第12話 我輩の名前は
ルーニルという辺境都市は、世界中の大陸の中でも端の方に位置するらしい。
ルドル曰く、辺境都市とは国境近くに位置する都市で、外国からの防衛をする重要な拠点であることが多いのだとか。
つまり、ヤドルギ村はそんな重要な都市の近くにある村であったのか。不屈の村であることにも意味があったのかもしれぬ。
ちなみに、我輩は村からまるっきり出たことが無いと堂々と宣言すると、門番が不思議そうにしながらも「こんなに偉そ……堂々とした村人は見たことがないよ」と朗らかに笑ってもくれた。彼はなかなか大らかな様だ。
しかし、我輩の言動はあまり一般的ではないらしい。千年以上土に刺さったままだった弊害が出ている。今更修正することは出来ないが、少しは歩み寄る努力はしようと思う。
領主の館に行く道すがら、門番が軽く自己紹介をしてきた。
「私の名前は、ラルズだ。君の名前を聞いても?」
名前。
そういえば、失念していた。我輩はミストルティン――略してミストルと呼ばれてきたが、この体はルドルのもの。
つまり、ルドルと名乗るのが普通だろう。
故に口を開こうとすると。
『もちろん、ミストルの名前を使ってよね。今、この体を動かしているのはミストルなんだから』
当の体の持ち主から横槍が入った。
思わず、むっとしてしまう。ルドルの名前が無くなるのは良く無い。
『何故だ? ルドルの体なのだから、ルドルで良いではないか』
『それじゃあ、ミストルの名前はどこに行くのさ。それに、咄嗟に名前を呼ばれた時に、ルドルで反応出来るの? 出来ないよね。絶対僕のことを考えて自分の内側に目を向けようとするよね』
『む……』
人差し指を立てて懇々と諭される様な錯覚に陥る。彼は、穏やかではあるが押しが強いし、それなりに正論も貫いてくる。
だが、我輩としてはルドルの名前が残らないのは嫌だ。
ルドルの体はこうして我輩が動かしているが、名前は生きた証でもある。それが消えゆくのは、どうしようもなく儚い悲しみを覚えるのだ。
だが、ルドルが言うことにも一理ある。
我輩は、ルドルさえ我輩の名前を呼んでくれれば良いと思っていたが。
ならば。
「君? どうした?」
門番――ラルズが不思議そうに振り返ってきた。どうやら考え込んでいる間に立ち止まってしまっていたらしい。
流石に不審に思われる。故に、我輩は少しだけ神妙な顔を作って視線を斜め下に伏せた。
「ああ、すまぬ。……もう、我輩の名前を呼んでくれる者はどこにもおらぬと、どこかで思ってしまっていた故な」
遠くを見る様な眼差しを意識すれば、ラルズが「そうか……」と少々同情気味に返してくれた。我輩、なかなか演技派である。ルドルが「ミストル……詐欺師になれそうだね!」ととんでもないことを抜かしてくれたが、聞かなかったことにした。
そして、少しだけ気合を入れ直す。
我輩が、剣として、そしてルドルの体を使って生きていく誓い。
「我輩の名は、ミストル・ルドル。……好きな様に呼んでくれ」
我輩の名前をファーストネーム、ルドルの名前をファミリーネーム。
ルドルが、少しだけ動揺した様に揺れる。まさか、こんな名乗り方をするとは思っていなかったのだろう。
これでも譲歩したのだ。ルドルと呼ばれたら、確かに我輩は内側にいる彼に意識を向けてしまうだろうから、名前はミストルの方にした。確か、貴族以外は名前で呼ばれるのが普通だと前に旅人が漏らしていたからだ。
ミストルティンにしなかったのは、世に響き渡ってしまっている魔剣の名前を使うのは流石に躊躇われたためである。魔剣という響きはあまり良い方向の印象を持たない。ルドルに悪人のレッテルを貼られるのだけは避けたかった。
そして。
「そうか。では、ミストル。短いだろうがよろしく頼むよ」
にっこりと微笑むその顔に、一応敵意は見当たらない。
人間が善人ばかりではないのは、千年以上も生きていれば理解出来る。故に、我輩は警戒を怠ることはなかった。
しかし。
『すごいねー。都市って初めて見たけど、こんなに大きいんだね!』
中の人間はとてもはしゃいでいて、警戒どころではない様だ。
村よりも多くの人間に溢れ、店にも見たことがないものばかり並んでいる。美味しそうな料理を売っている店や、調理される前の素材を売り買いしている店など実に多種多様である。
『お店って、こんな風にあるんだね。僕の村では行商人しか来なかったし、僕は会えなかったから。何だか新鮮だよ』
『ふむ。ならば、後で色々寄ってみるか? 無駄遣いは出来ぬが』
『うん、賛成! ……あ! あの串に刺さってるボールみたいなの! 食べてみたい!』
『ボール? ……なるほど、ボールであるな。確かに』
『どんな味がするんだろう? ミストル、最初! あれが良い! ……かなあ?』
『ふっ……。そこで遠慮することはなかろう。分かった。では、後であれからだな』
『うん! わあ、楽しみだなあ』
うきうきと、姿形が見えなくても浮かれているルドルが目に浮かぶ。思わず、ふっと笑いが漏れてしまった。
「うん? 何かあったかい?」
「ああ、いや。……見るもの全てが物珍しい故」
「なるほど。確かに、村よりは大きいからなあ」
「ああ。あの、ボール? みたいなものが刺さっている串は何であるか?」
「ボール? ……ああ、ジャガボールか」
「ジャガボール?」
「ジャガイモを丸めて揚げたものだよ。食べてみるかい?」
「ん? 良いのか? 領主への報告が先なのでは?」
「それくらい構わないぞ。何なら奢ってあげよう」
「む。それは……」
初対面で借りを作る。
恐らく悪い人間ではないが、流石にほどんど知らない相手から施しを受けるのは具合が悪い気がする。ルドルも「うーん、それは悪いよね。僕が食べたいって言ったばっかりに……」と少しおろおろしていた。ルドルの責任では無いのだから気にすることはない。
「……ははっ。なるほどねえ。しっかりしているなあ」
「? 何だ?」
「いや。先程、私の部下が失礼極まりないことを言って、気分を害させてしまっただろう? だからそのお詫びということでどうだろうか」
「……なるほど。分かった。では、馳走になろう。頼む」
「ああ。……やあ、ハミン。ジャガボール、二本もらえるか?」
「あいよ! おや、見ない顔だねえ。観光客かい?」
「我輩は、ミストル・ルドル。ヤドルギの村から来た」
「そうかい! ヤドルギから! あそこは質の良い農作物がたくさんあるから、いつもお世話になっているよ! よしよし、サービスであんたには二本あげようじゃないか!」
「む。……そうか。では、ありがたく」
まさか、数日前に村は滅びましたとは言いにくい。ここまで明るく笑われると、あまり暗い顔を見たくないと自然と思ってしまった。
『……でも、いつかは伝えないとね』
『そうであるな。……恐らく、領主に伝えたら直に広がって行くであろう』
ルドルのしんみりとした滲む声に、我輩も何とも言えない気分となる。我輩にとっても、あの村はとても居心地の良い場所だった。千年以上生きてきて、初めて楽しいと思えた故郷である。
「はいよ! 熱いから気を付けてね!」
ハミンという恰幅の良い女性は、なかなか気持ちの良さそうな人間だ。渡してきたその手付きは、元気が良いのにどこか我輩を労う優しさが感じられた。
串には三本の小麦色のボールが刺さっていた。ジャガイモ、というのを食べるのは初めてだ。どんな味がするか未知数である。
『これは、揚げているんだね』
『揚げている?』
『そう! たっぷりの油でカラッと揚げているんだと思うよ。かりっと香ばしくて美味しそう!』
ルドルの弾んだ声に、我輩の期待も高まっていく。
では、と断りを入れて勢い良く齧り付き――かりっとした小気味良い音と共に、あつあつの熱が口の中を直撃した。
「あ、あふっ!」
『み、ミストル! 大丈夫⁉』
「あはは、おやおや。これはまた豪快にいったねえ」
「おいおい、ミストル。それは揚げ立てだから、そんなに勢い良くいくと火傷するぞ」
「ぐ……確かに熱いとは聞いていたが。……しかし、……美味いっ」
香ばしい食感の後にほくほくとした甘みが我輩の口の中に広がっていく。中の黄色い部分がほろりと崩れ、周りのかりかりした生地との食感の違いが楽しめる。
しかも食べれば食べるほど、甘みが増していく。夢中になって、あっという間に二本とも食べてしまった。
『美味しい! ……と、思う!』
『ルドルも分かるか?』
『うん。ほんのり甘い感じがして、お菓子みたいだね!』
『……。ああ。そうであるな』
実際はほんのりではなく、かなり強い甘みを感じるが、甘さはルドルにも伝わった様だ。
やはり、共に同じ感想を抱けないのは淋しいが、一緒に食べて笑い合えるこの空気は心地良い。是非とも世界中の食べ物をルドルと一緒に食べてみたいものだ。
「はっはっは、気に入ったみたいだね! 嬉しいよ!」
「ああ、本当に美味かった。ここにいる間は、また食べに来よう。……こんなに美味い食べ物があるとは、嬉しい発見だ」
「そこまで言ってくれるなんて嬉しいねえ。そのジャガイモは、うちの家族が作ったものなんだよ」
「何と。つまり、農家なのか?」
「ああ、そうだよ。他にはトウモロコシやカボチャ、後は牛を育てているよ。ヤドルギの人に教えてもらったおかげで、本当に美味しいものが出来るようになった。感謝しているよ」
ここでも、ヤドルギの人間の遺した軌跡がある。
それを知り、我輩の心はじんわりと満たされていく様に温かくなった。ルドルも感慨深いのか、何かを噛み締める様な感触が伝わってくる。
「そうか。……こんなに美味しいジャガイモなのだ。カボチャやトウモロコシなどもさぞ美味しいのだろうな」
「ああ。そうだ、今度家においでよ! ご馳走するよ!」
「うむ。機会があれば是非食べてみたい」
互いにがっちりと握手を交わし、手を振って去る。
ラルズが微笑ましそうに見守ってきたが、彼もこのジャガボールの味を噛み締めていたのだろうか。納得である。
「お前さんは、ほんとに美味しそうに食べるなあ。作った方も嬉しいだろうよ」
「そうか? しかし、これほどまでに素晴らしいものを作れるとは。才能もあるだろうが、たゆまぬ努力があってこそであろうな」
「ああ。あそこも頑張って欲しいよ。人手が足りなくなってきているってぼやいていることがあるからなあ。……良い働き手が見つかると良いんだが」
少し心配そうに顎をさするラルズに、我輩もあの店が消えては欲しくないと願う。
しかし、人手不足か。どの仕事も色々と問題を抱えているようだ。前に我輩の前で力尽きた旅人も、「……人さえ……人さえいれば……」と嘆き悲しんでいた。店を経営していたが、あまりに忙し過ぎて体を壊して潰れてしまったらしい。
「ここは、色々美味しいものもたくさんあるからなあ。観光したいのなら、後で案内人を付けようか?」
「それはいらぬ。……しかし、一旅人、いや村人? に対して、やけに親切であるな。とてもではないが、先程の門番の対応とは雲泥の差ではないか?」
「あーははは、……あいつはまだまだ若いということだよ。ベネディ……彼自身、都市から来た者に馬鹿にされることも多かったらしくてなあ」
「む? ここだって同じ都市ではないのか?」
「いやあ……。辺境って付く都市は、国から防衛として重要と言われているし、決して他の都市と比べて劣っているわけではないんだが、……それを理解していない貴族も多くてねえ。まあ、確かに王都と比べれば、文化が少し違うのかもしれないし、古臭く見えるのかもなあ」
あはははあ、と頭を掻いて苦り切った顔をするラルズは、そこまで腹を立てているわけでもなさそうだ。ルドルなどは、「すごく素敵に見えるのに」と不満そうだった。我輩も同感である。
しかし、どこにでも何かと比べて下に見る輩はいる様だ。先程の門番も、ある意味被害者ということか。
「村より街の方が偉いだの、辺境都市は野蛮だの、そういう考え方は違うんだがなあ。……実際ここは、知恵の都市と異名が付くくらいには栄えているし」
「知恵の都市? ほう。それは、興味があるな。何故、そんな名前が?」
知恵と名が付くくらいならば、情報に溢れているかもしれない。人間世界を知るには丁度良い。
思って訪ねれば、ラルズは嫌な顔一つせずに丁寧に教えてくれた。
「初代領主の時に、こっそり初代国王がお忍びでやって来た場所。それが、このルーニルだそうだ」
「初代国王? おしのび?」
「そう。国王陛下はその立場上、公にどこかへ行こうものならば仰々しい護衛を用意したり、スケジュール調整をしたり、まあ色々と面倒な手続きを踏まなければならないからなあ。そういうのを面倒くさがった初代国王が、家臣に内緒で身分を隠しつつここへ来た、というわけさ」
「なるほど。それは、当時の家臣達は大層慌てただろうな」
「そうだろうね。ただ、初代国王は昔冒険家だったとも言われていて、かなり強かったそうだ。だからこそ実現したお忍びだったんだろう」
『冒険家!』
『うむ。……なるほど』
ここで『冒険家』の名称が出てくるのか。
全てのハンターの役割をこなす総称の様に言われている職業。なるほど、初代国王から付いたものなのかもしれない。何事にも歴史あり、というわけだ。
「そして、このルーニルの街の初代領主は非情に面倒くさがりな人間だった」
「……めんどう?」
「そう。一日中暇さえあれば外に出ずに本を読みふけっていたい。そんな人間だったそうだよ」
「それは、本の虫、というやつではないのか?」
「それもそうだけど、何より外に一歩も出たくない、出るくらいなら餓死して良い、本に埋もれて死にたい、そんな言い伝えが残っているくらいだ」
「なるほど。人間としては駄目駄目だったわけであるな」
『ミストルー! 正直すぎー!』
「あはは! はっきり言うなあ。でも、その通りだ。そこに初代国王がやって来てね。そんな初代領主を面白いと思って、その人をこの都市の領主にしたんだ」
「む? 初代領主と言うからには、最初から領主ではなかったのか?」
最初から『初代領主』という言い方をするから、てっきりお忍びで来た初代国王を初代領主として出迎えたのだと思っていた。
しかし、事実は違ったらしい。
「ああ、話がややこしくてすまないなあ。最初、この都市には領主はいなかったんだよ。むしろ、初代国王が国を統治してから、色んな領地に領主を少しずつ任命していって、統治を任せていったというわけさ」
「なるほど……そして、その面倒くさがりな人間がこのルーニルの都市の領主に任命された、と」
「そう。その人は様々な本を読み漁っていたために、非常に知識が豊富だった。そして、更にその知識を応用するのも上手かった。つまり、荒れた土地の回復のさせ方も、下水道をどの様にして管理すれば良いのかも、木々の伐採をどれほどまでに抑えながら付き合っていけば良いのかも、汚染水の浄化の仕方も、色んなことに精通していたわけだね」
「……なるほどな。つまり、今の国の治安の基礎を築く方法を編み出したのが、その面倒くさがりな初代領主というわけか」
合点がいって我輩が目を細めると、その通りとラルズが認めてくれる。
暇さえあれば本だけ読んでいたいその領主が、問題を次々と解決に導いてくれる案をぽんぽん出していったのだろう。それは、初代国王も重宝するはずだ。
「二代目は少しは外に出る人間だった様だけどなあ。血筋は争えないのか、この都市の領主は代々面倒くさがりが多いというわけだ」
「……つまり、これから我輩が会おうとしている領主も?」
「初代ほどではないけどね。ただ、……民を大切にされるお方ではある。だから、ヤドルギ村のことを聞いておきたい。組織的なものなのか、残党がいるのか、など判断したいからね」
つまり、我輩の証言は我輩達が思っている以上に重要なものとなるらしい。
あの若い門番が例外で、この都市を守る者達は、思ったよりもしっかりと民のことを考えている者達だった様だ。
もし、物語を読んで「面白い!」「続きが気になる!」と思って下さいましたら、
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