66 前提として
〇まえの回のあらすじです。
『ユノが、友人のフローラに、じぶんの計画をつたえる』
「聞き捨てならないことを言ってくれるわね」
みじかく息を吐いて、フローラは大樹の洞の部屋でほおづえをついた。
かのじょの反応は織り込みずみだ。
これくらいの落胆ですませてくれると思っていた。
「ちなみに訊くけど、人の世界を独立させるってのは、具体的にどうするわけ」
「うまく説明できるか分からないけど」
あたまに手をやろうとして、ユノの指さきは【覇王の冠】に触れた。
きのうからつけっぱなしにしていたものだ。
はずしかたが分からなかった。
フローラがアゴをしゃくる。
「いいわよ。とりあえず言ってみて。こっちでなるべく整頓して聞いてみるから」
「うん……」
すすめられるままに、ユノは答えた。
「えーっと。まず、今は人間の世界って、【善】の神さまも、【悪】の神さまも、いない状態なんだよね」
「『善』のほうは、たしかにハルが妖精側にいるからわかるけど。【悪】もってのは? 後継にあたる存在が誕生してしまったって、ちょっとまえにセレンが言ってたけど」
「そう……。エバっていう子がそうなんだけど」
――前提として。
この、ユノにとっての【異世界】であるメルクリウスは、とりわけ人間界において、本来【善】の神と【悪】の神の二柱があって、はじめて秩序だった状態が存在・維持される。
現在、人間の世には混沌とした風情が蔓延しているが、それは【善】のちからの調停者たる金の竜が不在となり、また、金竜の調整をうしない、噴出した憎悪や悲憤のはけぐちとして機能していた【悪】の調停者【ディアボロス】もまた、いなくなったためである。
「もとより、」
とユノはつづける。
「だれかの制御なくしては、この世界の人は、まともに生きることができなかった。いや、ちゃんと自分のちからで考えて、行動して、生きている人もいるのだろうけれど、あんまり多くはなかったんだ。すがるものがなければ……」
「耳の痛い話ね」
「きみのことを言ったんじゃないよ」
ユノは苦い顔をするフローラに、あわてて訂正した。が。
「いやしくも、わたしも王家の末席を汚す身でね。民が不躾な生きかたをしてきているというのなら、それはかれらの住む土地をおさめ、かれらの教養を培うだけのことをしてこなかったわたしたちの責任でもあるのよ。……まあ、もう城にもどる気のないわたしには、なにを言う権利もないんだけど」
「えっ……」
ユノは頭をはねあげた。
(……城にもどる気がないってのは)
――人間界に帰らない、ということだろうか。
フローラは、なにごともなかった体でユノに「つづけて」と掌をむけてうながした。
ユノの動揺に、気づかなかったわけではなかろうに。