我輩が十二年見守ってきた、ルドルの手だ。
「……まさか」
「……ひ……っ!」
髭面の男が、我輩を見て悲鳴を上げる。まるで幽霊か悪鬼でも目撃したかの様な目つきだ。失礼である。
「な、んで……。心臓、一突きにした、はず」
「……なるほど。心臓、であったか」
どうりですぐに倒れてしまったわけだ。
即死だったのだ。
その事実を知り、すっと我輩の頭が凍える様に冷えていく。
そのまま、すたすたと男を通り過ぎて我輩の剣の下へ行く。男がよろめきながら後ずさったが、知ったことではない。
我輩の剣に、手をかける。
誰も抜けなかった。誰が主にもならなかった。
この剣は、我輩のものだ。
ならば、今、《《我輩が我輩を抜けないはずがない》》。
剣の柄を掴み、勢い良く引き抜く。
剣は、すっと抵抗なく、それこそあっけなく地面から引き抜かれた。
すらりと磨き抜かれた剣身。曇りなき輝きを放つ銀の剣は、どこまでも透き通る雪原の様な爽快さを放っていた。
まるで、ルドルの透き通る瞳の輝きの様だ。
もっとも、今から我輩がすることは、ルドルの透明感には程遠いものだが。
「……貴様は、ただ己の私利私欲を満たすためにルドルを、……村の者達を殺した」
「ひ、……ゆ、ゆる……っ」
「己がしてきた罪、その血をもって贖え」
「ひ――っ!」
ざっと、男の首を刎ねる。
続いて、生き残っていた荒くれ者の胴体も切り捨てた。
どしゃりと倒れ伏す彼らから目を逸らすと、ふっと視界にクロワッサンが入って来た。
〝それから、今日のパンはね、じゃじゃーん! 僕お手製のクロワッサンだよ! 今日は上手く出来たでしょ〟
ルドルが、初めて作るのに成功したパン。成功パン。
奇跡的に野盗の血で汚れもせず、皿に乗ったままクロワッサンは静かに鎮座していた。
鎮座しながら、じっと我輩の方を見つめていた。
まるで、クロワッサンを通して我輩の行為をルドルの代わりに見つめているかの様に思えて、胸がぎゅっと絞られる様に苦しくなる。
「……まさか、初めて成功したパンが、最初で最後のお前からもらうパンになるとはな」
剣を地面に置き、両手でクロワッサンを包み込む様に拾い上げる。
かさかさとした感触。千切れ飛びながらも辛うじてねじれを残したパン。黒焦げではない、きちんと美味しそうな焼き色。
〝今日も置いていくから。食べてくれると嬉しいな〟
「もう我輩に、食べる資格は無いかもしれぬが」
それでも、ルドルが最後に我輩に残してくれたものだ。
故に、大事に抱えてそっと、魔法で作り出した空間に保存する。この魔法の空間の中では、時間の流れが止まる。劣化したりはしないはずだ。
剣を拾い上げ、村の方へと目を向ける。
耳を澄ませば、まだ村の方角から耳障りで不愉快な嗤い声が不協和音となって届いてくる。
何故、我輩がルドルの体を操れているのか。そもそも何故、我輩の意識がルドルに移ったのか。
疑問は尽きないが、とにかく今はあの虫けらどもを退治するのが先だ。
「……お前の体で人殺しをすること、許してくれとは言わぬ」
ルドルは、到底そんな残虐なことを出来る子ではなかった。
けれど、我輩は我輩だ。
憎しみが止まらない。彼らを殺さない限り続くだろう。
だから。
「せめて、村の者達が安らかに眠れるよう、虫退治はさせてもらうゆえ」
ルドル。お前の体、使わせてもらう。
祈る様に目を一度閉じてから、我輩は残りの野盗を始末するために歩き出した。
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