第17話 我輩は、冒険家である
あまりにうるさい馬鹿笑いに、我輩の耳がきーんと鳴り響く。
人とは、こんなにも下品な笑い声が出せるのか。なかなか興味深い。ルドルの体では絶対にしない様に注意しようと決意した。
「おいおい、聞いたか⁉ あいつ、冒険家って言ったぜ!」
「聞いた聞いた! この時代に命知らずだよなあ! 大して強そうでもないのに、冒険家だってよ!」
「やめちまえやめちまえ! どうせ田舎で夢見て勘違いしてるお坊ちゃんだろ! よりによって、ぼうけ……ぶっは! あっはははははははっ! 腹いてえ!」
げらげら、という表現が一番合っている。
なるほど。冒険家を目指すと言うと馬鹿にされるとヴァルが言っていたが、その通りの様だ。よくは分からないが、身の程知らずということらしい。
大半が笑っているが、一部は特に何の反応も示していない。それどころか腕を組んで壁に寄りかかり、静観の構えさえ見せている者もいる。どう対処するかお手並み拝見、といったところなのだろう。馬鹿にしている雰囲気は無いので、見定めているのは明らかだ。
人間とは実に様々な考えの持ち主である。
「しっかも、こんな細腕でボウケンカあだって? 立派な剣をこしらえてんが、ぷるぷる震えてモテねえんじゃねえのお?」
「顔も童顔だし、よく見ると、ずいぶんキレーじゃねえの」
『ふむ。まあ、ルドルであるしな。あの母親に似て顔は良いぞ』
『み、ミストル? そういうことじゃないと思うよ……』
「冒険家どころかハンターだって似合わねえツラしやがってよお。……てめえに似合う仕事、紹介してやろうかあ?」
「オトコもオンナもたっくさんアイテしてくれるぜ!」
「ぎゃはははは! そりゃあいいや! お似合いだ!」
「よわーいおぼっちゃんには最っ高のお仕事だぜえ!」
「あーっははははははははは!」
『……』
ルドルが一瞬押し黙った。
何故だろうか。初めて出会った時の、涙を堪えたルドルの顔が浮かんでくる。あの時に纏っていた空気と似た雰囲気を内側から感じ取ったからであろうか。
正直、彼らの言っていることは半分くらいしか分からない。男と女は世の中にたくさんいるし、人の中に飛び込めば多くの者と相対するだろう。
しかし、馬鹿にされていることだけは分かった。
そして、同時にルドルを傷付けたということも――。
「なるほど。ハンター協会とは、この様な低俗の集まりのことを指すか。お里が知れる、というものであるな」
「――――――――」
やられっぱなしは性に合わない。
ルドルも、特に口を挟んではこなかった。
喧嘩は駄目だと止めるかと思ったが、腹の底がぐるぐると熱く滾っている。どうやら、ルドルも悲しみを通り越して今は腹が立っているらしい。
が。
『……ミストルは強いしカッコ良いし強いし強いし強いし田舎者じゃないし強いし強いもん。何も分かってないくせに……っ』
どうやら、我輩が悪く言われてご立腹の様だ。
てっきり傷付いているのかと思ったら、怒っていた様だ。何とも健全な反応である。
しかし、ルドルは他人のことになるときちんと怒るらしい。何となく我輩のためだと知って、むず痒くなる。
そんな微笑ましい反応は、しかしここにいる低俗の輩どもには関係無かった様だ。
「……てめえ、今なんつった?」
テーブルでげらげら笑っていたうちの一人が、ゆらりと不穏に立ち上がる。
なるほど。他人は馬鹿にしても、自分を馬鹿にされるのは我慢ならない質か。あの若い門番と一緒であるな。
「低俗な輩。つまり、貴様らのことだが?」
「……ああっ⁉」
「人の夢を馬鹿だ馬鹿だと笑う輩など、低俗で充分。むしろ、低俗という単語ですませてやった我輩の寛大さに感謝するが良い」
「んだとーっ⁉」
「てめえ、調子に乗ってんじゃ……!」
「調子に乗ってるのは貴様らだ」
がっと、目にも留まらぬ速さで我輩は目の前の男の顔を鷲掴みにする。
ぐがっ⁉ と驚いた様子を見せた男が我輩の手を外そうとするが、そうは問屋が卸さない。身体強化を使って、無理矢理そのまま体を持ち上げてやった。
「我輩の心が弱かったなら、貴様らは今、善良な一般市民の夢を一つ潰していたことになるのだぞ? 人の夢を馬鹿にし、潰す所業、クズと言わずして何と言う?」
「て、め……っ!」
「最初にクズと言わなかっただけありがたく思え。……ああ、それとも」
くいっと、相手の顔を持ち上げた手を引いて我輩の顔に近付ける。
「クズはクズらしく、リンゴの様に握り潰されてクズ片になってみたかったか?」
「――っ」
「我輩はそれでも構わぬぞ? ……なあ」
ぐっと、顔を掴む手に力を込めてやる。
ひいっ! と男が情けない声を上げて暴れ狂った。それを見て、加勢に入っていたはずの男達の波がさあっと引いていく。
「嫌なら大人しくしているが良い。――二度と、人の夢を笑わぬことだ」
ぶんっと軽く手を振ると、男が面白いほどに床に転がった。
身体強化を施しているとはいえ、やはりルドルの体はまだまだ非力だ。これは夜には少し手首をマッサージしなければならないかもしれない。
『ミストル、カッコ良いー!』
『ふ、お褒めに預かり光栄だ』
『そうだよ! 人の夢を馬鹿にするなんて、酷いよね! だいたいミストルは強いんだから、冒険家の一つや二つ、すぐなれるし!』
『うむ、そうであろう? まあ、ルドルの体を使っているのだから当然であるな』
『弱い者いじめは良く無いけど、悪党はばんばん懲らしめようね! ミストルは正義の味方だもん!』
『……正義の味方かどうかは知らぬが、まあ、調子に乗っている者は懲らしめても良さそうではあるな』
ちらりと協会内を見渡すと、しん、っと先程とは別の意味で静寂が広がっていた。静か過ぎて耳が痛くなるほどである。
腕を組んで壁に寄りかかり静観していた者も、先程よりもじっと熱烈に見つめてきていた。
それはそうだろう。我輩の今の体は、ルドル。ルドルはお世辞にも体格が良いわけでもないし、一見すると強そうにも見えない。畑仕事をしていて一応筋肉は付いているが、それだけである。恰好もシャツとパンツといった、本当にラフな格好だ。およそ冒険家らしくはない。――その内外套くらいは揃えた方が良いだろう。
ルドル本人から「酷くない?」という抗議はあったが、事実だろうとすげなく返せば押し黙った。自覚はあるらしい。
「さて。邪魔者はいなくなった様だ。手続きを頼む」
「あ、はい。……」
受付の女性もぽけっとしていて頼りにならない。
これでは一向に話が進まぬ。故に、隣にいたラルズに催促した。
「ラルズよ。冒険家としての登録は難しいのか? ならば、仕方がない故、最初は何かしらのハンターに登録することで手を打つが」
「ああ、いや。……その必要は無い」
少し考えた後、ラルズは受付の女性にこう切り出した。
「彼を、冒険家として登録してくれ」
「え? ラルズ様、しかし」
「《《領主ヴァルス様がお認めになられた》》。免許を取得させてあげてくれと頼まれている。速やかに手続きを」
「――」
瞬間、受付の女性の顔色が変わった。周囲の空気も、ざわりと物騒に揺れ動く。
いきなり変じたこの空気に、ルドルも戸惑っている様だ。「何だか恐いんだけど?」という彼の予感は正しい。
我輩としても意外だ。
ラルズはこう言っただけだ。「領主ヴァルス様がお認めになられた」と。
それだけで、ここまで周りの動揺が広がる。
それほどまでに冒険家とは、大層な肩書なのだろうか。まあ、全てのハンターの頂点に立つのだから、一目置かれる存在ではあるだろうが、話を聞いていると目指すだけなら普通に誰でもありそうなものである。
しかし、その許可に『領主』が関わると更に事が重大になる様だ。
あのヴァルという領主、最初の印象でも違和感はあったが、面倒くさがりなだけでは決してない様である。
「――かしこまりました。ミストル・ルドル殿を、ただちに冒険家としてご登録させて頂きます」
「うむ、頼む」
ばたばたと、女性が手続きのためか中へと引っ込んでいく。ちら、ちら、っと他の受付の者達も我輩の方へと視線を送ってきた。正直鬱陶しい。
「……ラルズよ。そんなに冒険家になるのは一大事であるのか?」
「うーん。そうだなあ。まあ、棒切れを持った子供がドラゴンを一突きで倒すって言っている様なものかな?」
「そうか。しかし、いまいち理解出来ぬな。全てのハンターの頂点に立つ、というくらいであるのならば、誰もが一度は目指しそうなものであるが」
「……。……それが出来ないから、みんな馬鹿にするのさ。馬鹿にして、端から無理だと馬鹿にしておけば、夢を見ることさえせずに終わる」
「……理解出来ぬ。夢に見るくらい良いであろうに」
「ミストル。冒険家っていうのはな、お前さんが考えているよりもずっと大層なもので……危ないものなのさ。それこそ、誰もが無理だと諦めてしまう様なことを成し遂げてしまう様な……常に死と隣り合わせの、ハンターなんか比にならないほどの命懸けの職業だ」
それは理解出来る。
山を登った先にある更に山の上の頂上の国と聞いた時、何だそれはと一瞬耳を疑った。死者の国に生身で行くと言うのも本当かどうかも分からない。
だが、冒険家と言うのは、誰もが耳を疑うことを成し遂げてこそ、という印象があるのだろう。
だからこそ、誰もが憧れ――畏怖する。
自分に出来ないことをやってのけてしまう人間こそが、冒険家。
彼らにとってはそれが、普通の認識なのかもしれない。
「まあ、我輩なら死者の国だけではなく、天上の国にだって行ってみせるがな」
「大言だなとは思うが……お前さんのその不遜な態度を見ていると、本気でやってのけそうだから恐いなあ」
「ふん。見ておれ。お前が出会った冒険家の偉業を、世界の果てまで轟かせてやる」
「なるほど。それは楽しみだ。――なら、まずは」
受付の女性が、中から戻ってくる。
その手には、白銀に輝くカードが燦然と手の中で存在を主張していた。
「お待たせ致しました。これが、ミストル・ルドル殿のハン……冒険家カードとなります」
「記念すべき冒険家第一歩として、ヴァルス様の依頼を見事にこなしてもらわないとな?」
ミストル・ルドル。冒険家。
そうしっかりと刻み込まれた白銀のカードを受け取る我輩に、ラルズが意味あり気に笑いかけてきた。
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