5.情報収集
ガシャンッ!
「痛っ……!」
「このどんくさい小娘が! いつまでモタモタ拭き掃除をやっているんだい!?」
「す、すみません……! 今すぐ片付けます、ごめんなさい……!」
廊下に響き渡る侍女の怒号に、ボロボロの服を着たクラリッサは肩をすくめ、床に這いつくばるようにして謝罪した。怯えきった声と恐怖に震える小さな背中。
それは誰の目から見ても、完全に心が折れ、過酷な扱いに従順に飼い慣らされた哀れな下働きそのものだった。
だが、彼女の瞳の奥には、確かな知性の光が冷たく灯っていた。
『まずは、これまで通り無能で無気力な、怯えきった無害な存在を完璧に演じきってください』
クラリッサの脳裏に、あの変態的で底知れぬ知略を持ったマットの声が蘇る。
『実力がないうちは、決して敵に警戒されてはならない。そして、あなたが使用人以下の扱いを受けているということは、裏を返せば貴族の令嬢であれば絶対に入れない場所に行け、聞けない話が聞けるということです』
『力を持たない者が下剋上を起こすための、最も強力な武器。それは情報です。怯えた下級使用人を演じながら、ありとあらゆる場所から、どんな些細な情報でも掻き集めなさい』
床の汚れを懸命に拭き取りながら、クラリッサの耳は周囲の音を正確に拾い上げていた。
すれ違う侍女たちの世間話、厨房での不満、出入りする商人たちの会話。
底辺の存在である彼女は、誰からも警戒すべき人間として認識されない。
風景の一部、あるいは動く家具として扱われるからこそ、誰も彼女の前で不用意に口を閉ざさないのだ。
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午後。
書斎の前を通りかかった時、ふと、中から義母のヒステリックな怒号が聞こえてきた。
普段のクラリッサであれば、萎縮してすぐにその場から逃げ出していた場面だ。
だが、今の彼女は違う。モップを持つ手に力を込め、息を殺して扉の向こうに聞き耳を立てた。
「足りないわ! なぜ今月はこれしか上がってこないの!」
「奥様……お言葉ですが、先月も臨時の徴収を行ったばかりです。これ以上税を上げれば、領民たちの生活は破綻し、暴動すら起きかねません」
怒鳴り散らす義母を必死に諌めているのは、屋敷を古くから取り仕切る年老いた家令だった。
「知ったことではないわ! 来月は王都での大きな夜会があるのよ。あの子の婚約を披露する晴れの舞台! だから私とあの子の新しいドレスに、宝石も新調しなければならないの! いいから絞り取れるだけ絞り取りなさいよ!」
「し、しかし……っ!」
乱暴に机が叩かれる音が響き、家令の悲痛な声は無惨にも切り捨てられた。
クラリッサは扉からそっと離れ、静かに歩みを進めながら、得られた情報を頭の中で整理していく。
この伯爵家は、領地経営による税収で生計を立てている。だが、あの会話から明白なように、義母には領地経営の知識など欠片もない。ただ己の欲望のままに金を出せと命じているだけだ。
おそらく、実際に帳簿を合わせ、領民との板挟みになりながら、ギリギリのところでこの家の財政を回しているのは……あの家令なのだ。




