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第13話 究極の面倒くさがりの領主は


 案内された領主の館は、それなりに広いものだった。

 館の周りにある庭は綺麗に手入れされており、季節ごとに様々な花を咲かせるのだろうことが予想された。

 館の前に更に門番がいたが、最初の無礼な若者と違い、とても丁寧な対応をされた。ヤドルギの村出身だと知っても顔も態度も一切変わらなかったところに好感が持てる。やはり、あの若者が酷かったらしい。


「旦那様。お客様がお見えになっております」


 先導してくれていたメイドが、大きな木製の扉の前で一声かける。

 返事はない。

 だが、それだけでメイドは頷いた。


「どうぞ」

「失礼します」


 流れる様なラルズとの連携プレイである。返事も無いのに勝手に入る。ルドルなどは「いいのかな……」と恐縮していたが、彼らが良いと言うのだから良いのであろう。

 そして、遠慮なく開けられた扉の先は。



「……ふむ。見事である」

『ほわあ……凄い』



 本の山、山、山。



 まさしく、書庫を通り越した本の山。

 天井に届かんとするほどに積み上げられた本の山が壁となり、一種の道まで作り上げていた。本が無いところが歩く道。そう言って然るべきほどに、部屋の中は本で埋め尽くされていた。

 よく崩れ落ちてこないなと観察してみたが、よくよく見ると本の山には全て魔法がかけられていた。雪崩れてこない様に魔法で固定されているらしい。


 なるほど。面倒くさがりではあるが、不慮の事故には備えているということか。なかなか曲者かもしれない。


 一部屋はそこまで広くはないはずなのに、妙に本で囲まれた道をぐねんぐねん歩かされた後、少しだけ開けた場所に出た。ごちゃっと、本が大きく二山出来ている場所である。


「驚いただろう。これが、領主――ヴァルス様だ」

「まるで、本が領主の様な言い方であるな」

「間違ってはいない。これが、領主だ」


 ラルズの言い方が大概である。

 だが、確かに間違ってはいない様だ。


『僕、ここ好きだなあ』

『そうか? ああ、ルドルは本が好きなのだったな』

『うん! と言っても、物語ばっかり読んでいたけどね。あ! この本、絶版になったから手に入らないって言われていた幻の……! いいなあ。借りたいなあ』


 ううう、と感激と悔しさで唸るのに忙しいルドルは、なかなか面白い。もし機会があれば、今幻と言っていた本を借りてみるとしよう。決意した。



「やっぱり本に埋もれていましたねえ。返事くらいはして欲しいものです」



 ヴァルス様ー、とラルズが話しかける先には、単なる本の山が積まれているだけだ。

 しかし、確かに我輩から見ても人間の鼓動がその山の下から聞こえてくる。本をベッドに寝入るとは、なかなかのつわものだ。

 一分ほど返事を待っていると、ごそっと本の山が動いた。ルドルが「うわあっ」といちいち驚くのが面白い。


『何だ、ルドル。本のお化けが恐いか?』

『ううん、わくわくしてる。領主って、本なんでしょ? 本ってどうやってしゃべるのかな?』

『……。……お前があまりに素直過ぎて、我輩は少し将来が心配になったぞ』


 言葉の綾を理解していないのか。それとも、純粋過ぎるためなのか。

 そのあたりもきっと、共に旅をしていくうちに慣れていくのだろう。

 ルドルと共に漫才みたいな会話を繰り広げていると、目の前の光景はどんどん進化していき。



 ぼこっと、書物の山を貫いて、一人の男性が現れた。



 年の頃は、二十代後半、といったところだろうか。明らかにルドルよりは年上だから間違いはない。はずだ。我輩も時折訪ねて来た旅人達の年齢からの判断なので自信はない。

 眠たそうな眼にぼさぼさの白銀の髪。ゆったりした服に今にもまた寝てしまいそうな気だるげな雰囲気。


 領主というのは、くも泰然としていなければならぬ、ということであろうか。


 だらしないと見るか、大物と見るか。

 一目では判断しにくい御仁である。


「……うん。ラルズか。おはよう」

「おはようございます。また本を読みながら寝ましたね? 一応ベッドを使って下さいとお伝えしているのに」

「僕にとっては本があるところがベッドだよ。ベッドがベッドなわけじゃないからね」


 ふあああ、と一つ大きな欠伸を漏らし、こきこきと領主である青年が首を鳴らす。彼はどんな事件が起きようと、どんな荒くれ者が目の前に現れようと、態度が変わらない気がする。大物なのかもしれない。

 そして。


「ところで、君は誰?」


 すぐに我輩に気付いた。

 相変わらずの寝ぼけ眼ではあるが、瞼の中から覗いたアクアマリンの瞳には理知的な光が宿っている。

 どうやら本当に、ただの寝坊助ではない様だ。きちんと我輩の人となりを見極めようとしている。


「我輩は、ミストル・ルドル。近くのヤドルギ村に住んでいた者だ」

「ヤドルギ……。ああ、あの魔剣ミストルティンが眠っている場所か」


 ふあ、っとまた一つ欠伸を漏らした。

 そして、とんでもない発言も落とした。



「君、ミストルティンっていう名前に似てるね」



 その通りである。

 まさか、我輩がその魔剣であると馬鹿正直に名乗るわけにはいかない。ルドルが「ミストル! バレたよ!」と騒いでいたがスルーである。馬鹿正直に驚きを表せば相手の思うツボだ。こういう時、我輩が表に出ていて良かったと強く思う。


「我輩の親は、昔ミストルティンに憧れていたらしくてな。名前をあやかったと言っていた」

「なるほどね。僕もミストルティンって良い名前だと思うよ。魔剣っていう異名だって、来る人来る人が魔剣を引き抜けないまま死んだっていうことで付いただけだし。みんな、引き抜けないんだったら、そこで諦めれば良いのにね」

「……お前が引き抜いてみようとは思わなかったのか?」

『ミストルー! お前は駄目だよー!』

「み、ミストル! ヴァルス様にお前などと……!」

「僕は、外に出たくないから。あ、お前、でいいよ。君、何か浮世離れしてるし。その方が僕も楽だし」


 浮世離れしている人間に浮世離れしていると豪語された。

 納得がいかないが、その通りなので大人しく受け入れる。

 そして、やはり我輩の喋り方は上の人間に対してはあまりよろしくない様だ。


「ふむ。我輩は世間知らず故。こういう時、お前……」

『ミストルー! やっぱり領主だから! せめて、貴方って言おうか!』

「……。……あなた、のことを何と呼べば良い?」

「……よし。一応分をわきまえたか……」

「お前でいいよ。面倒だし」

「ヴァルス様ー!」

「あ、ヴァルでいいよ。ヴァルス・ルーニルが僕の名前」

「せめて、ヴァルス様って言ってくれ、ミストル! 呼び捨ては流石に……!」

『そ、そうだよミストル! 流石にヴァルス様を呼び捨ては……!』

「呼び捨てで良いよ」

「ヴァルス様ー!」


 呼び方一つで面倒くさい。


 くも人間とは、面倒くさい生き物の様だ。領主は人間の中でも偉い生き物の様だが、色々と面倒が付き纏う宿命なのであろうか。

 とりあえず、目の前の領主はあまりそういう格式みたいなものを気にしないらしい。ならば、それに倣っておくべきか。


「では、ヴァルよ。このラルズから言われた。我輩の村がどの様に滅びたかを、お前に伝えろ、と」

「――」


 我輩が伝えた途端、青年――ヴァルを取り巻く空気が一変した。

 やはり、彼はただ単純な面倒くさがりなわけではないのかもしれない。この本の山を崩さぬ魔法もそれなりの精度を持っているし、魔法使いとしても一流の様な気がした。


「ヤドルギが……。どうして?」

「……魔剣ミストルティンが目当てだと、あのクズどもは言っていた」

「魔剣が? それだけで、村まで滅ぼしたの?」

「うむ。……我輩も詳しくは分からぬ。ただ、村にある食糧や金目のものも盗もうとしている形跡はあった。……村の者は全員皆殺しにするつもりだったようで、……」


 ルドルを刺した時に、「まだ生き残りがいたのか」と。


「――っ!」


 ぶあっと、真っ黒な怒りが膨れ上がる。

 どくん、どくんと真っ赤に目の前が脈打つ様な感覚に、息が荒くなっていった。

 そうだ。あいつらは、ルドルをまるで物の様に蹴飛ばして――。



『ミストル! しっかりして!』

「――――――――」



 ぱあん! っとひっぱたかれた様な衝撃が脳髄に走る。

 ルドルの絶叫に、我輩の目の前に色が戻ってきた。真っ赤な血の如く脈打っていた鼓動も、ばくばくと忙しないながらも徐々に正常に戻ろうとしている動きがみられた。


『ミストル。落ち着いて。……僕は、ここにいるよ』

「……、……ああ」


 もう、死んで魂でしかないが。

 ルドルは、確かにまだ我輩と共にいる。

 そんな彼を心配させるわけにはいかない。


「……すまぬ」


 ルドルに零した謝罪だったが、目の前の気配達も動いた。

 隣にいたラルズが、はっと大きく息を吐き出すのを確かに聞く。


「……故郷を滅ぼされたんだろう? 日も経っていないだろうし仕方がない」


 慰めの言葉をかけてくるが、そんな生易しいものではない。

 殺しても殺しても殺したりない。それが、我輩の正直な憎悪である。

 仇を討っても、癒えることはない。

 ならば、この傷は一生消えることはないのであろう。


「……そう」


 眼前でずっと黙っていたヴァルが、ゆっくりと何度か瞬きをする。

 彼は、ラルズと違ってあまり我輩の荒れ狂った怒りに衝撃を受けていない様だった。構える気配さえ見せなかった。


 ――もしかして、かなりの強者なのか?


 我輩が疑問を覚えるのと、更なる爆弾をかましてくるのは同時だった。



「それで。君の腰にいているのがミストルティン?」



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