第16話 まずは冒険家として登録しよう
「ふむ。割と厄介な問題を押し付けられた様であるな」
ハンター協会に行きがてら、ラルズに向かって我輩は問いかける。
ラルズは案の定、苦虫を潰した様な顔になってから営業スマイルを向けてきた。役者としては三流である。
「領主様は、ミストルに解決できる力があると踏んで振ったのだろうなあ」
「確かに我輩の剣をすぐに見抜いたことといい、洞察力はある様だな」
「その通りだ。つまり、ミストル。お前なら解決出来る。私は信じている」
「素晴らしい。三文芝居もここまで来ると、いっそ清々しいぞ」
『ミストルー。少しはお世辞って言葉を覚えようか?』
「む? 世辞など何の役に立つ。白々しいくらいに取り繕っているのが見て分かるというのに、何か意味があるのか?」
『ミストルー! 喧嘩売るのもやめようか⁉』
「……時々独り言みたいなこと言うし、お前は腹立つくらいに率直だなあ。一周回って気持ちの良い御仁だよ」
「お褒めに預かり光栄、だな」
『今のはどう考えても嫌味だよ、ミストル』
「今のはどう考えても嫌味だぞ、ミストル」
サラウンドで突っ込まれた。
まあ、我輩自身も彼のジト目な表情から褒められているとは思っていない。
とはいえ、褒め言葉でもある。一周回って気持ちが良い性格なら、それで良いではないか。
「しかし、ラルズよ。お前は今回のその人攫い事件? について何か知っているのか? 依頼の内容を知った時、驚いていたな」
「ああ、……私は門番ではあるが、同時に領主様の直属の部下でもあるのだ。普段は門番として外から来る人間の見極めをしているのだが、他にも時折情報収集などもしていてなあ……」
「ほう。つまり、便利な小間使いというわけだな」
『ミストルー⁉ 言葉選ぼうか⁉ どう考えてもそれじゃあただの便利な駒みたいな言い方になってるよー!』
「おっと失礼。つまり、……」
『せめて、便利な手下くらいにしようよ!』
「お前は領主の便利な手下、というわけであるな」
「……言い直した方が失礼な言い方になっている気がするなあ。お前さん、本当に物言いに遠慮が無さすぎるぞ」
言い直したら余計に駄目だった様だ。
ルドルが「あれ?」と首を傾げていたが、我輩も小間使いより手下の方が酷い言い草ではあると思う。そのまま伝えたが。言い方を変えても、似たようなものなのであえてそのまま伝えたが。
「まあいい。今更、お前さんに言葉遣いの修正を求めて敬語を使われても薄気味悪いしなあ」
「失礼な」
「人攫い事件は、隣町にあるスリムで頻繁に起こり始めたものなんだ。ある時、平民から『うちの子供が帰って来ない』と相談があったことから事が発覚した。当初スリムの領主は放置したらしいのだが」
「おい。何故放置する」
「スリムの領主は、身分差別意識が強くてなあ。平民は税を搾り取る駒の様に考えているのだよ。だから、このルーニルに逃げてくる者も多い」
「ふむ。つまり、最低最悪の領主の下で、人攫い事件が起きたというわけか」
『何それ。……酷い』
ぼそっと呟くルドルに、ミストルも同意する。
領主とは、民を正しく導き、統治する者。民がいなければ領主など、所詮はお飾りの裸の王様と成り果てる。それを分からない輩は、遠からず堕落し、滅亡するであろう。反乱はいつだって、上の無知と無理解から起こるものである。
しかし、その人攫い事件については続きがあった。
「そのうち、裕福な商人や懇意にしていた貴族の子供も行方不明になったらしくてなあ。それで、捜査に乗り出したというわけだ。渋々ね」
「渋々か」
「まあ、厄介ごとには首を突っ込みたくないのだろうよ。けれど、相手が分からないまま三ヶ月くらいが過ぎ、そしてその魔の手がこのルーニルにまで及び始めている、というわけさ」
「何故それが分かったのだ? 誰かが行方不明になったか」
「ルーニルに来る途中に行商人が襲われる事件が発生してなあ。たまたま雇っていた用心棒のおかげで事なきを得たんだが、彼らは商人の子供を狙っていたそうなんだ」
「子供。……また子供か」
「スリムの人攫いも、全員成人する前の子供ばかりだった。領主様は、それを聞いて疑っているのだろう。人攫いがこのルーニルにも来ているかもしれない、とね」
なるほど。確信があるわけではないが、無視も出来ない。そんなところか。
正式に依頼として出すとなると、人攫いについてルーニルの民にも広く知らしめることになる。まだ確証が無い現時点で、むやみに混乱させたくはない。
故に、冒険家になると夢を掲げている――様に見える我輩にお鉢が回ってきたといったところか。
我輩は目に見えて強い。ちょっとやそっとじゃ罠にかかっても死なないし、最悪失敗しても、処分するのに後腐れのない人間だ。
ヴァルは、正しくこの辺境都市の領主だ。様々な観点から計算して我輩に依頼を出したというわけだ。
我輩としても、特に異論はない。
何より。
『……子供ばかり狙うなんて。……』
ルドルが、憤っている。
母一人子一人でやってきたのだ。人一倍苦労しながら己を育ててくれた母を見て育ってきたからこそ、子供を失った親の気持ちを慮っているに違いない。ルドルから伝わってくる心の揺れは、強く悲しく我輩にも伝わってきた。
ルドルが悲しんでいる。
ならば、是非もない。
「よかろう。我輩がきっちり引導を渡してやろうではないか」
「……即決か」
「大切な者がいなくなる気持ちは、我輩にも分かるつもりだ。それに、冒険家を目指すのであればこれくらいの依頼、解決出来て当然であろう?」
「おお……。本気で冒険家を目指すつもりなんだなあ。この時代に酔狂な奴だよ」
やれやれ、というラルズの口調には呆れが混じっている。馬鹿にしている風には思えないが、それほどまでに無謀な挑戦なのだろうか。
「冒険家を目指すのがそんなに珍しいのであるか?」
「うん? ああ、……昔はそれなりにいたという話だけどなあ。冒険家ファズルって言ったら結構有名だし」
「ファズル?」
「何だ。本当に冒険家に憧れて、というよりは、とりあえず目指してみようって感じなのか? ファズルは冒険家と呼ばれるに至った職業を作り出した初代冒険家と言ってもいい。当時、前人未到だったアーガルズという山の更に上の山にあると言われる頂上の国に辿り着き、レストと言われる一生に一度お目にかかれるかかかれないかという虹の橋を発見し、果てには死者の国に生身で潜ったこともあるという。伝説の人だ」
「ふむ。何だか無茶苦茶な人間であるな」
『凄いねー。知らなかったけど、子供の頃に聞いてたら、僕も冒険家に憧れてたかも!』
はしゃぐルドルの言葉に、ミストルはそうかもしれないなと微笑ましい気持ちになる。
アーガルズやレストは夢の様な話だが、死者の国に生身では足を踏み入れたくはない。そのファズルとやらは随分と勇気のある人間だった様だ。
「そうだろう? けれど実際、山の更に上の山の頂上にあるアーガルズという国は存在し、幻とまで言われているレストと言う虹の橋を数名ではあるが研究者がその目で見た。死者の国は生きて帰れる者の方がいないから分からないが……案外本当のことだと言うのが研究者達の見解だ」
「なるほどな。しかし、虹の橋とは何だ? 文字通り虹を橋として使えるのか?」
「使えるそうだよ。ファズルはその橋を渡ってアーガルズへ行ったという逸話がある」
「うん? アーガルズへ行く道はその橋しかないということか? てっきり山を登って、更にその上の山を登ると思ったのだが」
「いや、物凄い身体能力の持ち主がレストを使わずにアーガルズへ行ったことで虹以外の道を発見した。まあ、あまりに険しい道のりだから、今でも我々地上人との交流はほぼ無いんだがなあ」
「ふむ。それは少し残念であるな」
だが、そんな険しい道のりの果てにある国だからこそ、美味しい食べ物も揃っているかもしれない。そこも目標に定めておこうと、ミストルは旅の目標のリストに書き連ねておく。
ルドルにも通じたのか、「楽しみだね」とわくわくした声で返された。ルドルも好奇心旺盛で何よりである。
「さて、着いたな。ここがハンター協会だ」
雑談をしているうちに、目的地へ着いた様だ。
なかなかに大きい建物で、石造りの丈夫そうなものとなっている。ちょっとした小さな砦と言っても差支えが無い。
『何だか物々しいね』
『そうであるな。まあ、色んなハンターが集うのだ。暴れる者もいるやもしれぬし、少しくらい頑丈である方が修理代もかからなくて良いのであろう』
「お前さん、今何か失礼なことを考えていなかったか?」
ルドルの言葉に自分なりの答えを提示していると、ラルズが察知したのか突っ込んできた。何も聞こえていないはずなのに、勘だけは妙に鋭い。
「何でもないのである。では、登録をさっさとすませて依頼に移ろうではないか」
「釈然としないが……そうだなあ。一応私も補佐させてもらうよ。このまま受付へ行こう」
村を滅ぼされ、初めて都市へ出てきた田舎者だからだろうか。ラルズがやたらと親切である。これが人情というものかと感心した。
そして、協会へと足を踏み入れると。
ざわざわした喧騒の中で、ぴりっとした緊張感が走った。
我輩の顔に見覚えが無いからであろう。新参者か? という視線がひしひしと伝わってくる。
『ミストル。何だか、あまり友好的な感じがしないね?』
『そうであるな。まあ、新しいハンターなど生まれた日には、仕事を取られるとでも思っているのではないか?』
『えー。だって、新しくハンターになる人がいないと、仕事なんて増えるばかりで大変だよ。みんな、ケチくさいのかなあ』
『人間とは強欲であるからな。少しでも取り分が減るのは嫌という人間もいるというものであろう』
どことなくのしかかってくる視線の圧の束の中を平然と潜り抜け、我輩はラルズの先導の下に受付に辿り着く。
受付にいた一人は、可憐な女性であった。この荒くれ者ばかりが溢れている中で、また随分とそぐわない花が咲いている。
「ラルズ様、こんにちは。今日は……?」
「ああ、こいつはミストル・ルドル。新しく登録をしに来たんだ。ヘルラ、頼めるか?」
「登録ですか! では、新しいハンターさんですね! えっと、ハンターの種類はお分かりですか?」
「うむ。ラルズ達から一通り聞いておる」
「かしこまりました。では、適性を見る前に、どんなハンターをご希望で?」
「冒険家だ」
端的に、けれどしっかりはっきりと伝わる様に我輩は断言する。
途端、受付の者をはじめ、建物の中という中が一斉に静まり返った。
何事か、と思ったが。
「……ぎゃっはははははははははははははははっ!」
次に湧き起こったのは、馬鹿にした様な笑いの洪水だった。
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