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第九話 『今度からファプリーズは絶対に持ち歩くよ、もうあんな事はこりごりだからね』


 西暦2082年5月27日 水曜日 午後7時24分



「う~、忘れ物、忘れ物!」

 今忘れ物のノートを取りに夜の学校の暗い廊下を全力疾走している私はごく一般的な女子高生。強いて特徴を挙げるなら、特徴がない事が特徴って事かな?名前は弓倉 育美。1年1組、名簿30番。そんな訳で1年1組の教室に来たのだ。

 明日から二日間、茂団高校は中間テストなの。家に帰っていざ勉強をしようと鞄を開いたけど、英語のノート見当たらない。もしかして、学校にノートを忘れたんじゃ? と、思った私は学校に戻ってきた。既に日が沈んでる時間帯なので、正門は閉まっていたけどなんとかよじ登って潜入する事ができた。


「よし、あった」

 自分の机を漁り、目当ての英語のノートを見つけて安堵する私。

 目的を達成したのでさっさと帰ろうと廊下に出た時、静寂が支配する校内に微かな声が聞こえてきた。

「デ……シテ……ブル……ァ……」

 子どものような高い声だ、気になり立ち止まって耳を澄ませる。

「アソンデー……」

 今度はハッキリ聞こえた。どんどんと声が大きくなっているようだ。

(アソンデー……遊んで? 遊んで欲しいの?)

 高校に子どもが、それも夜にいる筈がない。ならあの子どものような高い声は一体何なのか?

「誰かいるの!?」

 じわじわとくる恐ろしさに恐怖を感じて、つい叫んでしまった。

 一瞬の静けさの後、

「ア゛ア゛ア゛ァァァァァ!!!」

 と、何者かが叫びを上げたので、私は驚いて尻餅をついた。

(何? 一体何なの?! 誰なの!? もしかして悪戯!?)

 そうだ、誰かの悪戯に違いない。きっと忘れ物をした生徒を驚かす為に誰かが仕組んだ悪戯だ。さっきまで感じていた恐怖が怒りに変わり、体中が熱くなるのを感じる。

「ナデナデシテー……ファー……ブルスコ……ファー……」

 すぐ近くから声が聞こえてくる、私に近付いているようだ。

(悪戯にしては手が込みすぎているわ! 悪戯の犯人に一発怒鳴らないと気がすまないんだから!!)

 立ち上がり、声が聞こえた暗い廊下の奥を睨みつける。そこでおかしな事に気付いた。


 さっきから、足音が一切ないのだ。


 声はだんだんと大きくなるという事は、悪戯の犯人は近付いている。でも足音が一切聞こえない。これはどういう事なの?

 さっきまで上がっていた体温が急激に下がり、怒りが恐怖に変わった。

(足音がないし……もしかして人間じゃない? 幽霊? 幽霊なの?)

 足はすくみ立っているのがやっとだ。歯が震えガチガチと鳴る。去年亡くなったお婆ちゃんの顔が脳裏に浮かんだ。

(お婆ちゃんがいつも言っていたなぁ……消臭スプレーのファプリーズはいつも持ち歩けって。除霊や目潰し、ライターと組み合わせて火炎放射としても使える万能兵器だから最強の護身兵器だよ、って……。学校に行く前によくファプリーズの事でお婆ちゃんと喧嘩してたっけ……)


「育美、ハンカチ、ちり紙、ファプリーズは持ったかい?」

「ファプリーズなんていらないよ。みんな持ってきてないし」

「でもね、育美。ファプリーズは最強なの。お婆ちゃん、化けて出てきた死んだお爺ちゃんをファプリーズで退治した事もあるのよ」

「ファプリーズなんて学校に持って行ったら絶対イジメられる!嫌だ!!」


 あの時のお婆ちゃん、とても悲しそうだったなぁ……ごめん、お婆ちゃん……。

(ハッ、いけない! 現実逃避している場合じゃないわ!!)

 いつのまにか足のすくみは無くなり、歯の震えは止まっていた。天国のお婆ちゃんが私に力をくれたのかもしれない、ありがとうお婆ちゃん。

(もし、生きて帰る事ができたら…その時は、いつもファプリーズを持ち歩く事にするね、お婆ちゃん)

 今手元にファプリーズはないので、幽霊と戦えない。なら逃げるしかない。

 幽霊の声は前方から聞こえてきたので、後方は安全だろう。踵を返して走ろうと右足を上げた、その時……。

「オナカヘッター、オナカヘッター」

すぐ足元から幽霊の声がした。

「キャアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!」 

 あの時、突然の事で混乱した私の脳は、勝手に最短の脱出ルートを選択して行動に移していた。二階の廊下の窓ガラスをぶち割って飛び出した私は、全治一ヶ月の怪我を負い、一週間の間入院する事になった。中間テストは退院後、再テストをするらしい。


 後日、茂団高校では夜にお腹を減らした子どもの幽霊が遊んで欲しいと言いながら校内を徘徊すると言う怪談が広まった。この短期間に窓ガラスをぶち破って飛び降りる生徒が増えているのは、この子どもの幽霊が生徒に憑いて体を勝手に動かしているから、と言う噂が広まっている。真相を知っている者はごく僅かであり、遺物研究同好会の部員のみがその幽霊の正体を知っている。


 この幽霊の正体は実は遺物なんだ。


 遺物研究同好会が茂団高校に設立されて三週間が過ぎた。最後の一週間は中間テストの勉強があり、皆はあまり活動が出来なかったけど、実質二週間の短い時間で入手した幽霊の正体である二つの遺物、それをみんなに紹介しようと思う。



 『動いて喋る毛玉ぬいぐるみ』


 名前:エリザベス(命名:カリン・エドワーズ)

 備考:全長15cmくらいの少し縦長の白い毛玉。目やくちばしや足、耳や尻尾が付いていて、話しかけたり頭を撫でると反応する。その特徴的な目や声がホラー。



 西暦2082年5月21日 金曜日 午後3時41分



 放課後、遺物研究同好会の部室を覗いてみると、既にカリンさんが来ていた。

 椅子に座っているカリンさんに挨拶をしようとして……止めてしまった。カリンさんが机の上で何かを熱心な表情で何かをいじっているので、声を掛け辛い。邪魔するのも悪いと思い、とりあえずカリンさんの後ろから何をやっているのか窺う。

 カリンさんは少し縦長の白い毛玉を抱きしめたりもふもふしている。その毛玉には足や耳が付いているのが見えた。

(カリンさんが持っているのはぬいぐるみだろうか?)

 と、考えていたけど、その考えは次の瞬間吹き飛んだ。カリンさんがひっくり返した毛玉の両足の間に、電池のカバーのようなものが見えたからだ。カリンさんが腕を組み、何かを探すようにその毛玉をじっくり見ている。

「ムムム……」

 カリンさんがその毛玉をいじるのを止めたので、声を掛けてみる。

「カリンさん、それは?」

「オゥ! タンマゲタァーア!!」

 突然僕が声を掛けたので驚いたようだ、カリンさんがビクッと体を揺らして振り返った。

「驚かせてごめん。何か作業をやっていたから、声を掛け辛くて」

「オウ、マジ魂消タネ!! トコロデコイツヲ見テクレ、ドウ思ウ?」

 カリンさんがさっきまでいじっていた毛玉を僕に見せる。毛玉に耳や足、くちばしや尻尾とかが付いていて、目は寝てる時みたいに閉じている。

「凄く、ぬいぐるみに見えます……でも違うよね?」

「オウ、タダノヌイグルジャナインダナ、コレガ」

(ただのぬいぐるみじゃないって事は、もしかして……)

「多分だけど、遺物かな?」

「ナゼ分カッター!?」

 カリンさんが口を思いっきり開けて僕もびっくりするくらいに大げさに驚く。

「いや、だって…電池のカバーみたいなのが見えたし、機械でしょ?ぬいぐるみじゃないみたいだし、遺物かなって思っただんけど……」

「流石、コウッチダゼ!マジ頭良イ!!」

 カリンさんが椅子から立ち上がり、僕の頭に手をて伸ばしてなでなでする。暖かくて柔らかいカリンさんの手が僕の頭に触れて、何だか変な気持ちになりそうだ。

「そ、それよりも! その遺物は何なの?」

 これ以上頭を撫でられたらよく分からないけど大変な事になりそうな気がするので、慌てて話題を変えた。

「拙者モアマリ分カラナイデゴザルガ、遺物ラシイッスヨ」

 カリンさんは僕の頭をなでなでするのを止め、机の上にその毛玉を置いて椅子に座った。

「遺物にしては凄く綺麗だね、どこで見つけたの?」

 その毛玉は汚れがまったくなくて、どこからどう見ても新品のぬいぐるみだ。言わなければ遺物だと分からないだろう。形を保っている物ですら珍しい遺物の中では、かなり希少な遺物だ。

「ウン、超ビューティフル。昨日、酔ッ払ッテ帰ッテ来タ親父カラ貰ッタネ。電池入レルトコ見ツケタカラ、遺物ジャナイカト思ッテ持ッテキタ」

「へぇ……その遺物、凄く綺麗だし動くかな?」

「新品ノ電池ヲ入レタケド、動カナイ。ブロークンシテルカモ……」

 カリンさんが肩を下ろし、しょんぼりしたような顔をする。

 こんなに綺麗な遺物が壊れているなんて信じられない僕は、「少し借りるね」とカリンさんに断り、机の上に置いてある毛玉を持つ。ぬいぐるみたいなもふもふした手触りで、このままずっともふもふしていたい衝動を抑えて、様々な角度からその毛玉を見る。

(見た感じ、どこもおかしいところはない……か。やっぱり機械に詳しくない僕が見ても何も分からないよな……ん?)

 毛玉を机の上に置こうとした時、毛玉の両足の間に黒い何かが見えた。その部分を顔に近づけてよく見てみる。毛に埋もれていて見辛いけど黒く小さなスライド式のスイッチがあり、左右にはONとOFFの表記がある。スイッチはOFFの側にある。

「カリンさん…ここ、スイッチだと思うけど……」

 右手で毛玉を持ち、左手でスイッチの場所を指差しカリンさんに見せる。

「オウ……? オオオオオオォォォォォォ!!」

 カリンさんが目を見開き絶叫しながら、僕の持っている毛玉を引ったくりスイッチの部分を凝視している。

「コウサン、ヨク見ツケタッスネ! マジパネェ!! パネェ大魔王!!」

 パネェ大魔王はよく分からないけど、とりあえず褒めれらているらしい。

「あ、うん……カリンさん、スイッチをONにしてみようよ」

「ヨッシャ!エントリィィィィィィィィィィ!!」

 カリンさんが毛玉のスイッチをとONに切り替える。毛玉の目がパチッと開いて……なんか気持ち悪い!この毛玉の目、眼力があってなんか気持ち悪い!!

「ヘロー! フヘヘ」

「キェェェェ!! アァァァァ!! シャァベッタァァァァ!!!」

 その毛玉が黄色いくちばしを動かして子どものような高い声で挨拶をしたので、驚いたのかカリンさんが目を見開き体を揺らして叫んだ。 

「イナイイナイバア」

「マタシャベッタァアアァアアァアア!!!」

 更に体を揺らして叫ぶカリンさん。なんか怖いんだけど……。

「何やら賑やかだな、どうした?」

 川島部長が部室にやってきた。発狂しているカリンさんを生暖かい目で見ながら、僕らに近付いてくる。

「あ、川島部長。カリンさんが遺物を見つけたんですよ」

「ほう、エドワーズが? すげぇじゃないか!!」

 川島部長がその辺から適当な椅子を持ち、カリンさんの近くに椅子を置いて座った。

「どれどれ、ちょっと見させてもらおう」

 川島部長はカリンさんから半ば強引にその毛玉を奪い取る。毛玉を取られたカリンさんは手元に毛玉がなくても「アアアアアァアァアァ!!!」と、叫んでまだ体を揺らしている。大丈夫なのか本当に心配になってきた。

「ぬいぐるみのようだが……喋るのか、面白い」

 川島部長がその毛玉のお腹を指で押すと「クヒヒ」「ウェッヘ」等の反応が返ってくる。

「ナデナデシテー」

「ん、撫でてほしいのか?」

 川島部長が毛玉の頭が潰れるほど力を入れ、高速で擦ってなでなでする。

「ファー……ブルスコ……ファー……」

 その毛玉が白目を剥き、くちばしをピクピク動かしている。何これ気持ち悪い。

「うわなんか気持ち悪ッ!!」

 僕が思っている事を部長が言って、毛玉にチョップを繰り出した。

 その毛玉は「モルスァ」みたいな事を言いながら凄い勢いで窓の方へと吹っ飛んで行く。あのままだと窓ガラスにぶつかるだろう……あ。

 不運にも毛玉が飛んでいる方向の窓ガラスは開けてあった。最近暑かったので、誰かが開けておいたのだろう。

「エリザベェェェェェェス!! 今助ケル!!」

 いつの間にか正気に戻ったのか、エリザベスってその毛玉の名前なの? と訊く暇もなく、カリンさんが長い金色の髪をなびかせて窓が開けてある方向に走り出した。

「ちょ……!! カリンさん、ここは二階……!!」

 この後の展開が容易に想像出来てしまう。カリンさんを止めようと叫ぶけど、まったく聞いていない。

「ウェェェェェェェェェェェェイ!!」

 毛玉が外に飛び出し、カリンさんもそれに続き外へ飛び出す。

 空中で毛玉をキャッチしたカリンさんは、そのまま地面に落下していった。



「ふぅ……これで禁煙773回目、失敗か……」

 いつものように人気のない校舎裏でマイセンのスーパーライトを吸う。二日ぶりに肺が煙で満たされていくのを感じる。あともう少しでスリーセブンじゃん、超ラッキー!!なんて思う心の余裕はない。

 高校の養護教育なんて最初は楽かと思ったが、妙に忙しくてストレスが溜まる。本当は禁煙したいんだがストレス解消の為についついタバコに手を出してしまう。

(これもみんなカリン・エドワーズのせいかもしれない)

 カリン・エドワーズ。茂団高校に入学してまだ二ヶ月も経っていないのに、様々な問題を起こす問題児。今年の4月からの生徒の怪我の総数の9割はカリンがコツコツと地道に稼いできたものだ。

 掃除の時間に廊下のモップ拭きで全力疾走し、壁にぶつかり鼻血を出した。初代校長先生の石像に思いっきり正拳突きを食らわせ、右手の指の骨にヒビが入った。校舎裏でカツアゲされている男子生徒を助けようと、火遁の術(ライターと殺虫スプレーを組み合わせた火炎放射)とトンファーで3人の不良達を病院送りにした。傘を持って屋上から飛び降り、幸いにも木の上に落下し全身に擦り傷……など等、挙げたらキリがない。

(カリンが大人しくなってくれたら、あたしの仕事が減るんだが……無理だろうな)

 タバコが短くなってきたので、携帯灰皿にグシグシと押し付けて火を消す。

(さて、なんか眠いし保健室で一寝入りするか)

 両手を頭の上に伸ばし「ふぁぁ……」と欠伸をしながら、玄関に向けて歩く。

「ウェェェェェェェェェェェェイ!!」

「あ?」

 すぐ近く……いや、頭上から誰かの叫びが聞こえ、目の前の地面に金色と赤っぽい物がドグシャァ!! と音を立てて地面に激突した。

 立ち止まり、その落ちてきた物をよく見る。それは物体ではなくうちの学校の生徒で、さっきまであたしが悩んでいた人物、カリン・エドワーズだ。七つの球を集めると龍が出てきて願いを叶えてくれる昔の少年漫画のやられ役のようなポーズで、地面にぶっ倒れている。

(上から落ちたのか……?)

 毎度のカリンの騒動で慣れたのだろう、やけに冷静だ。上を見上げると二階の窓が開いており、童顔の男子生徒が顔を出しこっちを見ている……目が合った。

(あの男子生徒は確か…名前は忘れたが、右手に針か何かが刺さって気絶した奴か)

「ダディャーナゼッセー!!! ナズェ見デルンディス!!」

 その男子生徒は混乱しているのか、妙な滑舌であたしに叫ぶ。見てないでさっさと助けてやれって事なんだろう。

 倒れているカリンを見て、またカリンのせいで仕事が増えるのか……と嫌になりながら保健室に運ぶ為にカリンに近付き……また頭上から声は聞こえてきた。

「死ぬなァ! エドワーズくぅぅぅぅぅん!!」

 上から大柄な男子生徒が降ってきて、五接点着地法で上手く衝撃を逃がしてカリンの傍に華麗に着地した。

「エドワーズ君!脈はあるな、呼吸もしている……良かった……!」

 その大柄な男子生徒は倒れているカリンに屈みこみ、手首の脈や呼吸を確認している。

(この大柄で眼鏡を掛けた男子生徒は……2年の川島 修治か。去年、あたしはこの学校にいなかったが、様々な問題を起こしたらしいな)

「おい、川島だな?カリンを保健室に運ぶから手伝え」

「おお、橘先生! 助かったぜ!!」

 川島はあたしに気付き、何故か背骨を痛めつけるプロレスのバッグブリーカーのようにカリンを肩に掛けた。突っ込むのがめんどくさいので、バッグブリーカーはスルーして保健室に向けて歩き始めた。


 

 『丸いお掃除ロボット』


 名前:ポチ(命名:杉崎 彩乃)

 備考:直径30cm程、厚さ10cm程の黒い円盤状の遺物。スイッチを入れると勝手に動き回り、埃を掃除したり床に落ちているゴミを回収してくれる。充電式でポチを充電器に装着してコンセントにプラグを差すと充電する。



 西暦2082年5月27日 水曜日 午後3時40分



 放課後、いつもより人が少ない廊下を僕は歩いている。

 明日から二日間は中間テストなので、学校に残っている生徒は少ない。みんな自宅でテスト勉強するだろうし、遺物研究同好会の部室には誰もいないだろうと思うけど……一応、寄ってみる事にする。


「多分、充電スレバ動クンジャネ?」

「ふーん、そうなの」

 部室の前に立つと中から声が聞こえてくる、この声はカリンさんと杉崎先輩の声だ。戸の取っ手を握りガラッと開ける。

「オウ、コウサン!」

「あら、高橋君」

 中にいるカリンさんと杉崎さんが椅子に座りながら僕に声を掛けた。カリンさんと杉崎さんの間の床の上には、黒くて丸い何かが置いてある。

「こんにちは、カリンさん、杉崎先輩」

 二人に近付き、床の上に置いてある黒くて丸い何かを見てみる。

(この黒くて丸いのは何だろう?機械みたいけど……)

 考えても分からないので、二人に訊いてみる。

「あの、この黒くて丸いのは何ですか?」

「昨日、倉庫の掃除をしてたら見つけたの。遺物みたいだから持ってきたのよ」

「ヨク分ラン機械ネ。バッテリー充電スレバ動クッポイ」

 この丸い機械は杉崎さんが持ってきた物らしい。その機械には楕円の形をした小さな機械がくっ付いている。楕円の形した小さな機械にはプラグ付きのコードが延びていて、部室の隅のコンセントに差さっている。小さい機械は充電器だろう、今丸い機械は充電中らしい。

(あの丸い機械がどんな物かは、充電が終わって動かせば分かるよな……充電が終わるまで何をしよう?)

 チラッと杉崎先輩に視線を移す。

(そういえば、五十嵐さんやカリンさんの事は少しだけ分かるけど……杉崎先輩の事はまったく知らないな。同じ同好会のメンバーだし、何か質問してみようか)

 近くから椅子を持ってきて、杉崎先輩の近くに椅子を置いて座る。

「あの、杉崎先輩。幾つか訊きたい事があるんですけど、いいですか?」

「何かしら?」

 杉崎先輩が首を傾げて僕を見つめている。

(こうして見ると、穏やかで優しそうな先輩なんだけど……やたらと悪知恵が働くし、発作みたいなものを起こすと超怖いんだよな……)

 ハッと我に返る。杉崎先輩に質問をしていいか訊いたけど、質問の内容を考えていなかった。急いでどんな質問をしようか考える。

「あ、あの……えっと、杉崎さんは……あ、そうだ。どんな遺物の本に興味があるんですか?」

 杉崎先輩と自己紹介をした時、杉崎先輩は遺物扱いになった書籍に興味があると言った覚えがある。それがなんだが気になった。

 杉崎先輩は一瞬驚いた顔をしたけど、その後は不機嫌そうな顔をして僕を睨みつける。

(あれ、もしかして……僕、地雷踏んじゃった?)

 冷や汗が頬を伝い……この後は怒られるんだろうか、それともブン殴られるんだろうか……と、ビクビクしてると杉崎先輩が口を開く。

「それを訊いて、どうするつもりなのかしら?」

 地雷を踏みはしたけど、運が良くて起爆はしなかったらしい。だけど杉崎先輩の口調は普通なのに責められているような、怒られているように感じる。僕の返答次第では不発だった地雷が爆発するかもしれない。

(とりあえず、慎重に……クールになれ、高橋 洸!)

「あの、杉崎先輩がどんな遺物の本に興味があるのか分かれば、僕がその本を見つけた時に杉崎先輩に渡せると思って……」

「拙者モ、知リタイネ!アヤノッチ、ドンナ本好キナン?」

 カリンさんが突然杉崎先輩に思いっきり顔を近付けたので、杉崎先輩は「ふぇ!?」 と可愛らしい声を上げて驚き、不機嫌そうな顔から眉を八の字にして困ったような顔に変わった。

杉崎先輩はしばらく僕とカリンさんを交互に見て、

「絶対、秘密にするなら話すわ」

 俯いて内緒話をするような小さな声で言った。

 僕とカリンさんは同時に頷いた。


「わ、私が興味がある遺物の本は……」

 杉崎先輩が顔を赤くして恥ずかしそうな表情をしている。こんな表情の杉崎先輩を見るのは初めてで、いつものイメージとは違って可愛らしいな、と思った。

 僕とカリンさんは杉崎先輩を見つめてゴクンと同時に唾を飲み込む。

「あ、あれよ……私が好きな本は……い、いわゆる……ボー……ゴニョゴニョで、男同士が……えっと、ゴニョゴニョする本……よ……」

 ゴニョゴニョの部分は声が小さくてよく聞き取れなかったけど、杉崎先輩の興味のある遺物の本が大体分かったような気がする。

「つまり、杉崎先輩は冒険物とか男同士の友情を描いた本が好きなんですね?」

「オオオォォ!! コノ世ハビッグナトレージャアイランドネ!! 夕日ノ河原デファイトデフレンドシップガ芽生エルネ!!」

 僕は杉崎先輩の言った事を確認するように訊き、カリンさんがはしゃいだように言った。

「い、いや……ちが……!」

 杉崎先輩が何か言おうとしたけど、ピー!! という突然鳴り響いた電子音にかき消された。この場にいる全員が音の発信源である丸い機械に視線を移す。どうやら充電が終わったらしい。


「ンジャ、動カシテミマッセ」

 カリンさんが丸い機械に付いている充電器を外し、電源のスイッチらしきところを押すと、その丸い機械は音も無くゆっくりと動き出した。

「ホォォォォォ!!動イタ!!」

 カリンさんは丸い機械が動いた事に喜びの声を上げて、僕と杉崎先輩は椅子に座りながらその丸い機械に注目している。

 その丸い機械は部室の窓際の壁に向かって真っ直ぐ移動し、壁にぶつかると方向を変えて壁に沿ってゆっくり進む。杉崎先輩が顔をしかめる。

「何なのかしら、これ?」

「フムフム…」

 カリンさんはその丸い機械に興味津々なのか、丸い機械の速度に合わせて進行方向の後ろから付いて行く。

 僕はゆっくり動く丸い機械をよく見ていたけど…何も分からないので、丸い機械から視線を外した。

(……あれ?)

 この部室は普段誰も掃除なんてしないので、床には埃が結構積もってる。なのにあの丸い機械の通った後の床がピカピカと綺麗なのだ。

 丸い機械の進行方向を予測して、通るであろう埃が落ちている床を注目する。丸い機械がその床を通りすぎると、落ちていた埃がなくなって綺麗になった。

「その丸い機械は、床をお掃除してくれる機械じゃないかな?」

 僕がその丸い機械が通った後の床の埃がなくなっている事を説明した。


「ワァオ、超便利ジャン!」

「へぇ……まぁ、ほっといても掃除してくれるなら、それなりに役に立ちそうね」

 カリンさんはその丸い機械を持ち上げて、どんな仕組みか知りたいのか、下から覗き込む。杉崎さんも仕組みに少し興味あるのか、カリンさんの後ろから丸い機械を見ている。

「ソウイヤアヤノッチ、コノ遺物ノ名前ヲ何ニスルヨ?」

 カリンさんはこの遺物の名前がないのが気になるらしい。前見つけた毛玉の遺物はエリザベスと名付けた。普段は電源をOFFにして持ち歩いている。

「名前ねぇ……適当にポチでいいでしょ?」

 杉崎先輩があっさりと名前を決めて、カリンさんが「ヨロシク、ポチ!」と、ポチに新しい家族のように笑いかけた。

「でも、音も無くで動き回る姿は何だか不気味ね」

 確かに黒い円盤が無音で床を掃除する姿は、僕も少し怖いと思った。ポチを知らない人が見たら怖がってパニックになるかもしれない。

「ソレナラ簡単ネ!!」

 カリンさんがポチを床に置き、背負っている鞄の中からエリザベスを取り出す。エリザベスのスイッチをONにして、動いているポチの上に乗っける。


 エリザベスが「ヒッヒッヒー!」と笑い、ポチがエリザベスを乗せて動き回る姿は怖いを通り越してシュールな光景だ。


 カリンさんは今晩、ポチとエリザベスに学校の掃除を任せたいと言ったので、杉崎先輩は「好きにすれば」と、答えた。


 この時の僕達は、エリザベスとポチが怪我人を出すほどの事件を起こすなんて、知る由もなかったのだ……。

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