出会い
数日後、私は炭酸水とグレープフルーツジュース、例の薬を自室に用意した。今日は何も食べてないし、すでに風呂にも入ってセッティングは済んでいる。
グレープフルーツジュースを飲むのは、その効果を高めるためだ。炭酸水は胃を刺激して、早く薬を血液内に吸収するため。全部あの記事が教えてくれたことだ。今回は、前回残した分も含めて飲むから、前回の倍近い量を摂取する。量を増やすほど深い領域まで意識が沈んでいくから、前回とは比べものにならない体験になる可能性がある。
この、薄暗い部屋で、なるべく雑念を払うように、目を閉じスマホからイヤホンを通して、ヒーリング用のチベット仏教のボウルのポーンポーンと反響する音色を静かに聴きつつ、心の底から湧き上がるザワザワとした不安をなるべく散逸させる。まだ薬は飲んでいない。前回の吐き気の感覚が残り、シートに触れ、銀紙特有のパチパチする音を聞くだけで、悪心がする。少し手も震える。さらに、何が起こるか分からない不安はどうにも消せるものではない。
私は無心になった。そうすることで自分の行いに対する躊躇を消すことができた。ただ無心に、シートから薬を一つ一つ取り出し、一気に口に入れ炭酸水で飲み干す。一度にすべては飲み干せないから、これをもう一回行う。パチッパチッと薬を取り出していると、胃の中からグレープフルーツジュースの柑橘と薬特有の土の臭いが嗅覚を襲い、その瞬間強烈な吐き気に襲われた。うげぇ!嘔吐物が食道まで上ってきたが、何とかこらえた。これは臭いそのものが原因ではなく、臭いによって前回の強烈な吐き気が惹起されて、気持ち悪くなるのだ。脳が拒絶してるのかもしれない。ただ、これでは足りないから、吐き気に耐えつつ、最後の一口を飲もうとするが手が動かない。どうしても、手が震えてしまう。手汗によって薬が手のなかで溶け始めもする。やらなきゃダメなんだ。私は鼻で息をしないように息を止め、一気に口に入れ、炭酸水で流し込んだ。
ふぅ・・・
2度目は吐き気はなかった。ただ、なるべく臭いのことを意識しないように口で呼吸をした。やるべきこともすべてやると退屈だから、薬の空をゴミ箱に捨てたり、嘔吐物対策のビニール袋を準備したりと、セッティングに抜かりないようにした。あと20分くらいか。退屈だな。またイヤホンで続きを流した。布団に寝転がり、ずっと天井をボォっと眺めていた。薬を飲んだことすら忘れかけたその時、強烈な吐き気が襲った。うぅ・・・。これは我慢できない。胃の中に流し込んだ、薬が溶けた炭酸水とグレープフルーツジュースをビニール袋の中に吐いてしまった。もったいないと感じたが、おそらく、成分が脳に届いたことによる反応なので今回は成功しただろう。少し嬉しい反面、吐き気が止まらず、早く止まってくれと神に祈った。
おえ!おぇぇ!!助けて・・・。
横隔膜は激しく反応する。吐くものもないのに、ガクン!ガクン!と邪気をも吐き出すようだった。
はぁっ!はぁっ!はぁっ!
なんとか呼吸ができるようになり、少しずつ嘔吐は治まっていった。まるで台風の目のように、気持ち悪さや頭痛などは一切消えていたが、思考がずいぶんと早まり、全身が熱く感じた。ただ、全力疾走したあとの熱さ近く、耐えられないものではなかった。それよりも焦点がまるで合わず、目を閉じると、真っ暗ながら薄っすらと幾何学模様が波打っていた。それが子どもの時に見た絨毯のようで懐かしく思えた。さっきまであった不安感はきれいに消えており、布団のうえに寝転がってるだけの幸せを堪能した。ただ、音がノイズに感じられ、イヤホンを耳から取っ払った。
思考の早まりが影響しているのか、社会についての様々な考察が一気につながった。
「社会の成り立ちとは、宇宙の小さな粒が、自己増殖的に広がっていったものだ。それがネットワーク状に広がり、ノードの空いた穴に、人が次々と割り当てられていく。だから、いくらそのポストを追われても、次々と新しい人がはまっていく。だから、社会は変わらない。というより社会そのものは自然が成り立たせているものなのだ。」
私は、天空に接続した今でないと、この深い理解を表現できないと感じ、なんとかスマホにメモをした。そうこうしているうちに、少しずつ吐き気がぶり返しているのを感じた。それがどんどん増強されていき、強烈な吐き気へと転じ、吐くものもないのに横隔膜がガックン!ガックン!と発作的に反応し、つらくて目を閉じた。まぶたの裏に、ピカーンピカーンと十字が格子状に規則正しく並び、赤く光っているのがハッキリと見えた。吐き気も収まると、視界はグルンと上に飛ばされると、大きな柱の建つ神殿にいた。これがこの薬が見せる本来の姿だというのか!?私はビジョンの赴くままに、スゥっと神殿の中心に移動した。
すると、そこにいたのは、しばらく前に死んだお爺さんだった。




