第10話 初めての野宿
捌いたウサギを塩漬けにし、旅人から聞きかじった方法で火炙りにしてみた。
更にはルドルに教えてもらいながらスープを作り、それにもウサギの肉を入れて煮込むと思ったよりも良い香りが鼻腔をくすぐり始める。
「うむ。ウサギの肉も中まで火が通っているようであるな」
『うわあ。僕、こういう野生の手料理って初めてだ! わくわくするなあ』
「やせい……まあ、そうであるな」
我輩も、つい昨日まで地面に刺さっていた野良剣である。野生と言えば野生の存在だ。
つまり、これは野生の剣が作った野生料理。野生節満載である。ルドルがはしゃいでいるのならば、それで良いが。
果たして、お味は。
ばっくん、とまずは肉にかぶり付く。
もしゃ、もしゃ、っとゆっくり噛み締めてみるが。
「……。……うむ」
『ミストル? どう? どう?』
「そうであるな。まあ、……臭くはない」
血抜きをきちんとしないと、野生動物の肉は生臭い。
事前に旅人からそう漏れ聞いていたので、何とか魔法で血抜きを終わらせていたが、焼いた肉は固かった。下処理とやらが駄目だったのかもしれない。
『美味しくない? ……僕の方には、肉だなーっていう感じの味が来るけど』
「いや、味は悪くは無いが。少し、固いな」
『そっかあ。でも、これぞ野宿って感じだよね!』
「……楽しそうだな」
『うん! だって僕、村から出るの生まれて初めてだから。ミストルを通して森の中に入った時点でわくわくしてたよ!』
にっこにっこと擬音でも鳴り響きそうなほどの笑顔を幻視する。実際、歩いている間ずっとルドルは、わあ、わあ、っと子供の様にあちこちを見回して楽しんでいた。ついでに、我輩も剣に視点を移して百八十度偵察しながら歩いていた。――何と、我輩はルドルに憑依した後も、意識して視点を剣にも半分移して視界を百八十度確保出来るのである。これもルドルを通して神から教えてもらった能力の一つだった。
確かに剣の姿の時も、視界は前後左右上下全て見渡せていた。まさかの能力に絶句するしかない。
だが、料理の腕は授けてくれなかった様だ。
「固いものばかり食べて顎を鍛えるのも良いが……ルドルよ。お前、料理はどうなのだ?」
『お手伝いはしていたし、たまに一人で料理もしていたけど。でも、元々肉とか魚は綺麗なものになっていたのしか見たことないからなあ……』
「ふむ。お坊ちゃん育ち、とやらであるな」
『否定はしない。……塩漬けして揉んだら、充分だったんだけど』
「それはきっと、既に処理が色々されていたからであろうな。ふーむ。今度料理人とやらに会ったら聞いてみるか」
それに、スープの方を一口啜れば、こちらは上手く仕上がっていた。ウサギの肉もなかなか柔らかくなって、旨味もたっぷり出ている。
「しばらくはスープにして煮込むのが良いかもしれぬな。こちらは文句なく美味い」
『そっかあ。確かに。さっきのよりも、美味しい! って感じがするよ!』
「味はぼんやりとしか分からないのだったか?」
『うん。全く味がしないっていうわけじゃないし、美味しいっていうのも何となく分かる程度だけど。でも、ミストル自身の美味しい、とか、こんな味、みたいなのはしっかり伝わってくるんだよね。だから、……僕のクロワッサンが美味しかったっていうのも本当なのは分かったよ』
にこにこと、頭にお花でも咲いた様な声が聞こえてくる。きっと正面で向かい合っていたら、だらしないくらいにふやけた満面の笑みが見えていたであろう。――少し見たかったと、淋しく思う。
「……そういえば、我は人間に憑依して力を振るうということだったが。まさか、次々と人間から人間へと移り住んでいける、ということであるか?」
『そうだね。まあ、近くに条件が揃った体がないと駄目だろうけど。……もしかして、もう僕の体に飽きた……?』
「そういう意味ではない」
『そっか! 良かったあ……』
心の底からホッとした様な声を出され、言葉選びに失敗したことを悟る。
我輩がルドルから離れたいはずがないだろうに。とはいえ、彼には伝わりにくいであろう。
「生涯、我輩はルドルにしか宿らぬ。安心しろ」
『そ、それは嬉しいけど……重すぎない?』
「重い? とは何だ?」
『ううん。……僕は、ミストルとずっといられるならそれで良いから、良いけどね』
「そうか?」
『うん。あ! でも、結婚とかはしても良いからね! 好きな人出来たら教えてね!』
「ぶっ!」
いきなりの発言に、噴き出してしまう。ウサギ肉が一欠片吹っ飛んだ。もったいない。
ごほごほっと噎せてしまったのは、ルドルの体だからだ。剣ならばこんな失態は犯さなかったのにと恨めしく思う。
『どうしたの?』
「いや……我輩は剣であるぞ? 結婚とはまた飛躍したな」
『そうかなあ。人間の体で過ごしていたら、そう思う時もあるかもしれないじゃない?』
「今は全く考えられぬな……。まあ、そうなったらそうなったで追々考えるが」
そんな日は来ないであろう。
何故なら、我輩の体は本来ルドルのものだ。加えて、我輩は剣。そして、我輩が宿る限り年を取らない。
そして何より、この体は我輩が抜けたら再び遺体となるのであろう。
リスクが高すぎる。万が一にも結婚をするとしても、相手にこの異常な状態を受け入れてもらわなければならない。まず無理だろう。
「年も取らない、か。つくづく都合の良い能力であるな」
『あはは、そうかもね。もちろん、怪我はするけど。でも、病気はしないみたい?』
「うん? そうなのか?」
『神様がね、ミストルの魔力は病原菌? とかそういったものを弾く効果があるんだって。だから、状態異常なんかも効かないって言ってた』
無敵であるな。
とてつもない恩恵である。風邪を引かないだけではなく、毒や痺れなどといった悪影響も受けないということだ。つまり、毒を塗られた短剣で刺されても、痛くはあるが毒は回らないということである。
『あ、もちろん刺されたら痛いみたいだけど』
「そうであろうな。筋肉痛はもう二度と体験したくない」
『あはは。……ただ、僕という人間の体ではあるけれど、心臓を刺されてもすぐには死なないみたい』
「? 何故であるか?」
『僕って、もう死んでたでしょ? でも、ミストルが乗り移って、ミストルの魔力で心臓を再生して生き返った様な状態になっているんだって』
「ふむ? つまり?」
『僕の今の心臓は、ミストルの魔力ってこと。だから、無尽蔵なミストルの魔力が尽きない限りは心臓はすぐ再生する。まあ、……ほとんど無敵ってことだよね』
本気で無敵であった。
風邪を引かない、毒や痺れも効かない、心臓を刺されても再生する。
もし、目の前でそんな芸当を見せられたら、見る者見る者にゾンビの様な目で見られそうである。
この体は、ルドルのもの。ルドルに変な噂が立つことだけは避けたい。人間の世界の中では重々注意しようと密かに誓う。
「つまり、刺されて血は出るし痛みはあるが、死にはしない、ということであるな?」
『うん、そうみたい。ミストル、ヒーローみたいだね!』
「いや、どう考えても悪魔みたいな能力であろう」
『そうかなあ。倒れても倒れてもまた立ち上がる。それって、ヒーローだからこそ諦めない力、みたいな感じでカッコ良いよね』
ルドルの感性はズレている。
彼の話を聞いて、しみじみと実感した。
倒れても倒れてもゾンビの様に立ち上がる。これほど相手にとって恐ろしいことはあるだろうか。否、無い。
まあ、我輩と敵対するのであれば、すべからくなぎ倒すだけ。それこそ、倒れても倒れてもゾンビの様に立ち上がって追い詰め、倒す。我輩の理には適っている。
ならば、良いのであろう。
「うむ。ルドルには、相手が良い者か悪い者か、見極めを行ってもらわねばならぬな」
『まっかせて! 悪人っぽい人がいたら、ちゃーんとミストルに忠告するからね! その人、詐欺師っぽい、とか』
「ふむ。途端にうさん臭さが増したな」
『どうして⁉』
「……」
考えてみれば、お人好しの塊っぽいルドルに悪人の選別が出来るのであろうか。
彼こそ、詐欺師にころっと騙されてお金を大量に貢がされる典型的なカモになりそうではないか。
人間の町に出たら気を付けよう。
そう固く心に誓う我輩であった。
『ねえねえ、ミストル!』
「うむ。どうした?」
『上! 上見てよ!』
「上? ――」
ルドルに言われるがままに視線を頭上に移すと、きらきらとした小さな輝きがいっぱいに広がっていた。
紺色の絨毯に煌めく無数の明かりは、ちらちらと明滅しながらどこまでもどこまでも空を駆けて行っていた。
あまりの美しさに、我輩はしばし言葉を失う。
『綺麗でしょ!』
「うむ。……綺麗だ」
『村でもこんな風に満天の星空を見られたけど。こうして、森の中から見上げる星空は格別だね! ……ミストルもいるからかな』
最後は囁く様に声が耳朶を震わせる。
我輩も、もう一度満天に輝く星空を見上げる。
確かに、一人で見ても美しくて感動していただろうが。
〝綺麗でしょ!〟
そんな風に、子供の様に自慢してくる彼がいるからこそ。
一層美しく見えるのかもしれない。我輩も、そう思った。
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