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第11話 剣である我輩に身分証明書など無い


「……この体の体力の無さだけは、無念であるな」

『ご、ごめんね。僕もまさか、ここまで体力が無いとは知らなかったよ』

「村は小さかったからな」

『色んな事が事足りてたからね』

「だが、初日よりは遥かにマシになった。……やはり、一朝一夕にはいかぬが、継続は力なり、といやつであるな」

『そうかも。……ミストル、剣を杖代わりにしなくなったもんね』

「……うるさいぞ」


 よぼよぼの老人の様な行動を取らざるを得なかったのは屈辱であった。

 しかし、今はかなり息切れはしていても、何とか自分の足だけで歩けている。

 木の枝が這う地面も、鬱蒼と道を塞ぐ様に茂る葉っぱも、均等ではない石だらけの不安定な足場も、転ばずに一歩一歩着実に歩いて行った。

 そして。


「……あそこに見えるのは、何であるか?」

『え? どれどれ、……あ! もしかして、街じゃない?』

「? 街か、あれが?」

『うん! ……多分?』


 少し自信なさげに首を傾げるルドルに、我輩もまじまじと見下ろしてしまう。今、我輩は山をようやく抜け、後は緩やかに坂を下るだけの場所に立っていた。

 眼下には真っ白な四角いものがぎゅうぎゅうに敷き詰められた様なものが見える。その手前あたりには、二人くらいの人間が武器を持って佇んでいた。

 そして、真っ白な四角いものが収束した場所と外側は、何か鉄格子の様なもので阻まれている。

 鉄格子の前に、武器を持った人間。

 しばし意味を考えていたが。


「……あれが、門、というやつか?」

『門? ああ、街や都市だと、そういうのがあるって聞いたことがあるよ』

「なるほど。外敵を入れないための処置か。……村は開放的なのだな」

『そうだね。門がある村、ってあるのかな?』

「どうであろうな。何しろ我輩も、人間世界は初めてである故」


 しかし、なるほど。あの真っ白で四角いものが多く敷き詰められているのが街。遠くから見ると豆粒みたいな大きさなのは意外だ。ヤドルギの村でさえ、それなりに歩くと疲れるくらいの広さがあった。村であの広さなら、街はどれだけ広大なのか。楽しみではある。


「とにかく、ようやく普通のベッドで眠れそうであるな」

『うん! まだ食料やお金はあるよね?』

「うむ。追いはぎの様な真似をして申し訳なくはあったが、村の者達が色々と蓄えていてくれて助かった」

『資源は、生きている人に使ってもらってこそだよ。……悪党に使われなくて本当に良かった』


 感じ入る様に呟かれ、我輩も前を向く。

 宝の持ち腐れ、という言葉もあるくらいだ。せっかく目の前に役立つものがあるのならば、使わないでいるのはもったいない。そう捉えることにする。


「では、行ってみるか。門とやらに」

『うん! 初めての街、楽しみだね!』


 うきうきと弾んだ声を出すルドルに、我輩は笑いながら肩を竦める。

 確かに、我輩にとっても初めての街だ。どんな賑やかな明るさがあるのか。想像するだけで楽しみである――。











 そんな時もあったものだ。


「お前、身分証明書は?」


 門に辿り着き、ルドルに言われた通り軽く挨拶をした直後にそんなことを言われた。

 彼らは門番、という者達らしい。どうやら、街に入るための審査を任されている様だ。若い方の門番が、どこかふてぶてしく告げてきた。

 しかし、身分証明書。何だそれは。



『村では、そんなものを見せる必要があったのか?』



 ルドルに軽く問いかけてみると、彼も、ええっと首を傾げて困っている。


『僕の村では誰もが自由に行き来出来ていたと……思うよ?』

『ならば、街が特殊なのであろうか』

『うーん。確かに。特に王様、とかがいる都市だとよけいそうなのかも。でも、困ったね。僕、特に身分を証明出来るもの、村に帰ったとしても思いつかないよ』

『そうであるか。ならば、仕方があるまい』


 無いものは無い。

 であれば、選択は一つ。



「無い」



 どーん、と胸を張って堂々と宣言した。

 門番二人が一瞬、ぽかんと間の抜けた様に口を開けるくらいには清々しく宣言出来た様である。

 だが、立ち直りも早かった。


「無いのであれば通せん」

「ふむ。つまり、善良なる村人を文字通り門前払い、というわけだな?」

「なに?」

『ちょ、ちょっと、ミストル?』


 我輩がありのままの事実を述べると、何故か目の前の若い門番の眉が跳ね上がった。ルドルもわたわたと慌てた様子を伝えてくる。



「我輩は、ヤドルギの村から来た」

「ヤドルギ? ……ああ。あの、何も無い村か」

『――』

「何も無い?」

「……おい。やめろ」



 門番の若い方が、ふっといかにも馬鹿にした様に笑う。

 一瞬、本当に一瞬だが我輩の中で、少し傷付いた様に気配が揺れるのを感じ取った。

 それだけでも我輩の頭のどこかがぷっつーんと切れそうになっているというのに、この若い門番。隣にいた中年の門番がたしなめたというのに、頭が軽いのか止まらなかった。


「ああ。だって、山奥にある小さな小さな農村だろ? そんなところから来たんだったら、身分証明書がないのも頷けるな。……田舎者ってことだろ?」


 何を言い出したのだ、この門番。

 あそこは農作に適した土地。千年以上の間、例え何度も滅びても再び村としてよみがえった不屈の場所。人のたくましさと頼もしさを知る最たる聖地である。

 それを何も無いとは何事か。見る目の無い輩は、いつの時代も害悪よ。



「……貴様。よりによって、村を見下すとは。権力に媚びを売る輩の一人か?」

『……ミストル?』



 ルドルが戸惑った様に名前を呼んでくるが、止まりはしない。

 実際、ルドルも本気で止めようという気配はなかった。何となく、じんっ、と胸が震える様な感覚に襲われたのは、ルドルの感情が揺さぶられているからなのだろう。

 大丈夫だ、という意味合いも込めて我輩は胸に手を置く。

 そして、苛烈に若い門番を腕を組んで見下した。



「ふん、だとすれば嘆かわしい。人々を守る守護神であるはずの門番の風上にも置けぬな」

「……は? ……んだとっ?」

「ほう。人を馬鹿にするくせに、貴様自身は馬鹿にされたら怒るのか。程度が知れる。……貴様では話にならん。責任者を出せ」

「ああ? ……てめえ、田舎者のくせに生意気な……!」



 田舎者田舎者の一点張りか。

 なるほど。見た目もチャラい感じがしたが、頭と中身もチャラい様だ。

 そして、下に見ている者に馬鹿にされれば逆切れする。所謂いわゆるプライドだけは高いクズということだ。

 これは、一度懲らしめるべきか。

 物騒な気配を嗅ぎ取ったのか、流石にルドルが声を上げてきた。


『うん? ちょ、ちょっと待って、ミストル! 喧嘩は駄目だよ! 口喧嘩は良いけど! 暴力はまだ駄目!』

「む? 良いではないか。弱い犬はよく吠えると言う。一度痛い目を見ておいた方が、後々世間を渡り歩く時に楽になれるぞ」

「んだと、てめえ! 誰が弱い犬だって⁉」

『ちょ、ちょちょちょちょっと、ミストル!』

「ふむ。貴様のことだが? ほら、今もよく吠えている」

「て、めえ、言わせておけば……!」

『わわわ、み、みみみみミストル……!』


 慌てふためくルドルに構わず、我輩は向かってくる門番を迎え撃つ。

 剣を抜くまでもない。だが、殺すわけにもいかないので、いつも使っていたつむじ風を放つことにした。

 するっと、風で足元を掬ってやると、見事にびたーんと顔面から落ちた。『い、痛そう……』と、あまりにルドルが痛い声を出すので、我輩もやり過ぎただろうかと少し反省する。

 そのまま起き上がらない門番の下にしゃがみ込み、つんつんと頭をつついてやる。

 だが、起きない。

 つまり。



「気絶した様だな」

『気絶した様だな、じゃないよね⁉』



 事実を確認すれば、ルドルが、のおおおおおおっ、と頭を抱えて絶叫した。様な立ち姿が見えた気がした。ルドルの反応はとても分かりやすく、想像するのが楽である。


「どうした? そんなに慌てて」

「あ、あわて……? いやあ、君、かなり落ち着いている様に見えるんだけどなあ」

『いやいやいやいや! 最初から暴力沙汰を起こしてどうするの⁉ まだ街に入ってもいないのに、これじゃあブラックリストに入っちゃうよ!』

「む? ブラックリストとは何だ?」

「……ぶ、ブラックリスト? さっきから何を言っているんだい、君は」

『ブラックリストって言うのは、要注意人物どころか見つけたら監視が付いちゃうくらい危ない人ってことだよ!』

「なるほど。ちなみに、要注意人物なら何リストと言うのだ?」

『え? 確か、イエローリスト……?』

「ふむ。では、……門番よ。せめて、イエローリストにならぬか?」

「い、いえろー……? 何だい? これは私と交渉をしようとしているのかなあ?」

「うむ、その通りだ。どうにか我輩の所業が軽くならぬか? こやつに村のことを馬鹿にされたので、つい」

「つい」

「身分証明書はどう足掻いても無い。家に帰っても無い。何故なら、ヤドルギの村はつい数日前に、野盗に襲われて壊滅してしまったからな」

「――。何だって?」


 中年の門番の顔色が変わった。

 ふむ。彼は、このぶっ倒れている若い門番とは違い、まともな感性の持ち主の様だ。


「君、もしかして助けを求めに来たのか? 生存者は?」

「……いや。生存者はいない。野盗ももう倒した。……我輩の力が足りないばかりに、助けるのが遅くなってしまったが」

「……。そうか。辛いことを思い出させた」


 そうか、そうか、と何度か小さく頷くと、門番が上に向かって手を上げる。


「すまないが、私と一緒に来て欲しい。そのヤドルギ村で起こったことを領主に伝えてはくれないか」

「領主?」

「そうだ。……ようこそ、辺境都市ルーニルへ。若き旅人よ。よくぞ生きてここに来てくれた」


 門番が我輩にそう告げると同時。

 厳かに閉ざされていた門が、満を持してゆっくりと開いていった。



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