4 染井堂の品評会
三日後の朝である。
染井堂の大広間には緋毛氈が敷かれ、そこへ親族一同が重々しく車座になっていた。誰もが膝元に舶来の更紗で包んだ鉢植えや、桐の角箱を抱え込み、互いの出方を窺っている。宗蔵の遺言にあった「真の黄金草」を手に入れさえすれば、莫大な身代と利権が転がり込んでくる――その浅ましい計算が、晩秋の冷え切った座敷の空気を生暖かく濁らせていた。
上座には、大奥様・トヨが座している。その脇には、楚々とした矢絣姿の山瀬芙美子が控えていた。芙美子は親族たちのぎらついた視線を涼やかに受け流しながら、時折、トヨの膝掛けを直すなどして恭しく仕えている。だがその静かな眼差しは、誰がどれほどの金を無駄に注ぎ込み、どのような思惑で動いているかを値踏みするように検分しているようにも見えた。
英一郎はといえば、広間の隅、欅の柱に背を預けて胡坐をかいていた。着古した洋服の襟元をわずかに緩め、退屈そうに親族たちの顔色を眺めている。その隣には、普段通りの筒袖と前掛け姿の千草が、天秤と手入れ鋏、小刀を収めた竹籠を抱えて控えていた。
「さあ、刻限だ」
トヨが低く響く声で座敷を圧した。ざわめきが引く。
「宗蔵の遺言を果たすため、これから品評会を始めるよ。銘々、宗蔵の求めた『真の黄金草』を持参したと思う者は、前へ出なさい。……だがその前に、持ち込まれた草木の真贋を定める『目利き役』を申し渡すよ」
親族たちが一斉に身を乗り出した。日本橋の本草学者か、懇意の薬種問屋の長老あたりが呼ばれるものと踏んでいたのである。
トヨは細い煙管を灰吹きへ叩くと、広間の隅を顎で指した。
「――千草。前へお出で」
座敷が水を打ったように静まり返った。
千草は何の動揺も見せず、音もなく進み出てトヨの斜め前へ静かに座した。
「……母上、正気でございますか」
真っ先に口を開いたのは宗三郎であった。脂ぎった額を紅潮させ、信じがたいものを見る目で小娘を睨みつける。
「染井堂の跡目を定める大一番に、下働きを目利きに据えるなど前代未聞です。このような小娘に何が分かりますか!」
「そうですわ」
「下女風情に!」
親族の口々から噴き上がる非難の声を、トヨの一喝が薙ぎ払った。
「黙りなさい!」
七十を超えた老女の眼光が、広間の親族を射竦める。
「千草はね、幕府直轄の巣鴨薬園で代々薬守を務めた一族の最後の血筋だよ。うちが大きくなったのは、御一新の際に私の旦那が千草の一族を招いた事から始まったんだ。それは、西ヶ原の家の者なら骨身に染みて知っているはずだろう。土を嗅いで、葉を噛んでその質を見抜く力にかけて、この家に千草以上の者がいるかい! 文句があるなら、千草より先にあの日誌の図面を読み解いてみせておくれ」
親族一同は息を呑み、押し黙った。この家におけるトヨの立ち位置を前に、重ねて異を唱える度胸のある者は一人もいなかった。
「では、順に見せていただきましょう」
千草は親族たちの刺すような視線を意にも介さず、竹籠から真鍮の小刀を取り出し、淡々と言い放った。
先陣を切ったのは、分家の男であった。自信ありげに差し出したのは、異様に肥大した黄金色の葉を茂らせる珍奇な鉢植えである。
「これぞ南洋の密林より取り寄せた奇草! 黄金の輝きを放ち、家に富をもたらす門外不出の生薬でございます!」
千草は鉢植えに近寄り、鋏の先で葉の裏を軽く突き、茎の切り口の樹液を指先で擦った。
「……熱帯の観葉植物ですね。生薬と仰いましたが、葉脈が奇形化して黄色く変色しているだけで、薬効成分など含まれていません。東京の冬を越せぬまま、あと半月もすれば根腐れを起こして枯れるでしょう。次をどうぞ」
「な、なにを……!」
男が狼狽して絶句する間に、別の叔父が進み出た。
「ふん、形ばかりの観葉植物など論外よ。これを見よ」
桐箱から取り出されたのは、まばゆい金粉を纏った太い根茎であった。
「咳病を鎮める黄金の生薬、これこそ真の黄金草だ!」
千草は小刀で根の表面をわずかに削り、断面の木目を爪で弾くと、削り滓を舌先へ微かに乗せてすぐ懐紙へ吐き捨てた。
「……鬱金の乾燥根に、膠で金粉を塗りましたね。削れば中は黄色の鬱金です。……膠は数日で腐敗するでしょう。病んだ者に飲ませるものではありません。紛い物です」
その後も、高価なだけの朝鮮人参の出来損ないや、近郊の山で掘り出してきた雑草が持ち込まれたが、千草はその欺瞞を淡々と剥ぎ取っていった。成分と効能、土壌の適正、湿潤や温度への適合――十六歳の少女の口から繰り出される事実の前に、親族たちの欲の皮は、一枚、また一枚と無残に剥がされていった。
苦々しい沈黙が広がる中、最後に進み出たのは宗三郎であった。
宗三郎は取り巻きの従者に命じて、厳重に更紗で覆われた深鉢を緋毛氈の上へ据えさせた。
「くだらん児戯はおしまいだ。……兄さんが追い求めていたのは、そんな紛い物ではない」
宗三郎は覆いを払った。
そこにあったのは、青みがかった細い茎と肉厚な根を持つ、何処か凛とした草であった。
「横浜の異人商館を通じて、法外な銀貨を積んで手に入れた。北米原産の、咳病の特効薬たる本物の『セネガ』の苗だ。どうだ、これこそが兄さんの求めた真の黄金草であろう」
親族からどよめきが漏れる。
千草はその鉢植えの土を一瞥し、指先で土粒をつまみ上げて擦り合わせると目を細めた。
「……確かに、この草体は北米原産のセネガのようです」
「見たか! 本物だ!」
宗三郎が勝ち誇ったように膝を打った。だが、千草の声音に揺らぎはなかった。
「ですが、これは温室で無理やり仕立てられた輸入品です。土は向こうの泥炭土を固めただけで、この地で根付くための巣鴨の地下水に耐える石礫も無ければ、必要な菌も入っていません。このまま巣鴨の土に植え替えれば、数日で根が腐ります」
「な、何だと……!?」
「大旦那様が遺言に認めたのは『生きた根を巣鴨の土に芽吹かせた者』です。異人商館の言い値で買い取ってきた、数日で腐る温室苗を持ってくることではありません。――これも、条件を満たしていません」
「お、の、れ……」
大勢の面前で恥をかかされた宗三郎の顔は、屈辱と怒りで浅黒く歪んだ。
(……この小娘が。これ以上喋らせておくわけにはいかん)
わななく唇を噛み締めながら、宗三郎は背後に控える従者へ、誰にも気づかれぬよう顎をしゃくった。
従者は心得たように音もなく座を立ち、茶器の並ぶ水屋の陰へと滑り込んでいく。その袂には、数日前、小屋の煉瓦床で宗蔵を絶命に至らしめたものと、まったく同じ毒の小瓶が忍ばされていたのである。




